第49話 発覚

 アンスリウムの大神殿においてセンシブル派のコーディ・ソザートンが出仕すると、夜勤の当番からメモを受け取った。


 それはバシュラール神殿の責任者からの連絡だった。


 それを一読したソザートンは「はぁ」とため息をついた。


 また上司が不機嫌になると分かっていたからだが、報告しない訳にはいかなかった。


 出来るだけ上司の機嫌が良いだろうと思われる休憩の時間に合わせ、執務室の扉をノックした。


「はい」


 中から上司の声が聞こえてきたので、ソザートンは中に入るとお茶を飲みながら寛いている上司を見た。


 よし、機嫌は良さそうだ。


「報告します。バシュラール神殿のカール・エマースト上級神官から、カルテアに向かっていた神官が到着しないとのことです。バシュラールへの途上、魔樹に襲われたと推測されるとの事です」


 お茶のカップをソーサーに戻した上司は、何か考えるように目頭を押さえていた。


「・・・そうか。駄目だったか」

「とても残念です」


 ソザートンはシーモアが下級神官見習いを送り出した事を後で知ったが、今それを報告しても叱責を受けるだけなのを分かっていたので態と黙っていた。


 駄目元で送り出した巡行なのだ。


 この上司がこれ以上関心を持たなければ、この件は闇に葬り去られるだろう。


「もともと達成困難な巡行だったのだ。失敗はやむを得んな」


 上司のその言葉を聞いて、危機は去ったと内心にやりと笑みを浮かべた。



 それから数日経ってから、また夜勤の当番から今度は書類を受け取った。


 何だろうと開けてみると、そこには隣国ユッカの王家の封蝋が押されていた。


 宛名はベネディクト・アッシュベリー大神官になっているが、外交文書はまず先に渉外担当のロドニー・センシブルに見せる事になっていた。


 ソザートンはどうせ食料援助だろうと軽い気分で上司の執務室に入ると、外交文書を手渡した。


 ユッカ王家からの文書を読んだ上司の目は大きく見開かれたので、何か問題が発生した事が見て取れた。


 静寂の中、全文を読み終えた上司が顔を上げた。


「ソザートン、大神殿にメラニー・シーモアという下級神官は居るのか?」


 ソザートンは、ユッカ王家からの文書とメラニー・シーモアという名前を聞いて、今回の巡行を思いだして嫌な気持ちになった。


 まさか、あの巡行と関連があるのか?


 だが、答えない訳にはいかなかった。


「えっと、居りますが、それが何か?」

「そうか、急ぎで連れて来るのだ」


 それを聞いて心臓が飛び上がった。


「えっ、失礼ですが、シーモア下級神官にも心の準備が必要でしょう。どのような要件なのかお伺いしても?」


 すると上司は、ユッカから送られてきた文書を手渡してきた。


 ソザートンがそれを読んだ。


「アンスリウム大神殿ベネディクト・アッシュベリー大神官へ申し入れる。大神殿所属のメラニー・シーモア下級神官なる者が、バシュラールの安全を守る防衛装置を破壊し、動力源である疑神石を強奪していった。このような者を我が国に送り込み、あまつさえ重大な損害を与えた行動は許し難く、その暴挙に対して管理責任がある貴国に対して謝罪と損害賠償として金貨200万枚を要求する。ユッカ国王エタン・エルヴェシウス」


 ソザートンの手はブルブルと震えた。


 あの馬鹿、なんて事をしてくれたんだ。


「大急ぎで連れてまいります」


 上司の部屋を出たソザートンは、廊下を走りだした。


 +++++


 問題児を巡行という名の追放をしたシーモアは、それから平穏な日々を送っていた。


 パティ・ラッセルの親族が押しかけて来た時は厄介だったが、心神耗弱による自殺だとしてなんとか押し通した。


 そしてパティを虐めていたアリソンは、罰としてほぼ死が確実という巡行に送り出した事で納得させたのだ。


 そんなシーモアの元に、いつぞやのソザートン上級神官補佐がやって来た。


 その苦虫を嚙み潰したような顔に嫌な予感がした。


「シーモア下級神官、センシブル特級神官がお呼びだ。付いてくるように」

「え、今すぐですか?」

「聞こえなかったのか?」

「す、すみません。直ぐ行きます」


 シーモアはソザートンの冷ややかな声に何かあった事を悟ったが、自分に身に覚えが無い事からきっとあの問題児が何かやったのだと理解した。


 全くなんて娘なの。


 追放した後でも厄介事を起こすなんて。


 シーモアはソザートンの後ろを歩きながら、特級神官の執務室に辿り着くまでの間、どうやれば保身できるかを必死に考えていた。


 特級神官が政務を行う区域は、特別な空間であることを示すように廊下に絨毯が敷き詰められ、壁には絵画がかかっていた。


 やがてソザートンの足が扉の前で止まると、その扉には金色の銘板で「渉外担当」という表示があった。


 ソザートンは緊張した面持ちで扉をノックしていた。


 その顔は緊張感に包まれていて、この男も中に人間が怖いのが分かった。


 中からの応答を聞いて扉を開けたソザートンは、直ぐに中の人物に一礼していた。


「失礼します。センシブル様、メラニー・シーモア下級神官を連れてまいりました」


 シーモアがソザートンの後ろから部屋に入ると目の前の人物が私に冷ややかな視線を送って来た。


「シーモア下級神官、申し開きをしてみよ」


 やはりそうか。


 あの問題児が巡行の途中で問題を起こしたのだ。


 サボリ癖のある問題児の行動なんて、逃げた以外考えられなかった。


「も、申し訳ありません。あの娘は見習いの仕事をサボる事が多く、それに仲間の見習いを虐めるような問題児だったのです」

「・・・」

「そんな感じなので、巡行をせず逃げ出したのも当然の結果かと・・・」


 シーモアが話すたびに目の前の特級神官はぽかんとしたあほ顔をしていた。


 あれ、何かおかしくないか?


「シーモア下級神官、何の話をしているのだ?」

「え、ですから、カルテア巡行に送り出したアリソン下級神官見習い」


 そこまで言うと、突然特級神官の顔が真っ赤に染まった。


「お、お前は、大事なカルテア巡行に見習いを行かせたのか?」

「ひゃぃ」


 メラニーはセンシブルの驚愕した表情を見て、自分が余計な事を言ってしまった事を自覚した。


「ソザートン、お前も知っていたのか?」

「いえ、始めて聞きました」


 その一言で、ソザートンが私の事を切り捨てるつもりなのが良くが分かったので、1人で沈むつもりは無い事を伝えてやった。


「いえ、ソザートン様も知っていたことです」


 シーモアが逃がさないわよと目で示すと、ソザートンも特級神官に分からないようにお前だけ沈めというように睨み返してきた。


 特級神官はブルブルと怒りに震えていた。


「その話は後で聞く、それよりも今はもっと重要な問題だ。シーモア下級神官、ユッカ国王からお前がバシュラールで結界装置を破壊し、国宝を奪ったと言う抗議の文書が届いているぞ。一体何を考えているのだ?」


 シーモアは何を言われているのかさっぱりわからずぽかんと馬鹿みたいに口を開けていたが、これは絶対に否定しないと拙い事は分かった。


「あの、私は大神殿から出たことはありません。ユッカなんて言うに及ばずです」


 シーモアの心からの叫びに、目の前の特級神官はなおも疑わし気な目を向けてきた。


「ソザートン、バシュラールの神殿にやって来たシーモア下級神官なる者の外見を問い合わせろ」

「はっ、了解しました」

「シーモア下級神官、この件は保留だ。だが、お前の言葉が嘘だと分かったら、厳格に処分してやるからな」


 +++++


 シーモアはセンシブル特級神官の執務室から自室にどうやって戻って来たか記憶が無かった。


 問題児の厄介払いの為に、巡行という神聖な行為に使った事が特級神官にバレたためだ。


 最早言い訳もできない状況だが、少しでも受ける損害を軽くする手段はないかと必死に考えていた。


 そこで閃いたのは、アリソンが私への仕返しのため名前を使ったのではないかという疑念だった。


 +++++


 上司に叱責されたコーディ・ソザートンは、うっぷん晴らしのため大神殿の外に出てお忍びで贔屓にしている高級料亭にやってきていた。


 コーディは料亭2階にある個室に案内されると、直ぐに正装した支配人がやってきた。


「これはソザートン上級神官様、ようこそおいで下さいました」


 この男は俺を喜ばす為に態と階級を1つ上で呼んでくるのだ。


 それが態とだと分かっているが、それが嬉しいのでこちらも否定はしないがな。


「うむ、ペンバートンよ、今宵は楽しませてもらうぞ」

「はい、お任せください」


 コーディが待っていると、良い香りと共に給仕係がワゴンを運んできた。


 その給仕達の中には、薄いドレスで豊満な体の線を見せびらかす俺のお気に入りの金髪美女も含まれていた。


「やあ、マーシー」

「もう、コーディ様、最近全然来ていただけなくて私寂しかったですわ」


 そう言ってちょっと不満そうな顔をしたマーシーが、体を寄せるように隣に座って来た。


 そんなマーシーを気に入っているコーディは鼻の下を伸ばしていた。


「はっはっ、すまないな。ここの所ずっと忙しかったのだ。そうだこれを」


 コーディはお気に入りへのプレゼントとして大きな宝石を付けたブローチを手渡した。


「まあ、コーディ様、これを私に?」

「勿論だよ」

「きゃぁぁ、うれしいわぁ」


 そうして期待通りに抱き着いてくるマーシーをいとおしく思っていた。


 この女と居るととても楽しく、つい聞かれるままに大神殿での事を話してしまうのは何故なのだろう。


 +++++


 常連客を見送ったマーシーは、手に入れた情報をまとめると何時ものようにあの男との連絡用に使っているポストに紙片を入れた。


 マーシーにとって料亭にやって来る客達から仕入れた情報は小遣い稼ぎに丁度良かった。


 そして今日仕入れた情報は、とても高く売れるだろうとほくそ笑んだ。

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