森の狂研6
ディーヴァとセイルが倒れたのとほぼ同時に、檻はピピっと電子音を響かせて床板へと折り畳み、老人の後ろから現れた古びたロボットが機械的な腕で二人を無造作に担ぎ上げた。
老人は満足げに頷きながらその後に続き、錆び付いた木戸は軋んだ音を響かせながら再び閉じられていく。
畳まれた床板四枚と動かない原生生物二体を無かった事にするかの如くゆっくりと水が満ち始め、再び静かな闇が広がっていった。
どれくらい時間が経ったのかも判らないほどに、ディーヴァの意識は霧の如くぼんやりと戻ってきた。
薄暗い石造りの室内に瞳が慣れるのにそう時間はかからなかったが、状況把握するのにかなりの時間を要している。
古風な内壁に似合わない埃っぽいケーブルや管の束が天井や壁面を這い回り、清掃されないまま使い込まれている気配が漂い、埃も総て湿気を帯び、どことなく苔生しているような錯覚を覚える。
湿気た空間に滞在した経験が極端に少ないとはいえ、冷たい空気が肌を刺す感覚に違和感を覚え、ふと自身の身体を見下ろすと装備も服も全て剥ぎ取られ、全裸の状態でベッドの上に放置されている状態であると気づき、ディーヴァは思わず驚きの声を上げそうになった。
―― セイルは‥‥!?
はっとした次の瞬間隣にセイルが横たわっていると気づき、ほっと安堵したのも束の間、両手は後ろ手に縄で固く縛られ首には冷たい金属の首輪が嵌められている姿が見え、ディーヴァは顔面蒼白になった。
セイルの青い髪の乱れ具合からも、雑に投げ捨てられたのだろうと推測でき、尚且つ全裸である事から、まともに人としての待遇は受けられていない事を察した。
気付いてみれば両手が動かせず、首に違和感を覚える事からも、意識が先に回復したこと以外はセイルと自分は同じ状態なのだろうと冷静に分析すると、何だか現実離れした感覚に襲われ、悪い夢でも見ているのではないかと今一度目を瞑った。
ベッドの寝心地自体は悪くないが、湿っぽい肌寒さが骨まで染み込み、日の感じられない布地は慣れそうにない。
ディーヴァはゆっくりと息を整え、目を開けた。
後ろ手に縛られ、通信機も量子袋も、武器もない。
全裸を認識する度に恥ずかしさが熱く込み上げるが、今はそんなことを言っている場合ではないと自分に言い聞かせ、余計な感情を振り払った。
―― 考えないと
空気には消毒液のような鋭い匂いとかすかな瘴気、腐臭が混ざり合い、鼻腔を刺し、建物全体が黒く淀んだイメージで彩られていく。
―― 幾ら世間知らずだからって俺にだって解る‥‥少なくともここはまともな環境とは程遠い‥‥嫌な予感しかしない‥‥
身体を動かそうとしたが、総ての関節は重くまるで泥沼に沈んでいるかのように反応が鈍い。
後ろ手に縛られた腕はしっかりと固定されており、外せそうになかった。
―― でも、俺がなんとかしなきゃ‥‥
ディーヴァは必死に頭を働かせた。
考えるのは得意ではないが、人任せにしていてどうにかなる状況ではない。
そして、足は縛られていないことに気づき、上手く反動を利用して身体を起こし、急いでセイルを肩で揺り起こした。
「セイル、起きて」
「ん‥‥わっ‥‥」
無防備な表情でむにゃむにゃと起きたセイルは、即座に状況を把握したらしく、転がるようにして起き上がると背中を丸めて正座した。
「しーっ‥‥あのね、俺が老人の気を引くから、その間に逃げて欲しいんだ」
「えっ‥‥何を」
「逃げて、助けを呼んで欲しいんだ」
「それは困るねぇ」
突然耳元で囁かれた老人の声に、ディーヴァは心臓が口から飛び出るのではないかと思うほど驚愕した。
自分達以外に誰もいないと思っていたのに、死角にしゃがんでいたのか老人の気配を全く感じられなかった事に、己の未熟さを呪う。
セイルは驚き過ぎで硬直していた為、老人は小さな注射器を難なくその首筋に突き立て、二本目をディーヴァに見せつけた。
ディーヴァの獣耳がピンと立ち、背筋に冷や汗が流れる。
セイルは目を見開いたままベッドに倒れ、青い髪を汗で濡らし、身体をガクガク震わせて喘ぎ始めた。
ディーヴァは自分から血の気が引くのを感じた。
「セイルに何を‥‥!」
ディーヴァは反射的に足を振り上げ、老人に注射器を打たれないよう牽制すると、ベッドから跳び出し、しなやかな弧を描きながら力強い一撃で老人のこめかみを狙った。
だが、老人は驚く程素早く身を捻り、間一髪で回避すると、目を光らせた。
後ろ手に縛られ均衡が崩れているのを尻尾で何とかカバーして対峙するディーヴァを、まるで標本を観察するような冷ややかな目で見つめた。
「ほう‥‥」
老人は感嘆を漏らした瞬間、素早く手元の注射器をディーヴァに投げつけた。
ディーヴァは回避のつもりで身体を捻ったが、注射器が二の腕にしっかりと突き刺さると、自動で小さな押し子が前進していく。
―― うわっ、何だ、これ‥‥
口に出す余裕すらなく、身体が急速に重くなり、膝がガクンと折れ、床に崩れ落ちる。
全身が鉛のように動かなくなり、目だけが動く状態で、ディーヴァはロボットの足音を聞いた。
ロボットはディーヴァをベッドに雑に投げ捨て、再び部屋の片隅の置き人形に戻っていく。
老人は低く、抑揚のない機械のような声で「兎には発情薬、貴様は麻痺薬」とだけ短く呟いた。
「食肉補充のつもりが予想外の獲物だ。私の知的探求心に協力して貰う。安心し給え、人権の無い君達相手でも痛みは最小限に抑えてやる。科学の進歩に貢献できることを誇りに思い給え」
―― 知的探求心? 協力? 貢献? 何かの依頼? いや、それならもっとちゃんとした話し合いの場が設けられる筈‥‥強盗ならもう目的達成している筈だし‥‥いきなり薬物って‥‥脅迫でもするつもり‥‥!?
ディーヴァは叫ぼうとしたが、蚊の鳴くような小さな声が途切れ途切れに漏れる程度で、言葉にならない。
老人はディーヴァの反応を無視し、ホログラムモニタを操作しながら呟いた。
「口腔内から診るとしよう。獣魂族の生理反応は源民族より強い上耐久性保持者が多い筈だがこの個体も該当するかだ。折角遺伝子操作に依り生み出された種族だというのに無許可交配しおって遺伝子工学の精緻体系を愚弄するこのゲノム配列、先人が膨大な時間を費やしクリスパーキャスナインで精密編纂したプロモーター領域エンハンサー配列が無秩序遺伝的交雑の所為で完全に意図せぬエピジェネティック修飾に汚染されるとは優勢遺伝本質が全く理解できていない。ヘテロ接合体において優勢アレルが表現型を支配するに過ぎず形質の優劣とは無関係だのに無計画生殖行為が精心設計ナノマシン応答遺伝子発現を劣性遺伝子ノイズで上書きするとは忌々しい。全ゲノムシーケンシングから再構築せねばならんが医療器具開発にそれが理想と何割何分ずれておるか確認が取れていなければ幾ら源民族を助ける為の物であっても命取りになりかねないのは本末転倒であるからして」
独り言を早口でぶつぶつと呟きながら、引き出しから大量の器具を取り出し、ベッド脇の金属製トレイに並べ始め、半透明な手袋を装着し、器具の中から細い棒状の器具と、親指ほどの太さで肘から指先までの1.5倍はあろう長さのシリコン棒らしきものを一本手に取り、表面に粘度の高そうな透明な液体を丁寧に塗り始めた。
「解析、ライブラリー調製、旧来のDNA鎖伸長停止法時代なら1か月だ。実に煩雑」
老人の独り言は一向に止まらず、不満をぼやく勢いで滝のように流れ出していく。
いつの間にか側で待機していたロボットが、ベッドの上のセイルを膝立ち状態で支え、老人が歯科検診のような雰囲気でセイルの口腔内を確認する姿を見て、ディーヴァは恐怖と怒りと困惑で体が震え出した。
老人がロボットに指示を出したようには見えなかったが的確に動く様子から、相当の高性能であることが窺える。
そして、老人が何を語り、何をしようとしているかが全く読めない。
感情のない手つきで口を開かせられているセイルの目は半開きで、意識が朦朧としているのか抵抗の素振りもない。
ただ顔を紅潮させ、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返している様子は既にどことなく辛そうな、何かを我慢している雰囲気がある。
老人はシリコン棒をセイルの口にゆっくり押し込み、棒先で咽頭を何度か突き、出し入れを繰り返しながら奥へと挿入した。
「おあっ‥‥!」
セイルは一度苦しげな呻き声を上げ、大きな身震いをしたものの、驚くほど上手に喉を通したらしく、なされるがままその姿勢を維持していた。
時折ぶるぶると小刻みに震える様子はあったが、すぐに抑え込み、ふーふーと苦しげな息を鼻で続けていく。
老人は満足げに頷き、「良好な反応だ。粘膜の柔軟性も申し分ない」と呟きながらデータをホログラムモニタに記録した。
「兎は適応性が高いか、訓練されている可能性があるな。小柄で力仕事は向きそうにないが、こっちの分野であれば好都合。利用しない手はない」
ディーヴァは息を呑んだ。
長かったはずの棒は肘から指先程度の長さ分しか外に出ていない。
セイルは時折一瞬ぶるりと痙攣するような仕草を見せることもあったが、姿勢を崩すことなくただじっと従っている。
―― えっ、これ、どういう状況‥‥てか何をされて‥‥ええ‥‥胃カメラか何かなの‥‥?何で突然
理解できず、ただひたすらに恐怖が広がっていく。
老人は棒をさらに押し込み、全体の半分程度を押し入れた。
「‼︎」
セイルは一瞬目を見開き、ぶるると大きな震えを見せたものの、やや上を向いたままそれを耐え抜いた。
ふーふーと苦し気な呼吸を繰り返し、閉じられない口の端からは唾液か潤滑液かわからないものが流れ出している。
時折身体を震わせるたびに、その表情はどことなく笑顔に見えた。
「素晴らしい。咽頭の拡張性と筋肉の順応性が予想以上だ。元々調整がなされていると聞いていたが、これは充分な結果と言える。低侵襲手術開発にも有用だが、何より‥‥いや、先に白い方も確認しよう」
老人は興奮気味に語り出したが、突然我に帰ったかのようにディーヴァの方を向いた。
ディーヴァはゾッとし、思わず身震いをした。
老人がいつの間にかセイルの咽頭に挿入したのと同じに見えるシリコン棒を手にしていたからだ。
ディーヴァはもう一体のロボットに引き起こされ、セイル同様膝立ちを強要された。
自分で体を動かすのは困難だった為、ロボットが手を離せばベッドに倒れ込むだろう。
抵抗等できるはずもなく、誘導されるがまま上を向かされたので、心臓がさらに速く打ち、恐怖が全身を駆け巡った。
「や、やめ‥‥」
叫ぼうとしたが、呻き程度の声しか出ず、誰にも届いた気がしない。
老人は無表情でディーヴァの口を開け、シリコン棒を挿入しようとした。
「う、うげええぇ‥‥」
ディーヴァの喉は反射的に収縮し、激しい嘔吐反射が出た。
「ぬ、殆ど入らないではないか」
棒を捩じ込まれようとする度に粘つく唾液が溢れ、吐き気が込み上げてくる姿を見て、老人は眉を顰め、「異常絞扼反射の耐性が低い。個体差か、あるいはストレス反応か」と呟き、引き抜いた棒の状態を眺めた。
引き抜かれた棒はセイルの口から半分垂れ下がっているものとほぼ同じに見え、ディーヴァの唾液と潤滑剤が混ざりあって糸を引いて滴り落ちていた。
「別のサイズで試そう」
老人はトレイからやや細いシリコン棒を選び、再度ディーヴァの喉に挿入した。
「んがっ‥‥おあっ‥‥」
今度は少し抵抗が少なかったとはいえ、ディーヴァの目は涙で潤み、何度もえずいて息が荒くなっていた。
老人は反射を無視して何度も出し入れを繰り返し、通過させるコツを強制的に身体に覚えさせていく。
「うっ‥‥あっ‥‥はっ‥‥!」
奥が圧迫され、息苦しさが胸を締め付け、ディーヴァは何度も激しい痙攣を見せる。
老人は気にする気配も無く何度も出し入れを繰り返し、時折深々と挿し込んでディーヴァを苦しめた。
「ああっ‥‥!」
出し入れで引き出された時に集中する叫び声は常に次の差し入れで封じられていくが、限界を感じたディーヴァは一際高い悲鳴を上げた。
しかし老人は表情一つ変える事もなくそれすらデータとして記録し、「異常絞扼反射の耐性は低いものの適応は可能そうだ。興味深い」と呟いた。
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