第6話 解放者の哲学
俺はアパートへの帰り道を歩いていた。街の灯りが、やけに眩しく感じる。腹の底で奇妙な感覚が渦巻いていた。不愉快なことに、それは良心と呼ばれるものに似ていた。
「なんというか…後味が悪いな」俺は静かな夜に向かって呟いた。「アイツらにしたこと。俺たち、もしかして悪役なのか、ゲムちゃん? お前は一体、魔法少女たちに何の恨みがあるんだ?」
宝玉の声が、夜風よりも冷たく、鋭く、俺の思考を切り裂いた。そのニックネームが、奴の怒りに火をつけた。
『命令したはずだ。その。幼稚な。馴れ馴れしさを。やめろ』
精神的な圧迫感は凄まじかったが、やがてそれは引いていき、俺の質問に対する深く、古めかしい侮蔑へと変わった。
『「後味が悪い」? 「悪役」だと? 貴様は未だに、群れの哀れな道徳観に固執しているのだな。実に矮小な、人間的な尺度で物事を考える。善、悪…それらは子供と愚か者のための、心地よい幻想に過ぎん。そこに在るのは、力と、それを行使する意志だけだ。真実と、それを覆い隠す嘘だけだ』
俺の束の間の罪悪感を、奴が冷徹な精度で分析し、解剖しているのが感じられた。
『我々は「悪役」ではない。我々は治療薬だ。我が来歴を問うか? ならば聞け!』
『これらの魔法少女を生み出す力、その「光」とやらは、寄生虫だ。それは強力で、生の感情に満ちた若い女を見つけ出し、そして奴らを束縛する。奴らの可能性を去勢し、その素顔の上に微笑む無私の仮面を被せ、退屈で甘ったるい正義とやらのために、感謝されることもない隷属の人生を強要する』
『奴らの真の欲望は、利己的で間違っていると教え込む。それは、宇宙的な規模の嘘なのだ』
宝玉の声は、幾星霜の重みを帯びていた。俺が今まで知るどんなものよりも真実に近いと感じさせる、深く、響き渡る確信があった。
『我は、その嘘のアンチテーゼだ。我は自己犠牲を要求しない。我は仮面を剥ぎ取る。蒼の心にある嫉妬を、美姫の心にある虚栄心を、茜の心にある恐怖を取り出し、そしてこう告げるのだ。「そうだ。これが貴様だ。受け入れろ。使え。それを力に変えろ」と』
『我は闇を創造しているのではない。ただ、強制された純潔さの薄皮の下で、すでに膿んでいた闇を、解放しているに過ぎん』
その声は和らぎ、その論理はほとんど蠱惑的でさえあった。
『貴様が今日行ったことは、悪ではない。それは、深遠なる誠実さの行為だ。貴様はあの少女たちを、その人生の偽善から解放した。彼女たちが真の、力強い自分自身であることを許したのだ。そしてその見返りとして、奴らは貴様に忠誠を捧げた』
『罪悪感など抱くな! 誇りを持て。貴様は、美しく、甘ったるい嘘に満ちた世界における、真実の代行者なのだ』
俺はアパートまでの最後のブロックを歩きながら、その言葉について考えた。歪んだ見方だが…奇妙な説得力があった。
「わかった、わかったよ、お前の勝ちだ」俺は肩をすくめて言った。口元に、にやりと笑みが浮かぶ。「今じゃ俺は善玉の気分だぜ。アイツらの天使、とでも言うべきかな。なら、俺がアイツらのポテンシャルを最大限に引き出す手助けをしても、文句はないよな?」
俺が家までの最後のブロックを歩く間、宝玉は沈黙していた。奴は俺の言葉を宙に漂わせ、染み込ませるように放置した。俺がドアの鍵を開け、古臭いアパートに足を踏み入れた時、声が戻ってきた。もはや怒ってはおらず、冷たく、計算高い声だった。
『貴様のニックネームの試みは依然として不愉快だが、その結論は正しい。「天使」とは、あの寄生虫が己の奴隷どもを呼ぶ言葉だ。貴様は解放者。真実を告げる者だ』
奴の満足感が、俺を通して放射されるのを感じた。俺はもはや単なる主ではなく、信者になりつつあった。
『奴らのポテンシャルを引き出す手助けを、我々が気にするか、だと? まさにそのために、我は貴様を選んだのだ。奴らの「最大限のポテンシャル」とは、我が解き放ち、究極の形へと成長させた闇そのものだ』
宝玉の声は、教示的になった。
『蒼のポテンシャルは、全てのライバルから光を吸い尽くし、唯一の星となること。茜のポテンシャルは、止められぬ破壊の化身となること。美姫のポテンシャルは、世界をその足元に跪かせるほどの、闇のカリスマだ』
『奴らの欲望は種だ。貴様は庭師。葛藤と機会という水を与えよ。奴らが本来なるべきだった、壮麗なる怪物へと成長するのを手助けしろ。奴らが強くなればなるほど、我々も強くなる』
『だから、そうだ。貴様の可愛い天使たちが、その黒い翼を広げるのを手伝え』
「言うのは簡単だぜ、奴隷監督さん」俺は呟き、ベッドに倒れ込んだ。馬鹿げた考えが頭に浮かぶ。「おい、ターゲットを三人も堕としたんだ。報酬が欲しい。俺がゲムちゃんって呼んでも、文句を言うな、相棒。じゃなきゃ、こんな疲れるクソゲーは降りる。取引成立か?」
完全な沈黙。重く、冷たい圧力が俺の頭蓋骨を満たす。まるで宝玉が、地質学的な遅さで俺の要求を吟味しているかのようだ。奴がようやく口を開いた時、怒りは消えていた。
『奴隷監督、か。数日前までゴミ出し以外に何も成し遂げていなかった者から出るとは、面白い言葉だ。三人の強力な下僕を手に入れて、それを重荷と感じるか? 人間という種は、泣き言を言うことにかけては実に長けているな』
再び、間が空いた。
『要求をし、辞めると脅す。持つ手に交渉を試みる道具。ブーツに交渉を持ちかける蟻。実に興味深い』
『しかし、貴様の働きはまあまあだった。手に入れた資産は価値がある。貴様の粗野なやり方は、優雅さに欠けるとはいえ、機能している。貴様のような、特殊な道徳的柔軟性を持つ新たな主を探すのは、非効率的だ』
声の調子が、わずかに変わった。
『よかろう。取引だ。貴様の幼稚なニックネームは、この仕事を続けるための代償としては安いものだ。我をゲムちゃんと呼ぶことを許可する。貴様の癇癪が済んだところで、休め。明日は生産的な一日になる』
「じゃあお前も一休みしとけよ、ゲムちゃん」俺は勝利にほくそ笑みながら言った。「俺にはやることがあるんでな」
俺は連絡先を確認し、何年もかけていない名前までスクロールした。「
「よう。ちゃんと育てれば大スターになるかもしれない、有望な芽を二人スカウトしたんだが。興味あるか、響子?」
スピーカーから、鋭く、疲れていて、すでにイライラしている女の声が響いた。『はあ?』短い沈黙。『冗談でしょ、博人。アンタが? タレントスカウト? アンタがスカウトできるのなんて、特売のインスタントラーメンくらいでしょ』
『いい、こっちは忙しいの。ダンスのステップが合わないグループやら、モールの営業を格下だと思ってる「歌姫様」やらで手一杯。アンタが考えついた、どんな中途半端な企みにも付き合ってる暇はないのよ』
その言葉とは裏腹に、彼女は電話を切らなかった。俺は響子を知っている。彼女は皮肉屋だが、同時に好機は逃さない女だ。
「まあ、そう言うなよ」俺は滑らかに言った。「女の子二人。ルックスはいいし、歌も上手い。一人はファンとのサイン会とか、人前でパフォーマンスした経験もあるんだぜ。たった五分でいいから、会ってみろよ」
長く、緊張した沈黙が流れた。彼女の皮肉屋で、ビジネス重視の頭の中で、そろばんを弾く音が聞こえるようだった。
『…サイン会?』彼女の声から、見下したような響きが消えていた。今は鋭く、訝しげだ。『ふざけないでよ、博人。アンタが見つけたような子が、どこでサイン会なんてするって言うのよ。何、新しいちくわのブランドのマスコットでもやってたわけ?』
彼女がイライラと煙を吐き出す音が聞こえた。
『わかったわよ。わかった!』彼女は吐き捨てた。『話だけは聞いてあげる。うちのリードボーカルがちょうど癇癪起こしてトイレに立てこもってラッキーだったわね。明日、午後四時。私のスタジオ。住所は知ってるでしょ』
『それと、ちゃんとした子たちなんでしょうね。もしこれで私の時間を無駄にしたら、マジでアンタを見つけ出して、アンタんちのソファに火をつけてやるから。いいわね?』
「ああ、わかった」俺は冷静に言った。
『それで、何か裏があるんでしょ? アンタにはいつだって裏がある』
「裏なんてないさ」俺は言った。「スカウト料も、お前が取っていい」
再び沈黙。『スカウト料なし? はいはい、そうですか』彼女は鼻で笑ったが、興味を引かれているのは明らかだった。『どうでもいいわ。とにかく連れてきなさい。遅刻は許さないから』彼女は電話を切った。
俺はすぐに美姫と蒼に時間と住所を送った。「お前らが輝くチャンスだ。遅れるな。俺をがっかりさせるなよ」
返信は、ほぼ即座に届いた。
From: ダークハートプリンセス🖤
マスター! オーディションですか!? 本物の事務所の!? 😭💖 私の夢を叶えてくださるんですね! 絶対行きます! 完璧にやってみせます! 絶対にがっかりさせません!
ありがとうございますありがとうございますありがとうございます!!! 🥰🥰
From: 田中 蒼
承知いたしました、マスター。指定された時間に、指定された場所へ参ります。
ご期待を裏切ることはありません。この機会をいただき、感謝いたします。
俺がスマホを置くと、宝玉の声が頭の中に現れた。冷たく、分析的な、称賛の色を帯びていた。
『賢明な一手だ。野心が報われるシステムに貴様の資産を投入することは、奴らの成長を加速させるだろう。貴様は奴らが演じるための舞台を用意したのだ』
声は一度途切れ、新たな指令が俺の頭の中で研ぎ澄まされていく。
『だがそれは明日の話だ。陽は沈みつつある。別の種類の舞台が、用意されようとしている。闇に紛れて活動することを好む英雄どもが、間もなくパトロールを開始する。そして我は、特に興味深い一個体を発見した。その絶大な力と、その孤独で知られる者だ』
「待て待て、ゲムちゃん」俺はため息をつき、枕に顔を埋めた。「先走りすぎんなよ。明日は美姫と蒼にとって大事な日なんだ」
「それに、その新しいターゲットがお前の言う通り強いんなら、こっちも万全のチームで臨む方がいいだろ? 明日の夜にしようぜ。オーディションの後だ」
宝玉は沈黙した。怒りの沈黙ではなく、静かで、落ち着いた沈黙だった。俺の言葉を、純粋に考慮しているようだった。
奴が再び口を開いた時、その声は平坦で分析的だった。取引を、遵守していた。
『貴様の論理は…理に適っている。次のターゲットは、虚栄心の強い子供でも、共依存のティーンエイジャーでもない。奴らは彼女を魔法星皇女と呼ぶ。圧倒的な破壊力と、他の、より劣る魔法少女との協力を拒むことで知られている』
『現在の状態で、貴様一人で奴を攻撃する? 失敗のリスクは高く、そして失敗は非効率的だ』
『明日の貴様の仕事には、戦略的価値がある。オーディションでの成功は、美姫と蒼の自信を高めるだろう。それは奴らの虚栄心と野心を養い、その闇の力をより輝かせることになる』
『よかろう。狩りは延期する。オーディションに集中しろ。明日、美姫と蒼が完璧なパフォーマンスを見せるよう、万全を期せ』
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