七七七(ななな)

アレク

1.

 早く給料を、金をくれ。出来れば税金がかからない最大の額でいいからくれ。金が欲しい。


 とある駅近の映画館が複合された施設には、もう夜遅い為か、大人気の鬼を殺す映画を見るために集まった子供たちはおらず、代わりに年齢層が高めな客ばかり集まっていた。


 売り場には人は少なく、待合の座席にはぼちぼちと老人ホームが出来上がりつつある。


 シアタールームの入り口にいる俺はチケットを見て無断で映画を見ようとする奴がいないかチェックする係だ。まぁ、特段やらなければならないことはないし、ただ業務をこなすだけだ。


 あと上映する映画が二、三本あるかないかの時間帯に映画を見たであろう男がずっとポスターを見ていた。


 たまに居るんだよ、壁に向かって大声を出したり座り込んで動かない客が。


 俺はここで一年ほど働いているが、ニンニク鼻の女優が出ている映画のポスターに向かってシコってたおっさんが居た時は笑った。その数日後にその女優は枕営業か何かがバレて失踪してたらしいが、おっさんの呪いなんじゃないかと思った。


 そんな事もあるので警戒心を見せないようにして、その客に話しかける。


「次はその映画を見るんですか」

「そうだねぇ…題材は良いんだけど監督が前にコケた監督なんだよねぇ…でも脚本家は中々良いの書く人だから見たいっちゃ見たいけど様子見が安定かな。あ、さっき見た映画、祇園の姉妹をモチーフにしてる描写が多かったんだけどやっぱり姉妹とか兄弟を題材とした映画って良いよねぇ〜まぁ、僕一人っ子なんだけどさ」

「はぁ」


 やべぇ、思ったより映画に詳しい人だ。映画館のバイトをしてる奴が映画に詳しいと思ったら大間違いだ。

 このよく喋る天パ男は下がってきたメガネをクイッと上げた。


「映画とか好きじゃないの?」

「あー見ないですね」

「マジか〜君、結構映画に向いてると思うよ? 背丈は人並みより少しあるし……何より、重要なのが顔に影がある。あ、彫りが深いとかそんな話じゃないよ? 表情だよ、表情……昔に映画監督になろうとしてた時期があってねぇ、いやー今も撮ってるんだけど中々売れないんだよね」

「インディーですか」

「僕なんかが大手の映画配給会社に入れるわけないし実費だよ実費。あ、君もしかして映画に興味ある? 俳優とかやらない? ギャラ目的だったらちょっと厳しいんだけど……あ、就活とかで話せるよ。映画出てましたって」


 灰のような髪色に長くなった天パをまとめており、丸メガネを付けたどこかの中南米の服装をしている怪しさ満点の男は口を閉じる様子はない。


 段々と興味が湧いてきてしまった自分がいる。客と話すのは業務内だ。先輩に怒られてもお客様に案内してましたなんて嘘をぶっこいても俺なら通せる。真っ当に働くよりも真面目にサボるのが良い。


 そこから、その客は度々レイトショーにだけ来るようになった。


 何度か話しているうちにこの客、遠藤旭平えんどうあきひらが映画を見終わったあとは話すのが当たり前になって来た。


「お疲れ〜七木なぎくん」

「おつです」

「今日の映画は最悪だったよ〜構図なり俳優の動かし方なり妥協満載ムービーでこっちがやられそうだったよ。まぁ、エンディングの曲は良かったんだけどさ」

「レビューとか見てないんすか」

「それが俳優信者のレビューとかサクラが多くてね〜まぁ、僕は賭けに負けたわけだよこれは」

「はぁ」


 週に1回ほど見かけるこの男は毎回違う映画を見て、俺に感想を言ってくる。しかし、何も割引やらないまま物価高の波を受けているチケットを平然と買うのでコイツは金持ちなんだろう。


「普段、何の仕事をしてるんですか」


 捨てられたポップコーンの香りは普通であれば香ばしくいい香りが、今となってはただの商品としての付与された物としか感じられない。


 袋をキュッと縛る。されど、商品の香りは消えない。


 彼の口角が片方だけニヤリと上がる。


「知りたい?」

「嫌ならいいです。どうでもいいので」

「君、今チャンスを失っちゃったよ? ここのバイトより良いバ先を紹介しようと思ったのに。まぁ〜人生そういうこともあるよね。あ、また気になったらここに連絡してよ。じゃあね」


 含みのある言い方で彼は名刺のようなものを俺に渡してきた。普段、客からは一切物を受け取らないようにしている。いや普通は受け取るものはチケットや食べかけのゴミだけだ。


 この白い名刺には電話番号しか書かれておらず、裏面は白紙である。


 そのまま何の説明もなく遠藤旭平は去っていく。あの天パメガネ、怪しいとは思っていたがもしかして闇バイトの斡旋でもしているのか? 反社会的勢力に属しているようには見えないが、実際に属している人を見たこともないので判断材料はないに等しい。


 映画館の暗いオレンジの光が名刺を照らしていた。


 俺は今大学生、人生の夏休みだ。そしてサークルも入っていなければバイトの奴隷でもない。つまるところ暇人の次の行動は、これだ。


「──────あ、もしもし」

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