第二節:実母をポイするための交渉(頭脳は大人の話術チート)

第12話 強いセズが俺の護衛騎士な理由



「国から渡されているオーランドまでのお金って、今はだれが持ってるの?」


 セズが馬車から距離を取って戦ってくれていたお陰もあって馬車にも破損なく、御者も俺のスタングレネードで気絶してしまっていたが、幸いにも怪我などはなく。

 御者が結構すぐに起きたので、彼に馬車を走らせてもらい、俺たちは先に進んでいる。


 そんな馬車の中での、セズへの問いだった。

 彼は少し言いにくそうにしながら「えっと、お金は……」とレーナの方を見る。



 俺とセズの視線を受けて、レーナはフンッと鼻を鳴らした。


「私は王子の母親なのよ? 王子のために出されたお金なら、それは私のお金じゃない」


 何でお前はそんなジャ〇アンみたいな思考なの?

 って言うかさっきの今でこの太々しい態度、逆にすごいな?!


 いやまぁ気絶から覚めた時に「キャァァァァァアアア!! 私の! 私の指輪がぁぁぁぁ!!」って悲鳴を上げていた。

 どうやら国王におねだりして宝物殿から貰ったっていう指輪の宝石が、台座はそのままに見事に砕け散っていたらしい。


 それからかなり機嫌が悪くはあるんだけど、それにしたってそう言い切っちゃう度胸というか、まったくブレない傲慢さはある意味凄い。

 まぁ俺に害をなす人間なんて、完全にアウトではあるんだけどね。


 そんな人間に、大切な旅費を持たせてはおける筈もない。


「じゃあそのお金、セズに渡して」

「何であんたにそんな事言われないといけないのよ!」

「でもそのお金持ってたら、さっきみたいに盗賊が来た時に、今度こそ殺されるかもしれないよ?」


 殺される。

 その言葉の響きの強さに、レーナはビクリと肩を震わせる。


「だって盗賊って、お金が欲しくて襲ってくるんでしょ? レーナはか弱い女性なんだから、そういう人たちに囲まれたら危ないよ」


 可能な限り無邪気に、純粋な心配を声に乗せて、そう言った。


 これは、警告を孕んだ脅しだ。

 金を持っていたら襲われるぞ。

 襲撃の対象になってしまうぞ、という。



 実際に俺たちを襲ってきたのはおそらく盗賊の類ではないが、確証もなく心当たりもない今、レーナの性急な裏切りも警戒して彼女には「襲ってきたのは盗賊だった」と言っておいた。


 セズとも既に口裏を合わせている。

 その証拠にセズは、情報を正す事はしない。

 ちゃんと黙ってくれていて、偉い。



 俺からの忠告を、レーナが純粋な心配と取ったか、脅しと取ったかは分からない。

 が、どうやら彼女の内心を方向転換させる事はできたようだ。


「しっ、仕方がないからあんたに渡しておくわよっ!」


 こんなに可愛くないツンデレもあるもんなんだな……なんて思いながら、レーナが懐から投げるようにして渡してきた財布を、慌てて受け取るセズを眺める。


 と、彼が眉尻を下げながらこちらを見てきた。


「あの、お金を持つの、本当に俺でいいんですか……?」

「え、むしろセズ以上の適任なんていないと思うけど」

「でも、殿下の旅費を、平民の俺が管理するなんて」

「あぁ」


 なる程。

 彼が何を気にしているのか、分かった。



 そういえば、と付随して思い出す。


「セズって多分、騎士としては優秀だよね。さっきもあの人数相手に対応して見せた訳だし。もしかして僕の騎士に選ばれたのって、貴族出身の騎士から何か言われたか、された?」


 素人目だが、それでも分かる程の技量の差が、少なくとも先程の襲撃者たちとセズとの間にはあった。

 あれだけ仕事ができる騎士なら、城は手放したくない人材だろう――少なくとも普通なら。


 しかし事実として、セズは俺の護衛騎士になっている。

 俺の肩書だけ見て語れば、セズは『平民の身から殿下の護衛騎士に任じられた出世株』だ。

 しかし実際には違う事を、誰でもない俺が一番よく分かっている。



 俺は、元々大事にされていなかった上に後ろ盾もない、三十五番目の王子である。

 そんな人間の、僻地に向かうにあたっての護衛騎士にするには、セズは勿体なさすぎるのだ。


 にも拘わらずこうなっているのには、間違いなく理由があるのだろう。

 それが実力以外のところ――それこそ嫉妬や生まれに対する蔑み、埋めようもない権力の差にあるのだとしたら。

 目障りな者をまとめて遠くへやれるチャンスを、十二分に活用したとするのなら。


「実は少し、隊長の反感を買ってしまって」

「反感って?」

「剣の模擬演習時に、三戦三勝した事が『弁えてない』らしく……」


 苦笑交じりに「失敗しました」と言い半ば無理やり笑う彼に、俺はフンッと思い切り鼻で笑ってやった。


「アホらしっ!」

「そうですよね、俺がアホだったばっかりに――」

「違うよ。その隊長、度を越したアホだろ。 模擬演習で忖度して手を抜くなんて、模擬演習……というか、訓練の意味ないじゃん」


 訓練は、本番のためにやるものだ。

 本番で命のやり取りをするのなら猶の事、訓練の時から真面目に、真剣に取り組まなければダメだろう。


 俺だって、前世では散々部下たちに言ったもんなぁ。

 『避難訓練は、ちゃんと真面目にやらなきゃダメだぞ!』って。


 勿論災害と戦闘を同列に語るのはどうかと思うが、根本は同じだと思う。

 訓練の時に真面目に取り組んでいるからこそ、本番時、咄嗟の時に役に立つのだ。


「僕は、セズが平民である事と信用できる人材かどうかは、別の話だと思ってる。セズは僕の質問にも丁寧に答えてくれるし、誠実だ。それに強い。少なくともお金を持ち逃げするような人じゃないと思うし、もしセズが持っててそれでも盗まれたんだとしたら、もうしょうがないかなって、一種の諦めが付く」


 別に、思い付きや盲目でセズを指名した訳じゃない。


 そもそも盗賊の事を考えるのなら、俺が金を持っていたって同じ事だ。

 狙われる云々という話ではなく、ほぼ無防備で奪われるようなもの。

 抵抗しようもないだろう。

 それならセズが持っていてくれた方が、『金の盗難』という面では安全なのだ。


「まぁもし万が一裏切られたら、その時は僕の見る目がなかったっていう事で」

「殿下……!」


 そこまで信じてくれるなんて。

 そんな雰囲気の感激の眼差しを正面から受けて、俺は少しばかりこそばゆくなる。


 この評価は彼のこれまでの努力と下積みの日々を正当に判断した結果なのだから、別に俺がすごい訳じゃないのに。

 そう思ったけど、敢えて口には出さなかった。

 それを言うのは、野暮ってもんだ。


「因みにだけど、セズは町とかの物価とか宿屋の宿泊費とかの平均って知ってる?」

「え? えぇまぁ。それが一般的な値段という意味なら、俺は平民なので馴染みはありますが」

「じゃあさ、買い物や宿泊場所の選定も、セズに任せちゃっていいかな。勿論買い出しには僕も一緒に行くし、宿の受付時とかにも後ろにいるからさ」

「えっ!」


 驚いた彼には、「本当にいいのだろうか」と言いたげな逡巡の間があった。


 しかし頼られて本当に困っているふうはない。

 どちらかというと、少し嬉しそうだ。


「分かりました。では頑張ってみようと思います」

「うん、よろしく。そこまで肩肘張らなくていいから」


 そう告げて、俺はニコリと笑う。


 ――セズが買い物したり交渉したりしているところを見て、俺もこの世界の平民たちの常識を勉強させてもらおう。

 そうじゃなくても魔法について教えてもらう約束しているのに、あれもこれもってなっちゃったら、セズが変に気負うかもしれないし。


 まだ少しの間しか関わっていないけど、セズには生真面目さの片鱗がある。

 適度に手を抜く事を覚えさせないと、頑張りすぎて自滅するタイプかもしれない。


 そんな彼をどのように導くか、育てていくかは、主である俺の腕の見せ所だろう。


 

 いい子だからな、大切に育てよう。

 未来ある有望な若者だ。

 前世の知識と経験を駆使して俺も頑張るから、どうかスクスクと育ってほしい。


「そうだ。あとさ、御者の事なんだけど――」


 こうして俺たちは馬車の中で、やいのやいのと色々な話しをした。

 必要な話も、ただの雑談も。

 本当にいろんな話をして、話疲れてじきにウトウトとし始める。



 楽しいなぁ、セズと話すの。


 ……っていうか、そうだった。

 思い返せば俺には、転生してから今までずっと、話し相手と呼べる人がいなかったんだ。


 別に誰と話さなくても死ぬような事はなかったけど、それでもやはり普通に話せる、意思疎通が取れるというのは、楽しいし嬉しい。


 ――そういえば俺、前世でも、人と話す事は好きだったなぁ。


 そういう意味では、営業職は俺に合っていたのだと思う。

 別にやり手の営業という訳ではなかったが、話を聞いて要望に応えられる商材についての話をしたり、その合間に趣味の話をしたり。

 知らない事は教えてもらって、知っている事ではコアな会話で盛り上がる。


 そんな日々が、俺は結構好きだった。

 それは転生しても変わらないんだな、と思いながら、ゆっくりと落ちていく自らの意識を感じ取っていたのだった。


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