第20話 星の聖杯(目覚め:カレン編)

 黒きノクティウス号が空を切り裂いた、惑星エルディア――

 

 村の西――外れの川辺に沿って、レオンと村の若者たちが集結していた。

 バロックが指揮を取り、狩猟用のライフルや弓を持った男たちが身を伏せている。

 崖地を利用し、木々にカモフラージュされた簡易の塹壕を築いていた。


 「これで何とか時間は稼げる……が」

 レオンは空を見上げた。漆黒の影が迫りつつある。

 「……持つかどうかはわからない」

 

 その手には、なお青白い光を放つルミナス・ソード。

 彼の心には葛藤があった。戦うべきか、逃げるべきか――

 だが、村の命をつなぐために、選ぶべき答えは――


 「合図があったら、すぐ退く! 村を守るために、まず生き延びるんだ!」

 バロックの言葉に、若者たちと共にレオンも静かに頷いた。

 その眼差しは、恐れを抱きながらも、確かな意志に満ちていた。


 ※ ※ ※


 ――あの黒い船。忘れたくても、忘れられない。

 レオンの脳裏に、幼き日の悪夢のような光景が蘇っていた。

 

 ノクティウス号。あの男の船だ。

 黒き戦艦。その艦体には、黒い太陽と黒い翼が刻まれ、

 その縁を血のような赤が取り囲んでいた。

 ――そう。レオンのペンダントと、同じ紋章。

 胸元のペンダントを握りしめ、レオンはゆっくりとルミナス・ソードを掲げた。

 青白い光が、静かに空気を裂くように灯る。

 

 (……こんな所まで追ってくるとは……

 俺は戦いを避け、逃げてきた。もう縁を切ったつもりだった。

 ……しかし、もう逃げない。俺は守るものが出来た。

 守るもののために俺は戦う。この血の因縁を、俺が自分の力で断つ!)


 その決意とともに、彼の剣がひときわ強く光を放った。


 ※ ※ ※


 そのとき、ノクティウス号が静かに姿勢を変えた。大気を振動させることなく、重力波制御エンジンにより音もなく宙に浮かぶ。

 

 艦底が開き、そこから放たれたのは数十体の戦術強化兵

 ――『ナイトスレッド』

 黒い戦闘服は、ナノファイバー素材でできており、熱探知やレーダーを欺瞞する光学迷彩を纏っていた。装備するのはプラズマ小銃。

 滑空するように、音もなく町や村の周囲へと散開していく。

 彼らは、まるで何かを探しているかのようだった。

 いや、敵は確実に、何かを、誰かを狙っていた……

 

 街では、エルディア義勇軍の兵たちが抵抗を試みるが、

 彼らの放つ弓矢も銃弾も、ナノフィールド装甲を突破できない。

 不気味な無人ドローンが、夜空を走る。神経パルス妨害波により、通信は次々と遮断されていく。義勇軍の簡易通信機はすぐに機能停止した。

 

 義勇軍の兵士達も撤退して、レオン達と合流した。

 「女だ! 若い女性を探しているようだ! 女を絶対に外へ出すな!」

 叫ぶ兵士の声が、あたりに響く。

 

 レオンは耳を疑った。

 「女?俺じゃないのか??」

 その時、無機質な声が風に乗って届いてきた。

 『目標を確認せよ。女を見つけ次第、拘束してノクティウス様に差し出すのだ!』

 

 レオンの鼓動が早まる。

 「……俺じゃない……カレン……?」

 その瞬間、周囲に炸裂音が響く。

 地雷ではない、軌道上からピンポイントで投下されたミニチュア・レールキャノンによる精密支援攻撃。

 

 防衛陣が崩れる。炎と爆風。熱気。悲鳴。

 その力はあまりにも不均衡だった。

 「撤退だ! 教会の地下へ!」

 レオンは、剣を前に構えながら、瓦礫を越えた。

 青白い刃の光だけが、暗闇の中で彼らの進む道を照らしていた。

 

 ノクティウスの兵たちは追跡を続ける。

 その動きは、まるで狩人のようだった。冷たく、正確で、容赦がない。

 村は――焦土≪しょうど≫と化していく。

 燃えさかる村の空の下、レオンたちは必死に戦火の中を駆け抜ける。

 

 ※ ※ ※


 レオンは、愛馬を駆り教会へと戻ってきた。

 教会の前では、村長ゲノンが呆然と、遠くの山で上がる炎を見つめていた。

 

 焼け焦げた風が頬をなで、レオンの胸の鼓動が激しく高鳴る。待っているカレンの姿が脳裏に浮かび、これ以上失いたくないという思いが、足を早めさせた。ゲノンの顔には深いしわが刻まれ、その瞳には言葉を失った恐怖と責任感が交錯していた。

 「村長! カレンは?」

 「教会の地下にリヴェリア婆さんと隠れておる。早く行ってあげなさい。心配しておったぞ」

 レオンは頷き、教会の中へと駆けていく。

 階段を駆け下り、地下の避難所へと急ぐ。

 

 そこでレオンは、リヴェリアと共に座っているカレンの姿を見つけた。

 「よかった……レオン、無事だったのね」

 カレンは立ち上がり、レオンに抱きついた。

 レオンもその背をしっかりと抱きしめた。

 「まだだ。ここまで攻めてくる……見つからないように静かにしなくては!

 カレン、奴らの狙いは……」

 

 その時、リヴェリアがゆっくりと口を開いた。

「……むかし、空から二つの光が降りてきました。人々はその光を、女神だと信じたのです。

 そのエルディアの祖先の血を引いた女神達がもたらしたものは、豊かな実りと、争いを鎮める力……。

 そして災いが起きた時は、再びその二柱の女神は星の加護の元、その力を開放するでしょう。」

 

 カレンをじっと見つめるリヴェリア。

 「わ、わたしは女神なんかじゃないわ。私はエルディアの血は引いてないのよ。リュミエールの血は引いてるけど……」

 リヴェリアの目が輝く。

 「リュミエール?」

 

 カレンは、レオンにも告げるように言葉を続けた。

 「幼い時だから、しっかり覚えてないけど……私はリュミエール王国が襲撃された時、宇宙船で逃げてきたの。だから、女神ではないわ」

 「しかし、星の加護を受けている目をしておる。さきほどリュミエール王国と申したじゃろ?」

 

 リヴェリアは静かに語り始めた。

 「伝説によれば、この惑星で栄えたエルディア王国は、その高度文明を過信し、民族間の争いで自滅してしまった。

 生き残ったわずかな民は離散し、ある者はこの地に残って高度文明を封印し、

 ある者は資源豊かな星を求めて旅に出た。そして、ある惑星にたどり着いた。

 その星の民は、放浪のエルディア人を受け入れた。

 礼として、エルディアはその星に高度な文明を伝え、繁栄をもたらしたのじゃ。

 その星こそ……リュミエール。

 エルディアとリュミエールは友好の証として、互いに祈りを捧げるようになった。

 二つの星は、共通の一つの祈りを掲げたのじゃ。

 『LUMIÈRE ELDIA ZOÇ AURORA』

 リュミエール・エルディア・ゾーエ・アウローラ。

 ――意味は、リュミエール王国とエルディア王国の命を夜明けへ導け。」

 

 カレンは息を呑んだ。

 「そのお祈り……毎日しています。母と姉から教えてもらったように。

 『LUMIÈRE DEAR ZOÇ AURORA』 

 リュミエール・ディア・ゾーエ・アウローラ。

 ――意味は、愛するリュミエール王国よ、命を夜明けへと導け……です」


 リヴェリアの目が一段と輝いた。

 「そうじゃろう。あなたの母上とお姉様は、言い伝えを守っておったのじゃな。

 少しだけ、先祖から伝わる間に言葉が変わってしまったようじゃがのぅ……」

 リヴェリアは声を出して笑った。


 「リュミエールとエルディアが、いつしか歴史の中で『エール』と『エル』が混ざったのかもしれんのぅ。そしてエルディアのディアが『dear』として残りリュミエール、ディア。命と夜明けの為に…と解釈されてしまったんじゃのー。」

 リヴェリアは、顔をくしゃくしゃにして大笑いをした。


 「わしはもう年を取りすぎて力は薄れてしまったが……

 毎日、星に祈りを捧げ、星の加護を受けている――清い心のカレンなら、おそらく古代文明の力を呼び起こせるのじゃよ。

 それが伝説じゃ。

 その証拠に、その三日月のペンダント……何か強い願いが込められておるようじゃ。さきほどから白銀に激しく瞬いておる。

 そして、レオンがここに来た時、そのペンダントはさらに強く光を放っておった。

 レオンも、何かエルディアと関係があるのじゃろう。

 本人は知らなくても、血にはその歴史が刻まれておる……」

 カレンはペンダントを握りしめ、目を閉じた。

 ……母の声、姉の手。あの祈りの言葉は、ずっとわたしの中に息づいていたのね。

 リュミエールとエルディア――ふたつの星を結ぶ、ひとつの祈り……。

 確認するようにカレンは祈りの言葉を口にする……

「……LUMIÈRE ELDIA ZOÇ AURORA」


 その瞬間――

 教会地下の一番奥に鎮座していた『星の聖杯』が、静かに、エメラルドグリーンの光を放ち始めた。



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