第38話 倒れていた人達

 私がガイア様とグロウ様の分身体と一緒に神力だまりから外に出ると、そこではブライヤール達エルフが倒れている人間達を調べていた。


「ブライヤールさん、遠方から観察しているのではなかったのですか?」

「お前は誰だ? 何故私の名を知っている」


 私が声をかけると、ブライヤールは私を見て怪訝そうな顔をしていた。


 あっといけない、今はグロウ様のおかげで別人の外見になっているのだったわ。


「アリソンです。これからバシュラールに行くので変装しているのです」

「え、アリソン、え、だが、え、その、身長まで変えられるのか?」


 まあ、普通そういう反応になるよね。


「神獣グロウ様の能力です」

「すると、ユッカの環境は元に戻るのか?」


 ブライヤールの期待を込めた声色に、ミストラルとキニャールも期待を込めた瞳で見つめてきた。


 私はその期待に応えるように微笑み返した。


「ええ、正気を失っていたグロウ様のお世話をしました。これからは魔樹に怯える事は無くなると思います。里に戻られたらアルチュセール様にもそのようにお伝えください」

「分かった。色々世話になってしまったな」

「これは成り行きですから気にしないでください」


 エルフ達の顔には感謝の色が現れた。


「アリソン殿、ありがとうございました。ところでこいつらはどうして倒れているの?」

「この地に含まれている瘴気に当てられたようです。しばらくしたら意識を取り戻すと思いますよ」

「そうか。では、このまま放置しても大丈夫か?」


 一瞬どうなのかと考えたが、直ぐに頭上から私にしか聞こえない声がした。


「アリーちゃん、人間達は放置していても大丈夫じゃぞ」


 それを聞いて安心した私は、ブライヤールに頷いた。


「ええ、大丈夫ですよ」


 すると今度は、ガイア様が倒れている兵士の1人を顎で指示していた。


「アリソンよ、この者が疑神石を持っているぞ」


 その人物の顔を確かめるとそれは、私を地下牢に閉じ込めたあのファシュと名乗った将軍だった。


 え、なんでこの人が此処に居るの?


 この人から疑神石を奪ったら犯罪者として追われるだろうけど、まあ今更か。


 それに疑神石を放置しておくと、せっかく良くしたユッカの環境が再び悪化するしね。


 私は自分が正しい事をやっているのだといいきかせながら、男の体を探った。


 そして見つけたのが細長い形態をしたマジック・アイテムだった。


「ガイア様、これですか?」

「ふむ、その中に疑神石が入っているな」


 私はマジック・アイテムを色々調べてようやく隙間がある場所を見つけると、爪を立ててひっかいてみた。


 すると蓋が開いて始めて見る黒い靄を発する石を見つけた。


「ガイア様、これが疑神石で間違いありませんか?」

「ああ、間違いない」

「これはどうやって破壊するのですか?」

「破壊すると有害物質が飛び散るぞ。それは地下深くに埋めてしまうのだ」


 そこで思い当たったのは、バシュラールを脱出した時に見た洞窟だ。


 あそこには深い裂孔があったので、あそこで捨てて埋めてしまえば誰も回収できないだろう。


 そして疑神石を抜き取ったマジック・アイテムをファシュ将軍の懐に戻して、この場から去ろうとすると、突然声をかけられた。


「おい、アマハヴァーラ教の神官が、何故エルフ共と一緒に居るんだ?」


 しまった、時間を取り過ぎたか。


 声をかけてきた男は、鎧姿ではなく、傍に土を掘る道具がある事から身だしなみの良い作業員に見えた。


「おい、質問に答えろ。その神官服、お前ただの下級神官か」


 私はその他人を見下す発言にカチンとした。


「無礼者。私はアマハヴァーラ教の神官ですよ。貴方のような下賤な者に見下されるいわれはありません」

「な、なんだと、俺はユッカ国王から直々に命じられこの地を調査に来た調査隊の隊長だぞ。下賤な者といった言葉を取り消せ」


 男は顔を真っ赤にして息巻いていた。


 全くめんどくさい男に見つかってしまったわね。


 だが、男の怒鳴り声で意識を取り戻した人物が現れた。


「ミドル殿、いったい何を騒いでいるのです?」


 運が悪い事に、意識を取り戻したのはマジック・アイテムから疑神石を抜き取った人物だった。


「おお、ファシュ将軍、怪しい者を見つけたので尋問していたところだ。将軍だってこんな所に神官がエルフと一緒に居るのはおかしいと思うだろう?」


 ファシュ将軍は周囲を見回して私と3人のエルフを確かめていた。


「ふむ、確かにこのような場所に神官がエルフと居るのは、説明を求めてもなんら不思議はありませんな」


 そしてファシュ将軍が説明しろという見えない圧力を加えてきたことで、私はため息をついた。


「私はエルフ達が禁忌の地と呼ぶこの場所の調査にきたのですから、案内役としてエルフを雇ったとしても、何らおかしな事はありませんよね」

「こんな場所の調査だと? 嘘を付け、何か他に目的があったに違いない」

「そうだ、お前はこの地で宝を盗もうとしたのだろう」


 ファシュの他にもあの作業員も非難してきた。


 すると頭上のグロウ様から念話が聞こえてきた。


「アリーちゃん、この男はここで土を掘っていたようじゃ。ここを掘っても瘴気が出るだけなのに、なんて愚かなのかのう」


 つまり、この男は宝探しで地面を掘って、瘴気にあてられたという事ね。


 そのあまりにも愚かな行為に吹き出しそうになった。


「何がおかしいのだ?」


 私が笑ったのを見て作業員が憤慨したので、事実を教えてあげる事にした。


「私がこの地に調査に来たからこそ、魔樹に取り囲まれて危機に瀕していた貴方達は助けられたのですよ。命の恩人に向かって礼も言わず上から目線でウザがらみするのが、貴方達の感謝に表し方なのですか?」


 すると面白いように男達の顔色が変わった。


「何だと」

「ミドル殿、少し待ってくれ。私はユッカ王国の第1騎士団隊長のセレスタン・ファシュと言う。神官殿の名前を伺っても?」


 名前?


 さて、ここでアリソンと名乗ったらまた面倒に巻き込まれそうだし、せっかくグロウ様のお力で変装しているのだから、ここは別の名前を名乗った方が良さそうね。


 そうだ。


 元々この地に来ることになったのはシーモアさんの命令だし、何かあった場合、少しでも事情を知っている人の方がうまく対処できるわよね。


 それに私を下級神官に任命できるくらい権力があるのなら、自分にとって都合の悪い事なら簡単にもみ消してくれるでしょう。


「私はアンスリウム大神殿所属の下級神官メラニー・シーモアです」

「ほう、それでシーモア殿、この地で何をしていたのですか?」


 そこで私は、この男を使って疑神石の廃棄が出来ないかと考えた。


「アンスリウムではユッカからの難民が大量に流入してきて問題が起きています。そこでその原因と思われる森の異変を調査するため、この地にやって来たのです」


 私の言葉を聞いたファシュの顔には興味の色が見えた。


「それで、調査の結果はどうなのです?」

「森の異変は解決しました。森に出没している魔樹も消えるでしょう」


 アマハヴァーラ教に手柄を譲るのは癪に障るが、私の正体がバレる方がもっと拙いのでここは我慢することにしましょう。


「そんなふざけた話を誰が信じると言うのだ?」


 ミドルはあくまでも私の言葉は信じないらしい。


「現に今、魔樹は襲ってきませんよね? それが明確な証拠ではないのですか?」


 私がそう指摘すると、ミドルもファシュもはっとなって周囲を見回した。


 ようやく現実が見えたのかミドルは口をパクパク開いていたが、その口からは言葉が出てこなかった。


 だが、ファシュの方は違った。


「成程、確かに魔樹は襲ってきませんね。この地に魔樹が発生した原因があったという事なのですね?」

「ええ、そうです」

「それでは、これからはもう魔樹に怯える必要も無くなるという事なのですか?」

「ええ、ただし、疑神石を使わないという条件が付きますよ」

「疑神石?」


 そしてファシュは自分の懐に手を入れてあのマジック・アイテムを取り出し、そこに疑神石が入っていないのを見つけた。


「シーモア殿、このマジック・アイテムの中に入っていた疑神石はどうしたのだ?」

「あの石はユッカの環境を悪化させ、魔樹を生み出す原因そのものです。当然、そんな危険な石は廃棄しました」


 するとファシュが睨みつけてきた。


「それは国の重要な財産だぞ」

「違います。ユッカの環境を破壊する危険物です」


 私達は一触即発の状態で睨み合っていた。

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