第5話 帰蝶
「帰蝶、今日な、面白い僧に会うたわ」
「まあ、どのような?」
「わしに“天下”をすすめるたわけじゃ」
「まあ……本当に面白い方ですね。その言いぶり、気に入られたのでしょう?」
信長は盃を傾け、しばし黙してから笑った。
「親父が死に、一族とも弟とも不和じゃ。いずれ今川が攻めてくるというのに、誰もまとまろうとはせん」
「はい……わたくしもそのように存じます」
「わしは母とも不仲でな。親父とも折り合いが悪かった。政秀のじいも、ついに守り切れなんだ。若いころ、もう少しまともであればと……後悔することもある」
「……初めて聞きましたよ、そんなこと」
「ふふ、わしとて人の子よ。後悔の一つや二つはある。ただ――今日の若僧はな、その若き日のわしより、なお狂うておった」
「まあ」
「ただの狂人なら腹立たしかろうが、不思議とそうではなかった。ただただ自分の才覚を信じきっておる。いつ無礼打ちされてもおかしくないのにじゃ」
「蹴りでもお見舞いになったのでは?」
「宗恩が連れてきた手前、それはせなんだ。ただ……あの感じ、最近見た小者に似ておる。名前は確か――木下藤吉郎、と申したか。尾張の家中に、あのような狂人が二人もおるとはの」
「まあ……」
「親父の治世の下で、かような狂気を抱く者が二人も育っておった。そう思うと……おかしゅうてな」
「義父様には、感謝せねばなりませんね」
夜は静かに更けていった。
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