第18話 忠義の士(黒き仮面:ソフィア編)
古代リュミエール王国の推進波形に酷似した信号を追って……
セラフィム号は星の空をすすむ。
そう、このセラフィム号と同じ文明の技術が注がれていると思われる信号。
「艦長!目標補足!黒い大型戦艦のようです。シルエットを補足」
ファランの音声に、ソフィアが眉をひそめる。
「黒い戦艦?……もしかして……出発前に調査した、あの……黒い船……ノクティウス号?」
「そ、そのようです。類似しています」 息をのむミレイ。
ファランもデータと照合する。
「形状比較。99.99%適合しています。」ホログラムディスプレイに現れたその映像。
艦橋が静まり返る。
───漆黒の巨大戦艦───
その船体には、赤いラインが血管のように脈打ち、
獣の顔を模した船首が牙を剥いていた。
「なんて、恐ろしい姿だ……」ハヤセも唖然とモニターを見つめる。
そして……その側面に刻まれた紋章がホログラムにはっきりと映る。
……黒い太陽と、黒い翼……血のような赤の縁取り……
その紋章が見えた時、ダリウスの顔色が変わった。
「な、なんということだ……!」
言葉の続かぬまま、彼はコンソールのそばに膝をついた。
あの襲撃の日でさえ見せなかった姿。それほどの衝撃だった。
「艦長!黒い戦艦が速度をあげました!こちらに向かっています!」
……
ダリウスに駆け寄りながら、ミレイが冷静に、しかし、はっきりと叫ぶ!
「艦長!指示を!」
ダリウスを横目に見ながらも、ソフィアは指示を飛ばした。
「主砲、発射準備!目標、前方ノクティウス号」
「射程圏内に入ったら撃ちます。」
ファランのうわずった声が響く
「目標、接近中。もうすぐ射程に入ります……!」
「セラフィム・ブラスター、エネルギー充填!」
ハヤセが主砲のトリガーを握る。
「セラフィム・ブラスター、充填完了!」
「射程圏内まで、あと10秒……5、4、3、2、1……」
ソフィアの声が響く。
「撃てーーーっ!!」
ハヤセがトリガーを引いた。
……瞬間、艦前方から白銀の閃光が奔る――量子干渉ビームが空間を捻じ曲げながら、一直線に黒艦の中心部へ。
衝撃波と熱放射が周囲の重力波を乱し、視界が白に染まった。
「着弾まで、3……2……」
「……1……えっ?」
ミレイが絶句する。
ファランの目が激しく点滅する。
「目標、着弾前にワープした模様」
ソフィア 「逃げたの?」
「艦長、空間震動を検知!波動スペクトル一致。左舷に出現します!距離512メートル!」
ミレイが緊迫した声を上げた直後、視界の先に裂け目のような光が走る。
空間を切り裂くようにして、ノクティウス艦が姿を現した。
ソフィアの目が細まり、次の瞬間には冷静な声が響いた。
「全戦闘班、即時迎撃準備。通信妨害を突破して、対艦コードを展開して!」
直後――
ドォンッ!!!
セラフィム号が激しく揺れた。
ソフィアも、操舵輪にしがみつく。
「くっ……」
「敵艦からアンカーが射出された模様!」
ハヤセの報告に、ミレイのメガネがズレる。
「船体を引き寄せられてますっ!」
「白兵戦に備えよ!!」ダリウスが叫ぶ。
ユリスとハヤセは即座に駆けだした。
船体左舷――ドリルのような音。金属が削れる鈍い響き。
そこに、黒き船の一部が連結されようとしていた。
ソフィアとダリウスも立ち上がり、ハヤセとユリスの後を追う。
通路を走りながらソフィアが声をかける「ダリウス!大丈夫!?」
ダリウスは黙って頷いた。しかし、その瞳は……
今までにソフィアも見たことのない覚悟を宿した瞳であった。
※ ※ ※
左舷の通路――
そこはすでに戦場だった。
閃光――
銃声……
ハヤセの部隊が応戦している。
敵の陽動パターンを読んだ彼は、瞬時に遮蔽物を利用した斜線上に回り込むと、内蔵式の光学迷彩を起動。
視界からその姿が消えた。
「煙幕グレネード、展開!」
ハヤセの叫びと同時に、視界が灰色に染まる。赤外線センサーが敵兵の動きを浮かび上がらせる中、ハヤセは壁際の補助通路を疾走。靴裏の吸着機構が無音で彼を滑らせる。
「3秒後、左奥の遮蔽板が開く。そこに2人いいます」
ファランの通信が届く。
ハヤセは返事もせず、刹那のタイミングで閃光弾を放った――
強烈な閃光の中、ユリスの狙撃が鋭く敵兵の肩を撃ち抜く。
「速すぎだっての……さすがだな、班長」
ハヤセの《手裏剣型グレネード》が次々と放たれる。
後方から、ミレイとファランの操作するドローンが加勢する。
ソフィアの指示が、矢継ぎ早にミレイのイヤホンに飛ぶ。
「この通路のDブロック、隔壁閉鎖!」
「敵艦との連結口にドローンで集中攻撃を!」
「総員、格納庫を背にしながら少しずつ後退!」
そのときだった。
灰色の煙と閃光の奥に……
見えた。
――黒いマントの男。
そう、あの日に見たマント……
仮面の魔王。黒き総帥。
名を呼ばずとも、すべてが、その存在を指し示していた。
ソフィアの目が血走る
「ノクティウス!」
だが、ソフィアはまだその仮面の奥の”真実”を知らなかった──
※ ※ ※
赤い警告灯が点滅を繰り返す格納庫。壁は爆発で裂け、むき出しのパイプから白い蒸気が音をたてながら吹き出している。
ハヤセ・レンは戦況を俯瞰しながら、敵の増援を押さえ込むよう仲間に指示を飛ばしていた。
格納庫の入り口に部隊のドローンで壁をつくった。
追い込んだ……
ノクティウスの部隊を分断させ、ソフィアと共に、格納庫の方へわざと進行させて追い込む事に成功した。
「囲まれるな、弧を描いて下がれ! ユリス、右の階段上だ!」
その瞳は常に冷静で、ソフィアの動きも遠目に見守っている。
(……どうか無事で――)
心の中でそう祈りながらも、彼は己の役割をまっとうし続けていた。
金属の床は戦闘の衝撃でひび割れ、砕けたガラスが足元で光を跳ね返した。
ソフィアは息を詰め、剣――蒼く輝く《エトワールソード》を強く握った。
リュミエール王国の血縁者だけが扱えると言われる剣……ソフィアの握りに答えるように碧の輝きを増した。
視線の先には、ゆっくりと歩を進める黒い影――ノクティウス。漆黒のマントが風をはらみ、仮面の奥の視線がこちらを射抜く。
間違いない。この男だ……探していた、父の仇――。
黒い仮面から低い声が響く。そう、地獄の底からの響き……
「こんなところで、リュミエールの残党どもと会えるとはな!リュミエールの血を根絶やしにしてやるぞよ!」
ユリスが叫ぶ。「ソフィア!今だ!」
その声と同時に、彼の銃口が閃光を放つ。青白いレーザー弾が一直線にノクティウスを貫かんと迫る――が……
ギュィン!
ノクティウスが軽く一振り……
血のような赤のエネルギーブレード《ブラッドセイバー》が稲妻のように閃き、ユリスの青いレーザー弾はあっさりと弾き返された。
衝撃波で壁がえぐれ、警告灯がまた一つ砕けて落ちる。
「えっ!俺の弾を……」
そのとき――ダリウスが一歩前に出た。
白銀に輝く《暁光の剣》を握りしめていた。リュミエール王国に古くから伝わる剣。王家の血と誇りを象徴する。
老兵の背筋はまっすぐに伸びていた。
「……姫。国王の、父上のかたきは――私にやらせて下さい。この男は。この男だけは、私が葬らねばなりません……」
ソフィアが敵の剣を払いながら叫ぶ「ダリウス……!」
静かなる決意と共に、ダリウスは地を蹴る。閃光のような踏み込み。
暁光の剣とブラッドセイバーが激突し、凄まじい火花と風圧が巻き起こる。
剣と剣、忠義と怨嗟、光と闇の交差。まさに”死闘”。
「ひさびさじゃないか!老いぼれたな、兄さん……!」
「なぜだリュシウス!なぜリュミエール王国を滅ぼしたのだ!」
格納庫に黒き仮面の笑い声が響く……
「ハッハッハッ、まだそんな名前で俺を呼ぶのか!」
赤と銀の閃光が激しく交差する
「リュシウス・ゼウスはもう死んだのか!?リュミエール王国はお前を見捨てたのでは無い! なぜあんな酷い事を。……なぜ、あんな平和を愛する国を!」
赤い閃光がダリウスの頭をかすめる。
「俺の妻はリュミエール王国に殺されたのだ!その時、リュシウス・ゼウスも死んだ!」
白銀の光がノクティウスの仮面の寸前で空を斬る……
「違う!あれは事故だ !敵の奇襲は、誰も気付け無かったのだ」
「いや、あの古代文明の力を使える血を守る為、俺たちゼウス家の血を絶とうとしたオリヴィエの策略だ!」
「ゼウス家の血を断つのが目的ならば、わしはもう死んでるだろ!目を覚ませ!弟よ!」
「利用するだけ利用したら、兄さんも殺されたんだよ!古代文明の力をオリビィエは独り占めしたかったのさ!いい加減目覚めるのはダリウス!あんただ!」
ふたりの剣が、また激しく衝突する。ノクティウスの仮面の奥の瞳が揺らぎ、怒りが爆ぜた。
刹那――ダリウスの剣が深く踏み込み、ノクティウスの右肩を深く斬り裂いた。
「ウッ!」
黒いマントに鮮血が飛び散る。ノクティウスがたたらを踏んだ。
今だっ――
「父の仇!」
ソフィアが跳躍し、エトワールソードを高く振りかぶる。
だが、ノクティウスは素早く身をひねり、逆にブラッドセイバーを突き出した。
その切っ先が、まっすぐソフィアの胸を狙った――
「ソフィアァ――!」
ダリウスの身体が雷光のように割って入った。
ブラッドセイバーは……
ソフィアではなくダリウスの胸を深く貫いた。
――――…… ・ ・ ・
「……ダリウス……!」
ソフィアの声が悲鳴に変わる。
老兵の身体は彼女を庇うように倒れ、その胸からは鮮血が滴り落ちていた。
「……姫様……この命……捧げられて……よかった……」
微笑みを残し、ダリウスは床に崩れ落ちた。
ノクティウスは、血が溢れ出る右肩を押さえながら後退し、鋭く叫ぶ。
「……撤退! 全員、退け!」
黒い影たちは一斉に退き、ノクティウスのマントだけが最後にひるがえった。
赤い警告灯と警報音が響く中……
残されたのは、倒れた忠臣と……
嗚咽するソフィアの姿だけだった……
※ ※ ※
ノクティウスとの戦いが去った……
セラフィム号の昇降デッキに設けられた特別な区画。
立ち尽くすセラフィム号のクルーたち。
ダリウスの亡骸のそばで祈りを捧げるソフィア。
クルーたちは整列し、白銀の布に包まれたダリウスの遺体を囲む。
その胸には、リュミエール王国の数々の勲章。そして宇宙船内で育てて来た、惑星リュミエールの草花が添えられた。
「忠義の士、リュミエールの矛と盾、ダリウス・ゼウス……
あなたの名と誇りは……この星々がある限り永遠に語り継がれます……
ダリウス……
ダリウス……あなたは、私の師。そして……私の……もうひとりの……父上でした……
リュミエール・ディア……ゾーエ…………アウ…………」
最後は声にならなかった……
ソフィアの言葉と共に、ハッチが静かに開き、遺体は星の海へと送り出された。
白銀の光に包まれて宇宙に漂うその姿。
誰もが涙を流しながら、最後まで見送った。
「ありがとう…… ダリウス…… 」
※ ※ ※
その夜……
キャプテンルームからソフィアが姿をあらわす事はなかった。
ダリウスの形見となった、リュミエール王国の古(いにしえ)から伝わる自由の剣……
『暁光の剣』を握りしめていた。
ソフィアは自分を
「これで、終わりではない。――まだ終われない」
剣が微かに白銀の光を放った。
※ ※ ※
翌朝、涙が枯れ果てた瞳で、ソフィアがデッキに降りてきた。
ハヤセ「ソフィア姫様、我々はまだ……旅を終えていません」
ユリス「徹夜でライフルの改造をしたぜ! 今度は外さねぇよ! 姫様!」
ファランも青い目をひときわかがやかせながら口をひらく「艦長!セラフィム号、自己修復機能により、外壁90%まで強度回復しています。」
ミレイも真っ赤な目で報告する。「ソフィア姉さん!いつでも飛べるよ」
「うん。みんなありがとう……
カレン……あなたを守るために、私はもう一度立ち上がるわ」
クルーの視線が未来を見つめる。
ソフィアは胸のペンダントを握り締めながら命じる―
「セラフィム号全速前進! 行きましょう。希望の在処へ」
――惑星の影に潜む船体に、やがて恒星の光が差し込みはじめた。
空のない宙(そら)に、 “夜明け” が訪れたかのように。惑星の影から光が差し込む……
セラフィム号が、大きく白銀の翼を開いた……
星の海に身を任せて……
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