【短編集】日々是喜劇

とらいもあ

第1話ぼくのなつやすみ

---7月10日

「あー、聞いてくれ。昨日、新しい業務を受注した。1人月で納期は9月頭だ」

「今からなら余裕ですね。担当は自分ですか?」

「そうだ。繁忙期じゃないから、余裕をもってあたれるだろう」

「了解です。で、依頼内容はどこまで決まってます?」

「週明けには詳細が判る筈だ」



---7月22日

「すみません。例の件、依頼内容はまだまだ決まらないんですか?」

「あー・・・営業サイドが了承しないらしくてなぁ。毎日二転三転してるそうだ」

「でもそろそろ詳細をいただかないと、納期に間に合いませんよ」

「そうだな・・・ちょっとせっついとくか」



---8月1日

「すまん。例の件だが、まだ詳細が決まらん」

「えぇ・・・さすがにもう間に合いませんよ」

「ああ、一応先方が仕様提示期限を破った形になるから、この依頼は破棄になるだろう」

「了解です」



---8月7日

「重ね重ねすまん。例の件だが、先方にゴリ押しされた。今朝仕様が届いた。納期は変わらずだ」

「え!いや、そんな・・・破棄にならなかったんですか」

「ウチは下請けだからな。他の件を取引材料にされると、断り切れなかった」

「そんな・・・人員追加、は・・・もともと1人月の業務だから、追加したとこで効果はないか」

「すまん。申し訳ないが盆休みも出勤してもらうことになる」

「しょうがないですね・・・って、今年の盆休み、設備点検で全館停電じゃなかったでしたっけ?」

「あ、そういえば。困ったな。この猛暑の中、エアコンなしで仕事はできんし、かといって社外持ち出しも許可できん」

「詰んだ」

「仕方ない、先方に納期を掛け合うか」



---8月8日

「すまん。先方は支払いを上期内に終わらせたいそうでな。10日締め・月末支払いの関係上、9月頭の納品は動かせないそうだ」

「無茶言うなー。向こうの検収も考えたら、実働10日しかないじゃないですか」

「なので、ちょっとあちらにも条件を飲ませた。特急料金プラス作業場所の提供だ」

「作業場所?」

「ウチが社外持ち出しするわけにはいかんからな。先方の社内で作業してもらうことになる」

「うわぁ・・・」

「といわけで、明日から先方に顔を出してくれ」

「明日!?土曜日ですよ?」

「休みの日も仕事すれば、ぎりぎり間に合うだろう」

「いや、計画時点でスケジュールに余裕のないプロジェクトは破綻してますって」

「その分の特急料金だ。3倍吹っ掛けた」

「うわぁ・・・それ、支払いされるんですかね?」



---8月9日 午前8時

「すみません、今日からお世話になります」

「ああ。そちらが納期に間に合わないというから協力してやるんだ。せいぜい迷惑をかけないようにしろよ」

「解りました・・・(いや、あんたらがとっとと仕様決めないからだろうが)」



---8月9日 午後8時

「すみません。今日の作業はここまでにしておきます」

「ったく。休みの日だってのに残業か。迷惑かけるなって言ったよな?」

「はあ。それではまた明日、よろしくお願いします」

「・・・え?明日?日曜だぞ?」

「ええ・・・上司からは休みなしで働けと言われてるもんで。それではお先に失礼します」

「ちょっ、まっ」



---8月10日 午後11時

「すいません。仕様のここなんですが、ちょっとあいまいで」

「・・・ん。すまん、寝てた。なんだ、帰るのか?」

「いえ、この仕様だと、こうともああともとれるので、どちらなのかと確認をと思いまして」

「ああここは・・・こうだな」

「なるほど。とするとあちらに支障がでますんで、こうした方が良いかと」

「ん・・・うん、判った」

「ありがとうございます。この内容は書面にしてお渡ししますので承認お願いします」

「ああ・・・今度でいいか?」

「いえ、それを確認してからでないと作業が進められないので、すぐに」

「お、おう」



---8月11日 午前2時

「お疲れさまでした。明日・・・いや、今日か。もよろしくお願いします」

「え?1日ぐらい休んでも」

「いやぁ。ここからしばらくは徹夜も覚悟しないと、終わらないですよ」

「そ、そうか。・・・ちなみに、いつもこんな?」

「いえ、昨今は法令遵守にうるさいので、こういうのは滅多にありませんね。特急案件だけです」

「・・・そうか」

「それでは後ほど。8時頃にお伺いします」



---8月17日 午後10時

「お疲れ様です。本日実装が終わりましたので、明日からテストに入ります」

「お。今日は早いな」

「テストは一番神経使いますからね。今日はゆっくり寝ます」

「お疲れ。・・・明日からはそちらの社へ出社になるのかな?」

「いえ、試験環境をこちらで構築してますので、終わるまでご厄介になります」

「そ、そう」



---8月20日 午前3時

「ふう。ようやっと最後のテストパターンを組み込み終わりましたんで、これから自動テストをぶん回します」

「・・・お、おう」

「あれ?顔色悪いですね」

「そりゃ、ここまでほぼ睡眠時間は1日3時間だからな」

「いやあ今回の特急案件は、寝る時間があって楽でした」

「・・・楽?」

「そうですね。ゲーム屋さんの下請けした時なんかは、3か月ほどベッドで横になった記憶がないです」

「・・・あ、そう」

「とか言ってる間に、1割ほどテスト終わってますね。今のところエラーもなく順調ですし、今のうちに仮眠しましょうか」

「え。帰って寝るんじゃないのか」

「いや、この納期が迫ってる中、通勤時間がもったいないですよ」

「・・・」



---8月20日 午前4時

「エラーが出てる・・・あ。ここ先日の仕様確認箇所ですね。うわぁ・・・」

「どうした?」

「いや、先日仕様確認させていただいたところあるじゃないですか。あれ、あそこ以外にも影響あったみたいでエラー出てます」

「んー・・・直せそうか?」

「そうですね・・・ちょっと仕様の再検討が必要かもしれません」

「ああ・・・判った」



---9月1日 午前4時

「以上が、今回御依頼分の納品物になります」

「あ、ああ。ご苦労だった」

「では後ほど、納品書および請求書を送付させていただきます。今回もありがとうございました」

「・・・」



---9月1日 午前8時

「ただいま帰りましたー。無事納品もしましたんでーこれから帰って寝ますー」

「いや、お前な・・・こっちの設備点検が終わったらこっちへ出社しろよ」

「いやあーせっかく作った環境、移動して問題出たら嫌じゃないですか。それに・・・」

「それに?」

「いや。たまには依頼先がどんな仕事をしてるのか、知ってもらうのも良いかなーと」



---9月30日 午後1時

「先方から入金があった。残念ながら満額ならずだ」

「あー、やっぱり。理由はなんか言ってきてました?」

「先方の設備使用料だそうだ」

「(´・ω・`)」


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