35 なにもいらない
さあ、困ったぞ。
エリエルのお兄さん、ゼルバニア様が折角の兄弟水入らずの再会を喜んでいる(喜んでいたのはゼルバニア様だけ)最中だったのに、エリエルのご機嫌斜めになってしまった。
何が困ったのか?
それは簡単。
ロバート執事長もいなくなり、二人きりの部屋。夕方までは「部屋で飯でも食いながらゲームしようぜ」というノリだった。
昨日は綺麗なレストランで食事を楽しんでいたが、やはり慣れないところで食べると肩が凝る。今日は私も疲れたし、部屋で食べるのは大賛成だった。
その食事がもうすぐ運ばれてくるというのにだ。
ベッドの上へ放り投げられた。
「な、なに⁉」
正直、ちょっと焦った。
堂々と公共の場で私達の関係を〝恋人〟と言い切ったのだ。
「じゃあヤることヤっとこうよ、なにか会った時答えられなかったまずいでしょ」とか言われたらどうしよう。そもそも私は処女なわけで……あっ、こいつも童貞だ! その前に付き合ってないし!
どうやって逃げようか、逃亡策を脳内で練っているとあっという間にエリエルに距離を詰められた。
「待って待って、落ち着いて……‼」
「……」
や、やばい……‼ 覚悟を決めて目をギュッと瞑った。
「……」
「……」
「……」
「……寝た?」
「寝てない」
寝てなかった。今まで健全な関係を築き上げてきたのに、今日という今日崩れ去るのかと危惧したのだが、そうじゃないらしい。
覆い被さるようにして倒れ込んできたエリエルの背中を撫でた。
さっきまで苛々しているように見えたが、こうやって抱きついてくるということは少なくとも私に対する拒絶反応は出ていない。
少しは話してくれるだろうか。
「お兄さんと話すの疲れた?」
「疲れた」
「今日は沢山歩いて仕事までしたんだし、十分頑張ったよ。今日はもう何も考えずに休もうよ。
それに知らなかったけど、夜に中庭で散歩してたの外に出る練習だったんだね? ちゃんと自分に向き合おうとしてるの、見直した」
「……クローリアはそうやっていつも俺を甘やかすね」
「野菜めっちゃ食べさせてるけど」
「そのくせ、自分の欲がわからなくなるほど我慢して働いてるくせに」
「聞いてる?」
聞いてないな。重たそうなウールジャケットを脱がせると、側にあった椅子に放り投げた。皺になるだろうけど、今のエリエルを潰してしまいそうな物は取っ払ってやりたかった。
「ねえ、兄様をファブラードの刺客って勘違いしたでしょ。
今回は勘違いだったからいいけど、これからもし危険なことがあっても絶対に自分を犠牲にしようとしないで」
「前向きに検討する」
「次あんなことしたら屋敷に閉じ込めるから」
「ワタシ、モウシナイ」
「よし」
なんで機嫌悪くなったのか、聞きたかったけど今それを掘り返されるのは彼の精神衛生上よくない。黙って肯定人形と徹するが吉。
「明日屋台で何か買ってこようか? トウモロコシ焼きが美味しそうだったよ」
「いらない」
「ホテルの近くに中古屋さんに行く? 掘り出し物のゲームがあるかも」
「いらない」
「じゃあ厨房にお願いしてバーボフカ焼いて貰う?」
「いらない、何もいらない。
だから俺の側に居て」
やれやれ、一体なにがどうしたってんだ。
こうなってしまったエリエルのご機嫌の取り方を、私は知らない。
夕食が届けられるまで、押し倒されたまま天井の模様を視線でなぞることしか出来なかった。
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