排熱の終焉
第一章 雪の終焉
雪「もう生きる意味なんてない」
街中で雪が猫背になりながら、小さく震える声で涙を落としながら、叫んでいる。
生きる意味として置いていた友香に、私を否定されたのだ。
どうしてかは、分からない。友香ならそうしたかもしれなくても雪の思っていた友情が高く振り下ろされたガラス瓶のように弾ける。
雪は、そっと後ろを向く。
今日は、違和感があった。
学校に行く途中友香に会えると思って楽しみに歩いていたはずなのに、すぐに息が切れて、苦しくなる。
今、家へ帰る途中でも同じ感覚に襲われている。
雪「だれ…な…の?もうついてこないで」
雪は、後ろを向いてるが、誰もいない歩道に向かって誰かがいる感覚に襲われている。その感覚は、私の影に隠れてて、ぴったりと付いてくるようだった。
雪「いや、」雪は、否定するような言葉を早口で言いながら、歩く足を早くした。
本当に不気味だった。歩いていた時も同じ距離感でついてきたのに、走っている今も私と同じ距離感を保ってそれは動こうとしない。
雪は、家に帰ることをやめた。
近くの公園で休んでから帰ることにした。体調が変であることを雄二に気付かれるとその力で悪化させられそうであったから。
雪「ここなら……休めれる。」
雪は、小さな公園に設置された水汲みで顔を洗い、口を注ぎ、太陽にほんのりと温かく熱せられたベンチに腰を下ろす。
すると雪の隣に位置していた雪の影が、歪み、男の形へと姿を変える。
その男は、私の隣に自然な仕草で座った。
?「やぁ、よろしくね」
それは、私の影から進化するように、男の形になり、私に話しかけてきた。
雪「よろ…しく」
雪は、この男が私がこれまで翔くんの生き写しをしてきたことを知っているかのように真似て話してくることに鳥肌が立った。
彼はとても不思議な人だった。まるで昔から私を見てきたような話ぶりで軽やかに冗談混じりに話してきて、私の心に直接対話を申し出るような感覚であった。
彼「もう君を愛する存在は、この世には存在しないのじゃないのかな、どうかな?」
雪は、体が震えた。冗談混じりで私の心の芯を抉られてしまったことに、
彼を見つめていた雪の目は、両親のネグレクトのように、焦点が足元に固定されてしまう。
雪「そんなの知ってるわ」
雪は、もう否定すらしなかった。誰も私を愛していないことを薄々気づいていたからだ。
雪「翔くんの愛はぐらかされたまま、翔くんに会えていないし、両親の愛は、私が手にかけたし、友香への愛は、今日なかったことに気づいたし、、あれ、わた、し、どうしていま、まで愛されてると思ってたの」
もう自我が崩壊しそうな弱々しさを孕んだ声だった。
彼「全て僕に委ねるといい、全て終わらそう」
彼は優しく微笑んで私に返す。
もう雪に彼を否定する力など残っていなかった。彼が私をまた支配するように動く。
雪「もういいの、私は、誰にも愛されていなかった存在だから」
彼「そうだね」
彼から笑顔が消える。少し間を置かれた沈黙が、強制的に雪の耳をこちらに傾けさせている。そして静かに言った。
彼「君は、誰にも愛されていない」
その一言で、雪は、絶望した。
もう彼の言葉以外雪の心に響かないのだろう。
彼は、そんな雪の存在を気にも留めつつ淡々と話す。
彼「君が楽になる方法を一つ知っている。」
雪は、受け入れることしかできなかった。
家に帰り、事件の時、自らを縛るために使ったロープは、またも、自らを縛るために形になる。雪の身長は、平均的なものよりも低かったことから、工事用の脚立を用いて、LEDの電球に縄をくくりつける。
彼は隣で私に笑顔を向けながら、隅でこみらを見ているだけだった。
雪「恋も家族も友も、初めからそんな熱を持っていなかったら、こんなことにはならなかったのに…」
雪の中に存在していた熱は、今は、排熱し切っており、雪の中には、熱がなくなっていた。
雪の体からは、目から落ちる涙と両手からぼたぼたと落ちる血が垂れていた。
いずれ蒸発して消えるそれは、残り少ししかない命を表しているのだろう。
「あぁ、足を振り子のようにすること
で、この世界と私の繋がりを消すこ
とが出来るのか」
もう全て失った。後悔が私の心を
深く包んでいる。」
高いところから落ちる一粒の涙は
床へと打ちつけられ、飛び散り、
やがて蒸発した。
二人の命が失われ、月無家は、全滅した。
第一章 雪の終焉 完
第二章 友香の終焉
受付しかいない図書館の中で、友香と彼は、朝から話を続けている。
彼「なぁどうして、雪は弁当を失敗したのだと思う?」
友香「どうしてか…か?それはたんに、初めて作ったからじゃないのか」
彼「いいや、友香は答えを知っている。知っているのに目を向けようとしないんだ。」
友香「ん?初めて君の言ったことが理解できなかった どういうことだ?」
彼「あるとき、不自然なことが起きた。
それは、野菜炒めを作る調理実習の時、友香と雪は、同じ班であったのだろう」
友香「どうして知っているのかという疑問は置いておくとして…たしかにそうだな
雪と私は、同じ班だった。」
彼「聞いてくれて嬉しいよ、その時隣の班は、不器用な人間の集まりだった。先生が必死に教えようとするが、野菜炒めを酷く焦がしてしまった。」
友香「たしかに、思えばそんなことが
あったな」
彼「友香は、クラスメイトに雪以外興味がないから、酷い焦げの匂いがあっても、それを見ようとしなかった。」
友香「私の記憶では、調理に専念していて、匂いで焦げていることしか分からなかったな」
彼「でも、もう一人、焦げた野菜炒めを見ていなかった人間がいるんだよ」
友香「それを…雪だというのかい?」
彼「そう、雪は、隣の班が焦がしているのに気付いていなかったのだ。答えは簡単で、雪の嗅覚が機能していないからだ。」
友香「ん?話が飛びすぎているんだが、順を追って話してくれ」
彼「僕の言ったまんまだよ、嗅覚が機能していないから、焦げには気づかなかったのさ、だから玉子焼きを焦がした。」
論理的には、飛躍しすぎておかしいはずの彼の発言に、友香は、不思議とすぐに納得した。
友香「そう…なのか、今日の君の言葉は、やけに私を納得させる」
彼「なぁ思ったんだが、気付いているようで、目を背けているだけではないのか?」
友香の体が震える。
友香「なんのことだ?」
かつての冷笑のように、自分の何かを守ろうと強い言い回しになる。
彼「友香のことだ、事件を知った時、一人で調べたのだろう その時知ったはずだ。
雪があの事件を引き起こしていて、雪が自死を選択した時、友香にも原因があったということを」
友香は、言葉を失った。もう発言しようとすら思わなかったのかもしれない、そのくらい彼の言葉は、友香の心の中で響いている。
彼「なぁ友香、君は、どうして雪の嘘に追及して悲劇を止めようとしなかったのだい?」
友香は、核心をつかれたようで、泣きそうになった。彼以外に涙を見せるのは、プライドが傷つくため、場所を変えようとした。図書館から出ようとすると、集中豪雨は止んでいて、曇天の中、友香は歩き出した。もうどこに向かっているのかも分からない友香の足取りを止めるように彼が言う。
彼「僕が気に入っている場所を見に行かないか? そこには、人が来ないし、景色もいいよ」
友香は、こくりと頷いて、彼の後ろをついて行った。目をこすりながら、彼の足取りを追う。その様子は、囚人のようだった。
もう太陽が落ちて、曇天の中、夜は一層暗かった。
友香と彼は、大学から少し遠い森の端に来ていた。そこは、見下ろせば、断崖になっていて、白波がそこに、打ち付けて、強くかつ心地よい音色を奏でている。
潮の香りが友香の鼻をくすぐっている。
彼「どう、気に入ったかな?」
友香「うん、海を初めて見た。感動した。」
彼「友香、ここに小さなベンチがある。
一緒に座ろう」
友香「うん」
初めて見た海に感動していて、友香の気分は、晴れ晴れとしている。
曇天の空で見えない月を友香は、必死に目を凝らしながら探している。そうすると、隣に座っていた彼が立ち上がり、友香の視界を遮る。
彼「なぁ友香、雪を描いたあの絵をもう一度見たいんだけどいいかな?」
友香「いいだろう」
友香はいっそう元気を取り戻し、いつもの口調になった。
彼「友香の絵を眺めているんだけど、本当にこれは、才能があるな」
友香は、才能という言葉に反応し、反射するように手が震える。
彼「僕の考察なんだけど、雪の背景は、雪の全てを知ってて描いたんじゃないのかな?どう?」
友香「それは…」
友香は胸が押さえつけられる感覚に襲われる。
一気に元気を失った友香は、親からの抑圧と雪の笑顔を思い出し、それによって、息が切れかけている。
彼「夢も失い、友も失った友香は、友を救うことは、できたのでは?」
友香「もうやめてくれ もう一言も喋るな」
友香のその言葉は、森で見ていた虫達を震えさせ、飛び上がらせるようだった。
彼は、それでも話すのをやめようとしなかった。
彼「友香は、雪がこのままほっとけば自死を選択することを知ってて見捨てたんじゃないのか?」
その言葉が友香の耳から小さな体を通り、友香の脳内の中で反復した時、友香は、その言葉を拒絶しようと、友香は、雪の描いたこの絵を崖に捨てようとした。
しかし、彼は、大きい声を出して、友香を止める。
彼「友香! 友香は、本当にその絵を捨てていいのかい?」
友香は、泣きながら、強く握りしめていて、折れ曲がった落書きを優しく胸に添え、涙で顔が原型をとどめていないながらも、彼の方へと振り返った。
友香は、踏みとどまることができた。親友を描いたその絵は、夢への情熱があったし親友を思う友情の熱もこもっていて、捨てることはできないと思いとどまった。
友香は、咽び泣いた。図書館での隠していた涙を存分に見せるように
彼「友香は、雪が自死したと知った時、友香も自死を選択しようとしたの?」
友香「ああ、したよ、したけど出来なかった。だって私は、勉強しかできないから」
泣きながら、嗚咽の叫びを出しながら、そう強く正直な気持ちで答えた。
友香は、そのとき心の中で感じたことを彼に告白する。
友香「もう私は、熱を失った。夢も友も失い、生きる意味さえ見失った。でもこの絵があるせいで、私は、自死することもできず、常温のぬるま湯で生き地獄を味わい続けていたのかもしれない」
私は、彼を誘い、二人でベンチから離れ、崖の端に立っている。荒れ狂う波と絶壁の岩肌が、見えるようになった。
私の手には、雪を描いたこの絵が握りしめられている。
この絵は、もう強く握りしめたことによって、端が破けそうながら、涙でしわくちゃになって、元の絵には、もう戻らない。
彼「今から友香がする選択を僕は止めようとしない、むしろ尊重するよ」
彼は続け様に言う
彼「友香の選択に間違いはなかったと思うよ、今までも これからも
友香「ありがとう そう言ってくれるだけで嬉しいよ、本当に今までありがとう」
彼が幻想であることを知っていた友香は、それでも近くにいてくれたことへの感謝を告げ、体を傾けるようにして、崖の下へと、落下していった。
「誰も私を理解してくれなかった。
でも、彼だけは違った。
熱を失った私が、ぬるま湯の中でもがき続ける中で、
彼だけが、心を温めてくれた。
……たとえそれが、幻想だったと しても。」
第二章 友香の終焉 完
第三章 彼の終焉
この世から、たった五人の命が失われた。
それは排熱し切った人間たちによる演目だったのかもしれない。
彼は、また探し続ける。
排熱を心から求め、終焉に導く手伝いを
熱を失えば、彼は君の影にいるのかもしれない
終幕
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます