第7話 デザートは別腹

 プリンの味はまさに初めて食べる味だった。悪い意味ではなく、こんなに美味しいピリンは生まれて初めてだった。気づいたら、プリンの皿が空っぽになっていた。


「美味しいでしょ。入る前にも言ったけど、ここのプリン、甘くて柔らかくてマジ有名らしいよ」


 優月は浮かれすぎて早口になっちゃった。でも優月の言葉には頷くしかなかった。


 確かにこんなに美味しいプリンなら有名になっても、素直に頷けるほどだった。しかも俺は元々プリンをあまり好きじゃないのにも関わらず、美味しくてもう一個食べたいと思われるほどだった。


「あ〜あ、美味しかった。もう一個食べたいなぁ。いや、もう食べ過ぎだ。我慢しよう」


 優月がミルクティーのグラスをいじりながらつぶやいた。


「周、美味しかったでしょ?」

「うん、思った以上に美味しいかった」

「それはよかったわね」


 そう言って優月はトートバックからスマホを取り出した。優月がスマホを見ながら小さくつぶやいた。


「そろそろ時間か。周、もう行こー」


 優月がトートバックを肩にかけ、椅子から立ち上がった。俺も彼女について椅子から立ち上がった。それから俺たちはお会計をしてお店を出た。


「これからどこ行くの?」

「まだ秘密だよ」


 優月が唇に指を当てて不敵な笑みを浮かべた。


「とりあえず出発しよう」


 優月が俺に手を差し出した。俺はぼんやりと彼女の手を見つめた。


「何してるの。早く手繋いで」

「え、また手繋がなきゃいけないの?」

「当たり前でしょ。少なくとも移動するときはちゃんと手を繋がなきゃダメだから」

「それはちょっと嫌だね」

「文句言うな。早く繋いで」


 優月が早く繋げと言わんばかりに、さらに手を差し出した。


 本当にやるべきかな・・・。


 そう苦悩していた刹那、突然何かが俺の手を繋ぐ感触を感じた。柔らかくて暖かった。びっくりして顔を上げてみると、優月の手が俺の手を繋いでいた。


「もー早く繋いでって」


 堪忍袋の緒が切れた優月が、俺の手を掴んでしまったのだ。


「じゃあ出発〜。こっちだわ」


 優月が俺を引っ張って歩き出した。そして俺は駅の時みたいに、また行く先もわからないまま、彼女に連れていかれた。


 しばらく歩いて到着した場所は、他でもないショッピングモール内の映画館だった。


「映画でも観る気か」

「うん。普通は一緒に映画観るんだって。だから私たちもやってみよう」

「まあ別にいいけど」


 特に観たい映画がなかった。っていうか、最近どんな映画が上映されているのかすらわからない。


「ちなみにどんな映画観るの?」

「あれ!」


 優月がある映画のポスターを指さした。ポスターには、男優と女優が優しく抱き合っていた。どう見てもロマンス映画のポスターだった。


「あれ?」

「うん、あれ」


 優月が首を縦に振った。


 うあぁ、マジか・・・。


「あれが今一番流行ってる映画らしいよ」

「そ・・・だな」

「何よ、そのいまいちな答えは。もしああいう映画は嫌いなの?」

「いや、嫌っていうか、あまり好みじゃない」


 ロマンス映画は大体ストーリーが似ているので、あまり好みではない。ものすごく新鮮なストーリーなら楽しく見れるかもしれないが、大抵そうじゃないから。


「それじゃ周が観たい映画はなに?」

「さあ・・・・・・」


 俺が観たい映画・・・。


 俺は窓口の周囲に並べられた映画のポスターを一通り見渡した。さまざまなジャンルの映画ポスターが並べられていたが、特に目立つ映画はなかった。


「特にない」

「じゃあれでいい?」

「まあいいよ」

「よかった」


 優月が安堵するようにため息をついた。

 この映画が観たかったのか。


「昨日調べたところ、お互いの好みに合わせて選べばいいというけど、私は周の好みとか全然わからないから、私が任意に一番流行ってる映画で選んだのよ」

「そっか」


 それってつまり、この映画が観たいってことだろう。


「それじゃチケット買いに行こう」


 優月が俺を引っ張って窓口へ向かった。高校料金で購入して原価よりもっと安く購入できた。


 上映まであと三十分か。


 映画上映時間まで結構時間が空いた。三十分の間、何をして時間を潰そうか考えている中、まだ手を離さずにいた優月が、突然俺を引っ張ってどこかへ向かった。どこへ行くのかはわからなかったが、一旦黙って優月についていった。

 しばらく歩いて着いたのは、他でもない映画館内の飲食だった。さっき飯食ったばかりなのに、なぜここに来たのだろうと首を傾げていると、優月が口を開いた。


「周はどの味が好き?」

「なんの話?」

「パップコーンの味。キャラメルと塩、どっちが好き?」


 あ、ポップコーンのことか。


「俺は塩が好きなんだが、また食べるの? さっきご飯食べたばかりだろ」

「大丈夫、大丈夫。これはデザートだから。デザートは別腹だよ」

「さっきデザートも食っただろ」

「フフフッ、周はまだまだだね」


 優月が



「ここは映画館。映画館といえばポップコーンはつきものだよ。これは小学校で覚えるもんだよ」

「俺が通ってた小学校では教えてくれなかったが・・・。いや、そもそもそんなの教える小学校あるかい」

「まあまあ、そんな細かいことは気にしるな。で、周は塩味ってことだよね?」


 俺は首を縦に振った。


「私はキャラメル味が好きだから・・・ペアセットにしよう。私、注文してくるから、周は座れるところ探しといて」


 そう言って優月は注文しに行った。喫茶店を出てから、初めて優月が手を離してくれた。


 俺は近くを歩き回りながら座れる場所を探し回った。幸いに遠くないところに空席があって、探すのにそれほど時間がかからなかった。

 すぐそこに座って席を取っておいた。ぼーっとして優月を待った。

 しばらくして遠くから優月がポップコーンと飲み物を持って走ってくるのが目に入ってきた。


「周、買ってきた〜」


 優月がポップコーンと飲み物をテーブルに置き、椅子に座った。そしてポップコーンを一個ずつつまんで、もぐもぐと食べ始めた。


「もう食うの?」

「こんなに美味しいポップコーンを目の前にして耐えれるわけないでしょ。周も食べなよ」

「あとで、あとで食べる」


  さっき食べたばかりであんまり惹かれなかった。なのに・・・


 優月もさっきご飯食ったばかりなのに、よく食べるな。


 きっとさっき一緒にご飯食べたはずなのに、優月はまるでこれが今日最初の食事みたいに、美味しそうにポップコーンを食べていた。そんなこと考えながら優月を見ていると、俺の視線を気づいた優月がこちらを見て行った。


「何? なんでそんな目で見るの?」

「何が」

「周、今私のこと食いしん坊だと思ってたでしょ?」

「うん」

「うっ・・・」


 優月が矢に打たれたように自分の胸を掴んだ。


「私、偽装彼女だけど、彼女のそれはひどくない? そんなこと言われたら、いくら私でも傷つくよ」

「ごめん」

「あと、私くらいは普通だから。他の女の子も私並みに食べるから」


 優月が悔しそうに弁解した。


「わかった。わかったから、ポップコーン食べて」


 俺はポップコーンを優月の前へそっと押した。優月は少し拗ねた顔でポッポコーンを口に入れた。

 そうして優月が食べるのをじっと見ていると、いつの間にか映画の上映時間になった。


「優月もうすぐ上映時間だけど、そろそろ行かないと」

「もうこんな時間なの?!」


 優月がテーブルの上に置いたスマホをつけて時間を確認した。


「本当だ。じゃそろそろ行くか」


 優月が飲み物を持って立ち上がった。自然に俺はポップコーンを持って立ち上がった。


 あら、軽い。


 不思議なことに、大きさの割にポップコーンが妙に軽かった。


 ・・・マジか。


 まだ映画は始まってもないのに、ポップコーンが半分しか残ってなかった。優月が休まずに食べたため、ポップコーンは半分しか残らなかったのだ。


 いや、半分も残っていることに感謝すべきか。


 優月が食べた量を考えると、半分も残っているのが不思議なくらいだった。


「周、そこで何してんの。早く行くってば」


 いつの間にか、あっちまで行っている優月が、俺を呼んだ。俺はポップコーンを持って彼女の元へ歩いていった。

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