バスコンで異世界キャンプ旅

風来坊

プロローグ タクシードライバーの夢を語る夜

タクシードライバーの夜


 ――タクシーの運転席から見える東京は、昼も夜も同じくらい雑多だ。


 赤く点滅するテールランプの列。

 信号待ちで歩道に並ぶ人々。

 コンビニ前にたむろする学生たちと、煙草の煙。


 俺――清水翔、三十八歳。

 都内でタクシードライバーを十数年やってきた。


 道は頭に入っている。抜け道も裏路地も熟知している。

 だが今日は朝からついていなかった。


「○○駅までお願いします」

 そう言って乗ってきた客は、ことごとくワンメーター。


 四連続で千円以下。

 そして降車のたびに出されるのは――一万円札。


(タクシーは両替機じゃねえんだぞ……)


 喉まで出かかった言葉を飲み込み、「ありがとうございました」と愛想笑いを作る。

 この仕事は、理不尽を飲み込むのも大事なスキルの一つだ。


 財布を確認すると、千円札はすっからかん。

 一万円札が四枚。釣り銭のバランスが悪すぎる。


 ため息をつきながら、両替できそうな場所を探してハンドルを回した。


銀座の宝くじ売り場


 信号待ちで、視界に飛び込んできたのは――銀座の宝くじ売り場。

 「一等がよく出る」と噂される有名スポットだ。


 だが今日は珍しく、行列がない。


(……ここで買えば、両替もできるか)


 車を路肩に停め、外に出た。

 窓口に立っていたのは、見慣れない若い女性だった。


 二十代前半くらい。

 柔らかな栗色の髪、淡いメイク。

 笑うと片頬にえくぼが浮かぶ。


「連番十枚ください」

 予定外の言葉が、口をついて出た。


 一万円札を差し出すと、彼女は柔らかな指先で受け取り、宝くじと千円札を返してくる。

 にこりと微笑んだ瞬間、胸がざわめいた。


「……もう十枚追加で」


 必要でもないのに、会話を長引かせたい一心だった。


再会と当選


 その後も仕事は同じ。

 一万円札で支払う客、減る千円札。

 気づけば再び銀座に戻っていた。


「また来てくれたんですね」


 彼女は覚えていた。

 名札には「松田忍」と書かれている。


 その笑顔に押され、今度は五十枚も購入してしまった。


 だが宝くじのことは、数日後にはすっかり忘れていた。


 ――有楽町の交差点近くで、歩道にうずくまる女性を見かけるまでは。


 一瞬、酔っ払いかと思った。

 けれど顔を上げたその人は――忍だった。


「松田忍といいます。覚えてます? あの日、宝くじを買ってくれた……」


 貧血で動けなくなっていたらしい。

 俺は車を寄せ、彼女を自宅まで送ることにした。


 車内での会話は不思議なほど弾んだ。

 宝くじの当選発表の話になり、忍がスマホで確認してくれる。


 ――一等、五億円。


「……これ、本物ですよ」


 二人で顔を見合わせ、思わず笑った。

 笑いは止まらず、やがて次の場所へと俺たちを連れていった。


夢を語る夜


 居酒屋。

 冷えたビールの泡が弾け、焼き鳥の香りが漂う。


「私、キャンプが好きなんです」

「へえ」

「いつか、キャンピングカーで日本一周するのが夢で」


 彼女の瞳は、子どものように輝いていた。


「俺も似たようなもんだ。好きな道を好きなだけ走りたい。時間に縛られずに」

「似てますね」

「だな」


 その一言で、距離が縮まった。


 当選金五億円。

 夢の話をしているうちに、自然と未来の計画を立て始めていた。


「キャンピングカー、買いましょう」

「いや、買っちまおうか」

「じゃあ翔さんはランクルにしてください。二台並べたら、絶対かっこいいですよ」


 気づけば二人は、「一緒に旅をする」前提で話していた。


豪邸と二台の相棒


 翌日。

 俺たちは東京近郊の豪邸を即金で購入した。

 庭付き、ガレージ付き、六LDK。


 キャンピングバスを「ブレイザー」、ランクルを「ランディ」と名付けた。


「名前つけるんですか?」

「相棒には名前がいるだろ」

「ふふ、可愛いです」


 最新家電と家具、庭にはキャンプ用具一式。

 小さなキャンプ場のような拠点が完成した。


「これなら、日本一周どころか世界一周もできますね」

「ははは。やれるかもな」


 その笑顔が、妙に心地よかった。


雷雨と転移


 夜。

 リビングで地図を広げ、未来の旅を語っていたとき――


 雷鳴。轟音。閃光。


「直撃だ!」


 視界が真白に染まり、全身を貫く痺れ。

 光が収まったとき、窓の外は見知らぬ森だった。


 二つの月が夜空に浮かび、ツノの生えたウサギが跳ねていた。


異世界仕様の豪邸


 家を調べると、すべてが「異世界仕様」に変化していた。


 豪邸は【AI核に魔素定着(擬似魂Lv1)】。

 キッチンは【魔力補充庫】。

 地下の冷凍庫は【食料自動補充・鮮度封印】。

 浴室は【小傷回復の湯】。

 塀は【結界機能】、ゲートは【魔力認証式】。


「……拠点、チートですね」

「生き延びるには心強い」


二台の相棒が目覚める


 ガレージのブレイザーとランディが、低く唸った。


《おう、聞こえるか》――渋い声のブレイザー。

《兄貴ィ! バリバリ元気だぜ!》――陽気なランディ。


「……お前ら、しゃべってる?」


《魔力の影響で、AIが進化したらしい》

《つまり俺ら、今から“仲間”ってことよ!》


 忍が目を丸くしたあと、笑った。

「最高ですね」


ステータスと鑑定


「ステータスオープン」


 青白いウィンドウが浮かぶ。


【清水翔 LV1 称号:迷い人】

【松田忍 LV1 称号:迷い人 スキル:簡易鑑定(小)】


 忍の鑑定で映し出されたのは、塀の外にいるウサギ――


【ホーンラビット レベル3

 攻撃:突進+角刺し

 弱点:喉、後脚腱

 ドロップ:角、毛皮、肉】


「……ゲームみたいだな」

「でも、これが現実です」


旅の始まり


 焚き火の炎に照らされ、忍が笑った。


「翔さん、せっかくなら――異世界でもキャンプ旅、しましょう」


 二つの月が夜空に寄り添い、俺たちの新しい旅を祝福しているかのようだった。


 こうして――

 走れば車が進化し、狩れば俺たちが強くなる。

 異世界キャンプ生活が始まった。

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