青天の霹靂
風雅は正義感の強い人だ。それは分かっている。困っている人を放っておけないお人好しだ。それも分かっている。考えるより先に体が動く無鉄砲気質だ、それは大いに分かっている。
なのにどうして分からなかった。風雅が、風雅自身が、危険に首を突っ込む可能性に。風雅の命を脅かした脅威が、最初から風雅を狙っているわけではなかった可能性に。誰かに、雷花に降りかかろうとした火の粉を、どうにかして払おうとした結果だったということに。
「風雅くん……ッ!!」
風雅の残した赤い魔力痕を辿りながら、雷花と梅は階段を駆け上がっていく。本音を言うなら、今すぐにでも時を止めてもらいたい。だが、今はここにいない多治見が応援を呼んでいるため、それが駆けつけるまでは迂闊に時間を止められないのだ。止めればその分、捜査官たちはここに辿り着くのが遅くなり、助けを待つ時間が長くなってしまうから。
魔力痕は屋上へ向かって延々と伸び続けている。あの日、風雅が突き落とされた場所だ。またあの悲劇を起こすわけにはいかない。もう二度と、風雅のあんな姿は見たくない。そのためだけに戻ってきて、そのためだけに頑張ってきたのに。なのにどうして、どうして風雅はまた、一人で犯人のところに。
「─────……」
なぜ。改めて考えても、訳が分からない。
風雅がなぜ犯人に会いに行ったのか、ではない。風雅はどうやって、犯人の元へ向かったのか、だ。
風雅の魔法が何かは分からないが、少なくとも雷花のように探知系の魔法ではないことは今までの傾向的に分かり切っていた。いくら捜査に乗り気でなかったとしても、お人好しの風雅のことだ、痺れを切らして魔法を使ってくるに決まっている。それがなかった時点で、相手や証拠を探知する類の魔法は除外される。
では、梅の魔法のように特殊性に全振りしたものか。それも違う。実際に使っているところを目にしたわけではないが、魔力痕の表れ方からして、風雅は知らぬところで何度か魔法を使っていた。使用頻度はそこそこ、規模もそこそこ。その様子から察するに、そこまで強力な魔法でもないだろう。ということで特殊系の線も消える。攻撃系、も恐らくない。では何か。それも分からない。分からないがともかく、雷花に手紙を出した犯人をすぐに突き止められるようなものではないだろう。
ならば何故。どうして風雅は、雷花よりも早く犯人に辿り着き追いかけることができたのか。魔法も頼れず、雷花も梅も多治見でさえも頼らずに、この短期間で犯人を見つけ出すのは到底不可能だ。それこそ、犯人を知っている第三者でもいなければ。
「…………まさか」
目を落とし、風雅の残した魔力痕を見る。赤い赤い、太陽のように鮮烈な色。その光が落とした影は黒く、宵闇のような色をしていた。もしかするとこれは、影ではないのか。モノクロの視界で黒く澱んでいる、第三者の魔力痕────そうなると、風雅はずっと前から。
「きゃあっ!?」
「─────ッ!?」
前方から梅の悲鳴が聞こえ、階段の踊り場で転倒する。その悲鳴に顔を上げた時には遅く、巧妙に仕掛けられた魔力が二人を縛り上げていた。
拘束の魔法。あれだけ分かりやすく張られていたのに、気を取られて気付かなかった。四肢を拘束され踊り場に転がされ、雷花は歯噛みする。
風雅を、助けに行かなければならないのに。そのために戻ってきたのに。なのにまた、見殺しにするのか。あと少しなのに。屋上へ繋がる扉は、もう目前だというのに。
空が澱む。暗雲が立ち込め、闇に沈んでいく。やがて雲が泣いて、耳をつんざくほどの轟音が立て続けに落ちた。雷だ。暴風と雷に、屋上が包まれている。風雅は無事だろうか。まさかあの風に、雷火に襲われてはいないかと────雷火?
「ぁ」
何かを思い出す。思い出してしまう。
目を見開く雷花の視界の端で、ぼやけた記憶の輪郭が微笑んだような気がして。
「……そう、だ」
自分のものとは思えないほど弱々しい声を最後に、雷花は意識を失った。
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