冥府への玉座

田野緋海

序章

 友との別れ、そして邪心との戦い

 どこまでも高く広く続く水面みなものような美しい空を見上げても、白馬の騎士ヴァイス・ブロンデンの心のもやは消え去ることはできない。

 あと数時間ののち、片時も離れず寝食をともにしてきた主君であり友人であるポーランツ・フォン・カールが戴冠たいかん式をむかえる。名実とともに、この国ハフェンベルグの王になるのだ。もうたやすく、ポーリーなどと呼べるような立場でなくなる。

 もうすぐ、ポーリーは神になる。


    ◇


 国内外から何千、何万という人々が 大聖堂へとつながる道に集つどっている。否応なしに緊張が高まる。


「あなたのような優秀な騎士でも、今日この日を迎えることには緊張なさいますか、ブロンデン卿」


 白馬の騎士ヴァイスの左隣りにいるモンティ卿がささやくように言った。


「緊張という言葉よりも胸騒ぎと申した方があたっているかもしれません」


 白馬の騎士ヴァイスは、モンティ卿へ視線を移すことなく言った。


「胸騒ぎとは、ブロンデン卿もあの伝説を信じておられるのですな」


 白馬の騎士ヴァイスにはモンティ卿へ視線を移さなくとも、彼が薄気味悪い笑みを浮かべているであろうことがわかった。


「今日、その真偽がわかります。善と出るか、悪と出るかも」


    ◇


 一点の曇りもないこの空のように、今のいままでポーランツ王子には宝冠を被ることに迷いはなかった。

 父アドルフの教えのまま、様々な世の民がひとつになり、ともに力を合わせ繁栄を築く。それは、地位も名誉も、男女の違いも超えて再生されるということだ。      ポーランツ王子は、ただそれだけを願い、今、ラシエナガ城をあとにする。そして、希望の玉座へと向かう。 


 戴冠式をむかえる今日は、特別な護衛隊が編成されておりポーランツ王子の側には白馬の騎士ヴァイスはいない。大聖堂で宝剣を新国王に授与するという大役があるからだ。


「これからはヴァスのいない状態が続くんだな」


 ポーランツ王子にとっての曇りは、白馬の騎士ヴァイスがいないという不安だった。


「ポーランツ王子、大司教様一行が到着されました」


 大聖堂の大きな扉が開かれ、騎士団の声が天井の高い回廊を通して白馬の騎士ヴァイスのところまで届いた。

 全身純白の正装服に身を包んだ宝剣を持つ白馬の騎士ヴァイスは、まさにその名にふさわしく神々しかった。そして宝剣を胸の前に掲げ大聖堂の回廊を歩きだした。

 長い回廊の先、クーポラから漏れ出す光に照らさせたポーランツ王子、いやポーランツ次期国王陛下が見える。あの玉座から俺の姿は見えているのだろうかと、白馬の騎士ヴァイスは一抹の寂しさをおぼえ、神にささげるぐらいなら、いっそこの剣でお前の魂を奪ってしまいたいと心によぎった。

 

 ゆっくりと力強くポーランツ王子に近づいていく白馬の騎士ヴァイス。彼から見つめられるのも今日が最後になるかもしれない。垂直に立てた宝剣越しにポーランツ王子を捉える。ポーランツ王子が静かに瞼をあげて白馬の騎士ヴァイスを見上げる。何かがおかしい。


「ポーリーの瞳に覇気がない」


 とっさに白馬の騎士ヴァイスは宝剣を持つ両手を戦闘態勢に切り替えた。

 王笏おうしゃくを握るポーランツ王子の手がブルブルと震え出した。


 次の瞬間、大聖堂内に大きなひずめの音とともに数頭の馬が乱入してきた。漆黒の馬にまたがった暗黒色に染まった騎士が玉座の前に走りより、転げ落ちそうなポーランツ王子を馬上より軽々と持ち上げた。さらに宝冠を手にしていた大司教が乱入してきた一頭の馬にのった。


「貴様ら、何者だ!」


 白馬の騎士ヴァイスは叫びながら、漆黒の馬にまたがる騎士めがけ宝剣を振りかざした。しかし、使い慣れない宝剣での攻撃は馬上にいるポーランツ王子をも傷つけてしまいそうで勢いがだせなかった。

 その隙を狙われた。

 馬上から鋭い剣先が、白馬の騎士ヴァイスの左肩めがけ振り落とされた。純白の正装服が、みるみるうちに真紅に染められていった。朦朧としている中、ポーランツ王子が目にした光景は兄と慕ってきた最愛の友、白馬の騎士ヴァイスが血に染まる姿。


 昔、亡くなった王妃が二人に語ってくれた『富をもたらしてくれる福の神様』

中国の伝説の生き物である猩々じょうじょう血の緋色に染まっていく白馬の騎士ヴァイス。


「あの世で逢おう。ヴァイス・ブロンデン ‼ 」


 漆黒の馬にまたがる騎士が叫びながらポーランツ王子を連れて去っていった。


「待て、逃がさんぞ!」


 白馬の騎士ヴァイスは手負いを受けながらも、懸命に逃げた一行を追った。しかし、左腕からの出血がひどくなり、大聖堂の出口手前で倒れた。

 

 一点の曇りもなかった空に、灰色がかった数個の雲が東の空へと流れていった。


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