森の狂研4
「獣魂族らしい戦い方って、どんな感じ? 俺、試験でデコイ殴った以外戦闘経験なくて」
「そうなの?初めてには見えなかったけど。取り敢えず特徴を活かすのが基本だと思う。ディーヴァの力強い感じも強いけど、オレはスピードで翻弄する方が得意かな」
セイルは少し自信なさげに答えた。
「スピード!獣魂族って男女関係無く筋肉質な人が多いし、力が強いだけかと思ってた! 」
「獣化した時の特性によるかな」
「獣化かぁ!フル形態って奴だよね!やっぱりセイルもできるんだよね‥‥?見てみたい」
「うん、じゃあ、ちょっと獣化するよ」
少し照れ臭そうにしながらもどことなく嬉しそうなセイルの全身が光に包まれたかと思うと、次の瞬間巨大な水色のウサギが現れた。
長い耳と鋭い爪、ふわふわの毛。
愛らしい姿は木々の間を風のように跳び回り、ディーヴァは目を輝かせた。
狂暴な獣という雰囲気は微塵も無い。
どういった場面で役立つのかもわからないその姿は風を纏って移動し、ただひたすらに可愛かった。
「凄い!それ俺にもできるの!?」
セイルは少し照れ臭そうにしながら元の姿へ戻っていく。
「オレも最初の獣化は疑心暗鬼だったけど‥‥ディーヴァなら、絶対できるよ。力強いし、センスありそうだもん」
「どうしたらなれるの?」
「ん~‥‥十歳になる頃には自然と出来る人が多い感じなのかなぁ、護覇府医療部補助器具開発班に行けば補助紋を書いて貰えるんだけど‥‥」
「補助モン?補助‥‥モンスター?」
「ううん、紋様だよ」
「そ、そっか‥‥」
「呪術的な魔法陣みたいなものっていったら分かるかな、ある程度信頼を得た法術師には、術の威力の底上げ的な補助紋が付与されてたりするんだけど」
「法術っていうのは理力って奴と違うの?」
「ん~‥‥ちょっと違うかな‥‥法術っていうのは理力を使って炎とか風とかを作り出したりするヤツの事で‥‥まあ魔法だね」
教科書で一通り学んでいた筈なのに、知識と実際に見るモノの印象が違い過ぎて、知識と現実が繋がらない。
ディーヴァは己がいかに世間知らずであったかを痛感し、勉強してきたつもりになっていた事を後悔した。
「取り敢えずその補助モンってヤツが、獣魂族のフル形態ってヤツになるのに必要?」
「ううん、なるだけなら普通に皆できて、そこに更なる能力を付与する使い方が多いから、必要って程じゃないんだけど、なるのが苦手だったり時間がかかる人は獣化し易くするヤツもあったりで、その人に合った紋を書いて貰えるんだよ。結構体力消耗するから、消耗しないようにする紋を付けてる人もいたりする。オレは加速強化だけど‥‥」
と言いながらセイルは手の甲に書かれた紋をディーヴァに見せた。
「紋の場所はどこでもいいんだけどね。額とか、二の腕とか、背中とか、首とか、頬とか。どこに書いても効果は変わらないんだけど、手の甲や腕、あと額が人気かなぁ。女性とかだと胸元とか太腿とかお尻とかいう人もいるみたい。その様子だとディーヴァはまだって事だよね。言えば南方大陸の支部とかでも書いて貰えた筈なんだけど」
「そうなんだ‥‥俺、今日着任したばっかでさ‥‥試験もさっき受けたばっかりで‥‥着任ってもっとこう‥‥講習会とか説明会があるものだと思ってたんだけど‥‥何も知らないままでさ‥‥そういう説明も今初めて聞く状態で‥‥」
「あれ、量子袋受け取る時に説明無かった?」
「あっ」
ディーヴァはそこで初めて総ての説明をすっ飛ばした原因が自分にあった事に気が付いた。
話の途中で、理解が追いつかないからとレイに解説を頼んだが故に、その機会を逸したのだ。
申し訳なさで一杯の顔を見て、セイルは慌てた。
「まあ、聞いてなかったり飛ばしちゃったりする人も多いし‥‥そもそも聞いてても一回で理解出来る量でもないしね」
よくある事だよと言いながらセイルが苦笑したので、ディーヴァも「あはは」と情けない顔で苦笑した。
「じゃあ、オレが教えてあげるよ。こう、全身に力を入れる感じ、やってみて」
セイルが少し腰を落として構えたので、「こ、こう?」と言いながらディーヴァも正面に向き合って構える。
「そう、それで踏ん張って」
「ふん‥‥ばる?」
「うん、お尻を閉じて、体内に溜めたエネルギーをそこから身体の中に充満させてぶわっと上に噴出させる感じ?下腹部にこう‥‥力を入れて‥‥」
「ええ‥‥」
ディーヴァは困惑しながら下腹部に力を入れた。
―― 下腹部に力を入れて‥‥尻を‥‥閉じる‥‥?
疑問の方が先行し過ぎ、身体に変化が出る気配は微塵も無い。
青年二人はそんな少年二人の遣り取りをにこにこしながら眺め、無理そうだなと判断した所でぽんと二人の肩に手を置いた。
「ま、仮にここで出来たとして、補助紋も無しにいきなりここで戦闘に活用しろって言うのも無理がある。そもそもディーヴァが何の動物主体かもわかんねぇしな」
「主体?動物?」
「そう、セイルは普段の獣耳が兎だろ?んで、フル形態も兎。とても分かりやすい例だ。だがディーヴァ、お前の耳、それ何の動物だ?」
「何って‥‥」
源民族の耳と同じ位置から生えており、しっかりと大きく立ち上がり、ふさふさの毛を有する耳。
セイルや今迄見掛けて来た獣魂族の耳は頭頂部やその周辺から生えている事が多く、ディーヴァと同じ位置から生えているタイプは少ない。
耳が大きなタイプの動物とも少し異なり、尚且つ耳のピンと立つ一部の品種の犬系にしても毛が長い、何とも言えない形状をしている。
「獣魂族は元になる動物の遺伝子配列を利用して改良された人間が行きついた種族ではあるが、今はもう改良は行われていなくて、基本的に自然交配によって生まれるらしいからな。混ざり過ぎて元の動物が何であるか分からなくなるケースが後を絶たないとも聞く」
レイは続きを話し掛けたものの言葉を選んでいる様子で少し黙った。
獣魂族は望まれて生まれた訳では無い子や、生まれた際の異形具合に驚かれて育児を拒否されるケースが後を絶たず、孤児院育ち率が非常に高い。
それでも両親の傾向が判れば得意不得意が割り出せなくもないのだが、ディーヴァも多分に漏れず孤児院育ちであった事から、レイは言葉を慎重に選ぼうとしているのである。
「基本的に耳や尻尾の特徴を有する動物になる事が多いんだが、混血が強いと何が出るか判らねぇし、どんな特色を持っているのかも判らねぇ。今迄獣化した事が無かったとすると‥‥もしかしたら半分源民族という可能性だってある。だからまあ、追々な」
「う、うん‥‥そう、だね」
獣になった時の自分がどんな姿になるのか、考えた事すらなかったディーヴァは複雑な気持ちになった。
筋肉質な体型、長毛な耳と尻尾を有している事から自分が獣魂族である事に疑いを持った事は無いのだが、中には源民族との混血の人もいるという当たり前の筈なのに気付いていなかった現実に気付き、知らない世界が更に広がった気がした。
―― 俺が何の動物か、かぁ‥‥
ぼんやりと反芻し続けていた。
森の奥へ進むと、地面がドスンと揺れ、超巨大豚型原生生物が現れた。
体長は五メートル以上ありそうである。
涎がだらだら垂れ、皮膚は爛れて黒ずみ、目は瘴気に侵されたように真っ赤に光り、魔物化した怪物のようであった。
漂う瘴気にディーヴァの鼻が危険を察し、尾がピンと立つ。
周囲に通常サイズの豚型原生生物が走り回っていたが、どれも正気ではなさそうである。
「あれ‥‥もう駄目だろ。ここら一帯に居た暴走個体もここから逃げ出した奴らって感じかね。とはいえ空中の瘴気濃度は極めて低い‥‥って事はあのデカブツの瘴気に当てられて暴走した可能性があるって事になるか‥‥幸か不幸かここの広場の周りには岩と崖とデカい樹で出入口はここ一か所。きな臭ぇな。取り敢えずデカいのだけは仕留める必要がありそうだ」
レイが銃を構え、冷静に言う。
ベールも左手に小銃、右手に短杖を持ち「ああ、あれもう正気に戻らねぇんじゃね?ブッ倒そう!」と嬉しそうに笑い、セイルは「怖いけど‥‥やるしかないよね‥‥」と震えつつ頷いた。
ディーヴァは森に入った時の違和感とこれは違うと思いつつも、突然芽生えた正義感と責任感に奮い立ち、両刃武器を握り、超巨大豚型原生生物の正面に立った。
―― これがターゲット‥‥! 倒せば依頼を一つこなした事になる‥‥! 暴走個体が人里に降りて、被害を出さない為の対策‥‥倒せば例え狭い範囲であっても周囲の皆が守られるんだ‥‥!
初めて討伐対象らしい相手に、気分を高揚させていく。
依頼を受け、そして討伐する。
まさに思い描いていた『正義』の生活である。
そして、自分の知らない自分の潜在能力、新しい自分に出会える期待に満ちていた。
自分はもう孤児院で守られる存在ではない、社会に役立つ人員の一人になったんだと言い聞かせ、スタンモードを解除し、自信を持って踏み込んだ。
「必ず倒す!」
ディーヴァはしなやかな筋肉を活かし、巨豚に飛びかかった。
両刃武器が弧を描き、巨豚の前足に深く切り込む。
巨豚は咆哮しディーヴァを振り払おうとしたが、素早くかわし、空中で姿勢を変えると連続で斬りつけながらそれを踏み台にして登っていく。
「初とは思えねぇ動きだな」
レイはディーヴァの曲芸師の様な動きに感嘆を漏らしながら、周囲の原生生物達をスタンモードで撃って行く。
原生生物はぱたぱたと面白い程順番に倒れて行き、正気を取り戻しては広場の隅へと出口を求めて走り去り、前衛の安全を守る為に巨豚以外からの追撃を阻止し、全体を見ながら戦うレイの姿を見ていて出遅れたセイルは、静かにそっと巨豚の背後に向かって駆けだした。
ベールが法撃で火球を巨豚の顔面に投げつけ、更に銃でぺちぺちと目を狙い、意識を自分に向けさせていく。
巨豚は蠅の様に頭の周りを跳び続けるディーヴァと、地味に嫌な小攻撃をちまちまと当てて来るベールに苛立ち、注意が散漫になっていた。
雑な反撃は二人には届かず、ほぼ一方的に見える戦闘であるにも関わらず、大きな変化は中々現れない。
「こいつホント無駄に体力だけはあるな」
ディーヴァが巨豚に与えた傷は決して小さく無い筈なのに、全然堪えている感じが見られない為、レイは銃でディーヴァの付けた傷に追撃を行い、それらをより確実に深いものにしていく。
その正確な射撃に感心しながらディーヴァは戦闘を続け、巨豚の眉間とこめかみをこれでもかという位傷付けていた。
傷口から色の悪い血が滴り、そこから湯気の様に瘴気が立ち上っていく。
ディーヴァがそれらを極力吸わないように避けながら眉間とこめかみを狙い続けていく間に、背後に回り切ったセイルは明らかに弱そうな巨豚のデリケートゾーン目掛けて鋭い突きをした。
槍は見事に巨豚に刺さり、巨豚はプキイと嘶いてから猛烈な速度で走り始める。
「なっ‥‥」
それまで歩くのもままならず、走る様子も無く、重すぎる自重を持て余しているとさえ思っていた巨豚の軽快な快走に全員が驚いた。
余りの変貌っぷりにベールは笑い、レイはディーヴァが振り落とされるのではと焦り、ディーヴァは振り落とされないように必死に耳の根本に武器を突き立てて何とか踏ん張っていた。
「競走なら、負けない」
セイルは責任を取る覚悟の顔つきで獣化し、一気にその距離を詰めていく。
そしてあっさりと追い抜くと、巨豚の眼前に強烈な閃光弾を投げつけた。
パァンという音と共に真っ白に炸裂したそれに驚いた巨豚は急停止し、しがみ付く事に必死で前を見ていなかったディーヴァはそのままぽぉんと空中に投げ出された。
その軌道が丁度巨豚の正面であると気付いたディーヴァは即座に武器を巨豚の眉間へと投げつけた。
武器は気持ち良い程深々と刺さり、巨豚は涎を撒き散らしながら大きく口を開けると、哭きもせず静かに横向きに倒れ込んだ。
セイルは空中でディーヴァを抱きかかえると涎のかからない少し離れた位置に着地して、ディーヴァを下ろしつつ自らも元の姿へと戻り、巨豚へと向きなおる。
巨豚の目は光りを失い、ただ大量の体液をどろどろと溢れさせるだけの物体に変わっていく。
しかし立ち上る瘴気は中々薄まらず、未だに近付き難い雰囲気を醸し出していた。
「どうだった?」
いつの間にか近くに来たレイがそっと訊ねる。
「凄い、もふもふだった‥‥!」
「いや、そっちじゃなくて」
セイルに抱きかかえられた感想ではなく、初めての戦闘はどうだったかと訊かれていた事に気付いたディーヴァは「あ」と言いながら照れた顔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます