第1話 夜明けの相談者①
ー”歌舞伎町の相談屋”は、夜更けに姿を現すー
2025年2月 東京・新宿歌舞伎町
──日本一の歓楽街の路地裏に、その小料理屋はある。
時刻は深夜2時を回っても、暖簾の内はまだ賑わいを見せていた。
カウンター席とテーブル4席だけのこぢんまりとした店内を、晶は料理を乗せたお盆を片手に忙しなく動き回っていた。
路地裏といえど、ここは歌舞伎町。ホストやホステスたちの同伴・アフターで連日満席になるのは日常だ。
普段ならとっくに上がっている時間だった。
だが、いつも迎えに来る“心配性の同居人”が今日は珍しく予定ありとのことで、閉店まで働くことになったのだ。
この店で働き始めて、もう五年。
暇つぶしのつもりだったのに、気づけばすっかり「看板娘」になっていた。
──不本意なことに、晶の“特技”についての噂まで広まってしまっている。
「お、晶ちゃん! この時間までいるの珍しー!」
扉を開けて入ってきたのは常連客の一人。
歌舞伎町のホストクラブ「Merlot」の代表・鏑木陣だった。
後輩を引き連れての来店。売れない掃除係だった頃からの付き合いだから、もう三年になる。
「あれ? 今日、いつもの超絶イケメンの彼氏いないじゃん!」
「そうそう、あの顔拝みに来たのに〜!」
ホステスのお姉様たちの声が飛ぶ。
……彼氏ではない。同居人、だ。何度訂正しても誰も信じないから、最近は説明すら諦めた。
晶の住まいは、この店から徒歩10分の場所にある廃ビルを改装したものだ。
迎えなど必要ない距離だが、律儀な同居人は毎日迎えに来る。
そのせいで店の名物になっているのだから、いい迷惑だ。
目立つのは好きじゃないが、拒否すると面倒になることは学生時代からよく知っている。
(はぁ……思い出すだけで疲れる)
ため息をひとつ吐き、接客に戻る。
カウンターでは、常連客が笑いながらお酒を開けている。
そんななか、ホステスの美希が少し困ったような顔で声をかけてきた。
「晶ちゃん、ちょっといい? 後輩の女の子が今こっちに来てるんだけど……相談に乗ってもらえないかな?」
「相談、ですか?」
「うん。あの子、ちょっとトラブル抱えてるみたいで。……お願い」
申し訳なさそうな笑顔。
晶は心の中で「またか」と思いつつも、断れなかった。
この店では、晶が「相談を聞いてくれる」という事でちょっとした有名人になっている。
“彼女に頼めば、何かしら解決してくれる”――歌舞伎町でそんな噂が流れているのだ。
不本意ではあるが、困っている人を突き放すこともできない。美希もまた、かつて晶に助けられた一人だった。
時計を見れば午前3時。閉店までまだ2時間ある。
「わかりました」と答え、洗い物を済ませ、迎え入れの準備を始める。
──こうして、歌舞伎町の片隅で。
晶は、また一つ厄介な謎を抱え込むことになる。
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