EP 3

善行ポイントとコスト

3歳の誕生日を迎え、マコト・マンティアの幼児としての演技は円熟味を増していた。片言ながらも流暢に言葉を操り、時折、大人びた単語を混ぜては両親を喜ばせる。彼は完璧な「神童」として、その地位を不動のものにしつつあった。

ある日の午後、母のユミニアが帳簿作業で疲れたように肩を回しているのが目に入った。

(よし、試してみるか。前世の知識がどこまで通用するか……)

マコトは短い足でトテトテと母親に駆け寄った。

「ママ! かたたき、する!」

「まあ、ありがとうマコト! なんて優しい子なのかしら」

ユミニアは椅子に座り直すと、嬉しそうにマコトに背を向けた。

マコトは小さな拳を握りしめる。だが、ただ闇雲に叩くわけではない。外科医としての人体構造の知識は、今も彼の頭脳に焼き付いている。僧帽筋、肩甲挙筋……3歳児の力で最大限の効果を発揮できるツボを、的確に、かつリズミカルに叩き始めた。

「……! あら……まあ……」

最初は微笑ましく息子の成長を見守っていたユミニアの表情が、驚きに変わる。

「あぁ……気持ち良いわ、マコト……。どうして、そんなに凝っている場所がわかるの?」

ユミニアが心からの感謝と感動を覚えた、その瞬間だった。

マコトの視界に、半透明の青いウィンドウがふわりと浮かび上がった。

《システム:親孝行を確認。善行として10Pを加算します》

マコト(善行……? 10P……? なんだ、これは?)

突然の出来事に、マコトは肩叩きの手を止めて固まった。女神アクアとのクイズショーを思い出す。あのふざけた女神、何か重要な説明を省いたに違いない。

マコトは適当なところでお手伝いを切り上げると、自分の子供部屋へと駆け込んだ。

「スキル、確認……!」

心の中で強く念じると、目の前に見慣れた黒い電子ボード――【リサイクルマスター】のインターフェースが現れた。

その隅に、見慣れない項目が追加されている。

【保有善行ポイント:10P】

「本当だ……ポイントが貯まってる!」

マコトは驚き、そしてすぐに思考を巡らせた。このポイントは何に使うんだ? まさか……。

彼は電子ボードのカテゴリから「金属」→「小物」と選択していく。表示されたリストを見て、マコトは息を呑んだ。

* 錆びた釘 ……………… 1P

* 空き缶(アルミ) …… 2P

* 壊れた腕時計 ……… 30P

* 包丁(刃こぼれ) …… 50P

全てのアイテムに、ポイントが設定されている。これは、コストだ。

スキルを使うには、この「善行ポイント」が必要だったのだ。

「あのクソ女神……! 一番肝心なことを説明してないじゃないか!」

マコトは天に向かって悪態をつく。しかし、すぐに冷静さを取り戻した。嘆いていても始まらない。重要なのは、このポイントの獲得条件を正確に把握することだ。

「こ、これなら……!」

マコトは部屋を飛び出し、庭へと向かった。そこでは庭師がちょうど昼休憩に入るところで、一部の雑草がまだ手付かずで残っている。

マコトは小さな手に土がつくのも構わず、懸命に草むしりを始めた。3歳児の労働力などたかが知れているが、彼は黙々と作業を続けた。

30分後、戻ってきた庭師がその姿を見て目を丸くした。

「ぼっちゃん! なんてことを! お召し物が汚れてしまいます!」

「ううん、へいき! おてつだい!」

マコトがにっこり笑うと、庭師は深く感動したように頭を下げた。

そして、マコトの期待通り、再び青いウィンドウが現れる。

《システム:人助けを確認。善行として5Pを加算します》

スキル画面を確認すると、保有ポイントは「15P」に増えている。

「やった……ポイントの貯め方が分かったぞ!」

マコトは汚れた手を見つめ、静かに笑みを浮かべた。

その笑顔は、3歳児の無邪気なそれとは少しだけ違う、確かな目的意識に満ちたものだった。

平穏な生活のため、神童を演じる。

そして、スキルを解放するため、誰よりも「良い子」になる。

マコト・マンティアのポイント稼ぎ生活が、今、静かに始まった。

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