困窮令嬢、引き籠り公爵子息を引きずり出すバイトを始めました
石岡 玉煌
01 不平等
世界は不平等である。
だってそうでしょ。
世の中には綺麗に着飾って上等なお香を身に纏い、隙の無い化粧で元から美しい顔を更に昇華させ、可愛らしいお菓子を花びらのような口に運ぶ愛らしい乙女がいる反面、陰では汗だくになりながら家族のために必死こいて働く乙女もいる。
果たしてその汗だくの女を乙女とカテゴライズしてもいいのだろうか。
因みに私、クローリア・ヴァンクス。齢十七にして身にまとうのは後者の汗だ。
額を伝う汗を豪快に拭い、首からかけた手拭いで頬を拭いた。化粧? バカ言いなさんな、こっちとら常にドすっぴんだ。でも一応若いから、乙女というカテゴリーに分類させてくれ。それくらいいいでしょ、自称だし。
「クローリア! ちょっといいか?」
「はい!」
化粧もお香も可愛らしい唇も、オプションの甘ったるいお菓子も無い。ここにあるのはむさくるしい男と舞い上がる土埃、切り倒された木々と濁った水だ。
そう、私は運河改良工事の現場で絶賛バイト中です。
現場監督に呼ばれて、持っていたシャベルを片手に作業を中断した。
彼の手に握られている麻袋を見て、吊り上がりそうになる口角を慌てて諫める。
「これが今日の給金だ、確認してくれ」
「ありがとうございます!
……ん? なんか少し多くないですか?」
「その……実はだな……」
貰った給金を掌に出した瞬間に違和感。
悲しいことに、私は同年代に比べて労働経験が豊富である。
いくつものバイトを掛け持ちして、時間があればあっちに行き、条件がいいと聞きつければ馬の如く駆け出す。
なんてことを繰り返していると、お金の計算も必然的にスピードが上がってくる。
貰ったばかりの硬貨を数え始めると、早速その特技が活かされたというわけだ。
そして、培われた悲しきアルバイターの直感が頭の中に警告音を掻き鳴らす。
走れクローリア、この場から逃げ出すんだ!
「わあ! こんなにお給金沢山いただいて嬉しいナ! ではお先に「非常に言いにくいんだが、クローリアに来てもらうのは今日限りにして欲しいんだ!」ッダーーーーーー‼」
言われた‼ クソッ‼
「なんでですか⁉︎ 人間関係も乱していないし、なんなら皆さんに気を遣わせないよう一歩引いたところから作業してますし、遅刻も早退もしてないんですが⁉︎」
「ああ、クローリアはとても優秀な作業員だ。だがな、仕事というのは適材適所があるだろう」
グッと言葉に詰まった。
現場監督の言ってることはわかる。
こういった土木関係は、悲しいことに私のような細くて一蹴りで倒されそうな小娘より、後ろでこちらを見守っている筋肉隆々な男衆の方が力もあるし体力もある。
実際体力面で私に不利なところが多々見受けられた。それをカバーしてもらった同僚達には頭が上がらない。いや、その分片付けとか細かいところは率先してやったよ? ほら、適材適所!
なので現場監督の言うことは、間違ってはいない。のだが‼
「お願いします! 残業代は出ないし急に完了期限されるし、給料も募集時から下がったけど、どうしても私はこの仕事が……!」
「俺だってこんな非情なことしたくねェよ。けどな、上からのお達しなんだ。
明日から一人野郎が入ることになった、お前を三人くらい持ち上げられそうな大男だ」
「私を捨てて新しい男を選ぶんですか⁉︎」
「紛らわしい言い方するんじゃねェ‼︎」
とんでもねェよ‼︎ もともとブラックだと思っていたけど、ここまで酷いなんて‼︎
よろめく私をよそに、現場監督は難しい顔で腕を組んだ。
「最初お前がうちを受けに来た時な、本当は面接で落とそうとしていたんだぜ。でもあまりにも不憫な生活を聞かされたから、今日まで雇っていたんだ」
「知ってます、そんな空気出てましたもん、だから泣き落としたんですよ!」
「お前、本当に強かだよな……。
大丈夫だ! ここまで強い女は他にいやしねェよ、どこだってやっていける!」
「そういう激励はいいんで、ってちょっとォ‼︎」
私の叫びも虚しく、現場監督は他の人の給金を持ってそそくさと配り始めた。
薄汚れた麻袋を握りしめ、ポツネンと一人佇む私に声をかけてくれる人は誰もいない。
給料を貰って喜ぶ同僚……いや、元・同僚の声が遠くに聞こえる。
「(いいなぁ……みんな明日も仕事があるんだ……)」
給金袋を握りしめた。
働くのは好きじゃない。
でも働かないと食っていけないから働くしかない。すぐにでも新しい仕事を探さないと。
「はぁ……明日からでも雇ってくれる仕事、また見つけないとなぁ……三日間くらいの食事はなんとかなりそうだけど、こんなのすぐに無くなっちゃうよ……」
いい匂いが漂う市場で、お腹を抑えた。
腰の下では子供達が焼いた肉を串に刺した物を持って、元気に駆けていく。
ううっ……いいなぁ……お肉なんてもう数ヶ月食べてないよ……。
なぜなら、私の家は非常に貧乏だからだ。
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