第7話:もう一人の読み手

あきは、ひかりとみおに別れを告げ、一人で北東の方向へと歩き出した。夜の街は、昼間とは違う顔を見せる。煌々と光るネオン、行き交う人々、車のライト。そのどれもが、あきにとっては、遠い世界の出来事のように思えた。


『大丈夫だよ、あき。ボクが一緒だ』


ポンの声が、あきの心に響く。


「ポン…私、本当に大丈夫かな…」


『フン、心配しすぎだ。ボクが選んだんだ。それに、さっきの君、なかなかのものだったぜ』


ポンの生意気な言葉に、あきは少しだけ口角を上げた。


ルミナが感知した場所は、街外れの古い工場跡地だった。誰もいない、ひっそりとした場所。しかし、その場所から、強い本のエネルギーを感じる。あきは、ポンの導きで、工場の中へと足を踏み入れた。


工場の中は、廃墟と化していた。錆びついた機械、埃をかぶった鉄骨、散乱したガレキ。その中心に、一人の少女が立っていた。


彼女は、あきと同じくらいの年齢だろうか。赤い髪をツインテールにし、少し不機嫌そうな顔で、何かを呟いている。彼女の足元には、燃え盛る炎が渦を巻いていた。


「…こんなところで何してるんだろう…」


あきがポツリと呟くと、ポンが焦ったように言った。


『あき、気をつけろ! あれは…『火の書』の読み手だ!』


その時、少女の頭上から、冷たい声が響いた。


「見つけたぞ、火の書。我々の世界を脅かす、忌まわしき存在よ」


声の主は、黒いマントを纏い、顔を影に隠した男だった。その男の足元から、影が伸び、少女を捕えようとする。


「…あんたは…!」


少女は男を睨みつけ、足元の炎をさらに強く燃え上がらせた。炎は、男の影を焼き尽くし、男は苦痛に顔を歪めた。


「影のヴァルガ…! ふざけないでよ! 私は、誰にも邪魔されない!」


『影のヴァルガだ! あき、やつは「影の書」の読み手。クロウとは比べ物にならない』


ポンの警告を聞き、あきは身を隠した。ヴァルガは、影を操り、少女に攻撃を仕掛ける。少女は、炎で影を焼き払うが、影はすぐに再生し、何度でも襲いかかってくる。


その時、ヴァルガの背後から、もう一人の男が現れた。その男は、漆黒のローブを纏い、顔をフードで隠している。


「…ヴァルガ、無駄な真似はよせ。その少女は、我々の『書庫』に連れて帰る必要がある」


その声は、どこか知的で、冷徹だった。


「…朱鷺原燐…! お前も来たのか!」


ヴァルガが驚いたように呟く。


「そうだ。すべての『生きた本』は、我々のものとなる。それが、我々の使命だからだ」


朱鷺原燐は、そう言うと、右手をかざした。彼の掌から、漆黒の虚無が広がり、少女の炎を飲み込んでいく。炎は、虚無に触れると、まるで最初から存在しなかったかのように消え去った。


「…そんな…!」


少女は愕然とした表情で、自らの力が消えていくのを見ていた。


「もう諦めろ。お前の力は、我々の虚無の前では無力だ」


朱鷺原燐はそう言うと、少女に手を伸ばす。その手が、少女の身体に触れようとした、その瞬間だった。


「…させない!」


あきの声が、工場に響き渡った。


あきは、自分の身体から風を放ち、朱鷺原燐の虚無の力を弾き飛ばした。朱鷺原燐は、驚いたように目を見開く。


「…貴様は…風の書…!」


朱鷺原燐がそう言うと、ヴァルガが素早く影を操り、あきに襲い掛かる。あきは、風を操り、影をかわす。


『あき、ここは危険だ! ここは僕らが相手をする! 君は早く、その少女を連れて逃げろ!』


ポンの声が響く。


あきは、ヴァルガと朱鷺原燐が、自分に気を取られている隙に、少女に駆け寄った。


「大丈夫!? ひかりとみおに、助けを呼ぶから…!」


あきがそう言うと、少女は目を丸くした。


「…ひかり…? どうして…あんたが、ひかりの名前を…?」


その時、ヴァルガが影を操り、あきと少女を捕らえようとする。しかし、その影は、どこからともなく放たれた光に切り裂かれた。


「あき! 大丈夫か!?」


ひかりとみおが、工場の中へと駆け込んできた。


「ひかり…! みお…!」


あきは安堵の息を漏らす。


「ちっ…今日は撤退だ。次に会うときは…お前たちの命はないと思え」


ヴァルガはそう言うと、朱鷺原燐と共に影の中に消えていった。


四人の少女たちは、互いの顔を見合わせ、静かに頷いた。彼女たちは、まだ言葉を交わしていなかったが、もう、言葉はいらなかった。


「…助けに来てくれたんだね…」


火の書を持つ少女が、あきに向かって、少し照れたように微笑んだ。その笑顔は、まるで小さな太陽のようだった。


「…はい。ひかりとみおと、三人で…」


あきがそう言うと、ひかりは少女の肩を叩いた。


「あんたが『火の書』の読み手か! やっと会えたな! 私はひかり! 神崎ひかりだ!」


少女は、ひかりの屈託のない笑顔に、少し戸惑っていたが、すぐに微笑み返した。


「…葉山あかね…『火の書』の読み手です」

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