第20話





​ レオは意識が途切れる直前、セレナの悲鳴のような泣き声を聞いた。鉄の球の衝撃が全身に分散し、視界が歪む。


 セレナを《箱庭》に招き入れようと手を伸ばしたが、それよりも早く、レオの意識は深い闇に引きずり込まれた。



 ――あなたは私を信じて、助けてくれたから。今度は、私がッ。


「……ぅ、うあぁぁぁぁぁぁっ!!!! わた、わたしが、守るから! 《血統魔法・銀――――」


 闇の中で、誰かが叫んでいたような気がする。






【継続的な睡眠薬の摂取により、あなたは睡眠耐性を獲得します!】

【スキル《睡眠耐性Lv.1》を習得しました】




​ どれほどの時間が経ったのだろうか。レオが次に意識を取り戻したとき、そこは漆黒の闇に包まれた、ひどく揺れる空間だった。


​ 床からは絶えず不規則な振動が伝わってくる。耳を澄ませると、外から馬のいななきと、御者の男たちの荒っぽい話し声が聞こえた。


 馬車か?


 どうやら追っ手に捕まり、どこかへ運ばれているらしい。


 一先ず殺されてはないようで安心……安心か? むしろ意識がないうちに殺されてた方が苦しまなくて済んだんじゃ……やめよう。むなしくなる。


​ 両手と両足には冷たい鎖のようなものが巻かれ、あまり身動きが取れない。軽く動こうと力を入れてみるが、ぴくりともしなかった。身体が鈍い気がする。元々動けるタイプでもなかったけど。


 目隠しをされた視界は何も見えず、レオは絶望的な状況に置かれていた。


「……」


​ 殺されるんだろうか。きっと、殺されるだろう。だって貴族の陰謀の邪魔をしたのだ。


 腹を立てた彼らに惨たらしく殺されてもおかしくない。残虐な貴族の噂は事欠かないほどに聞く。


 死にたく、ない。くそ、くそ……!



【心身に極度の負担が掛かっています!】


【特性《箱庭の持ち主》が発動します!】


【精霊《ユユ》が音沙汰のないあなたを心配しています!】


【スキル《精霊交感Lv.2》が強く発動します!】


【《箱庭》ウィンドウが開かれます!】



『れお? れおー? だいじょうぶ? おきたー?』



 ……ああ、大丈夫だよ。ユユ。



『そぉ? こわかったらいってね! れおがゆゆをたすけてくれたみたいに、ゆゆがれおをたすけてあげるから!』



 操作したわけでもないのに、勝手に《箱庭》のウィンドウが開かれる。開かれたウィンドウから潮の音が聞こえてくる。


 静かな海の音に目を瞑る。


 そして、数十秒が経った後、レオは荒んだ心を落ち着かせた。


 ……落ち着け、僕。


 僕が死んだらユユはどうする。もしかしたらあの世界にただ一人、取り残されるかもしれないんだ。


 ユユに永遠の孤独と苦痛を与えるつもりか? 


 バカ言うなよ、僕。死ぬかもしれない、嫌だ。なんて言ってる場合じゃないんだ。


 何が何でも生きろ。生きるしかない。


 父さんの為に、僕の為に、ユユの為に。


 そもそも落ち着いて考えてみろ。奴らは意識のない僕をわざわざ生かしておいたんだから、即座に殺す判断には至らないはずだ。


 手間をかけてまで生かすだけの価値が、僕にはあるってことになる。少なくとも、今は殺されないはずだ。


 じゃり……かつん……。


 レオは音を立てぬよう、鎖に繋がれた手足を少しずつ動かし、周囲の状況を把握しようと試みる。


 暗闇の中で鎖が擦れた音が鳴り、レオは肝を冷やした。


 ……いや、このくらいの音は馬車の振動でも起きるはずだ。無駄にビビる必要はない。落ち着け、僕。


​ その時、レオの視界にウィンドウが現れた。


​【クエスト】

【暗がりに灯りを】:セレナの精神状態を安定させよ

・報酬:スキル《暗視》

・備考:彼女は今、深い絶望と恐怖に打ちひしがれています。早急に対処が必要です。


​ このクエストを見てレオは悟った。セレナ様は捕まってしまったのだと。


​ 絶望と恐怖――か。


​ セレナ様は今、どんな気持ちでいたんだろうか。


 僕が気絶し、アクースがどうなったかわからない状況で、彼女は一人きりで追っ手に囲まれていたはず。……絶望しているのは僕も同じなんだけど、それでも僕は男だし。


​ レオは音を立てぬよう、慎重に耳を澄ませた。


​ 聞こえたのは小さく、そして不規則な息遣い。時折、恐怖に震えるような、微かな嗚咽が混じっている。彼女の呼吸は浅く、焦燥に満ちて何かを呟き続けている。


​ レオは声を殺し、彼女に語りかけようと口を開いた。


​「セレナ様……?」


​ しかし、声は喉の奥に引っかかり、音にならなかった。このときようやく、レオは酷く喉が渇いていることに気付いた。


 どれほど気絶していたんだろう。乾燥しているのか喉が痛い。掠れたような声しか出ない。


 馬車が揺れ、鎖がわずかに音を立てる。


​ レオはもう一度、今度はより慎重に口を開いた。しかし、どうしても声が出ない。掠れるような空気の漏れる音が響く。身体が衰弱しているのか。一体、何時間くらい寝てたんだ僕。


 身体を寄せるしかないな。


 レオは必死に虫のように這いまわると、ひたり。レオの指先に、暖かな人の熱が伝わった。


「っ……れお、さま……ごめんなさい、ごめんなさい」


 身体を寄せると、ようやく何を言っているのか聞き取れた。


 謝罪……というよりも自罰的な、懺悔とも言うべき呟き。延々と、泣きながら後悔を続けているセレナの声。


 ……多少恨む気持ちはある。あるが……あるけど……。


「っぴゃ……! う、ぅぅぅ……」


 セレナの足の皮を少しだけ摘まみ上げる。突然の痛みに驚いたのか変な声を上げるセレナ。


 もぞもぞと動き、ゆっくり空中に手を振っているのか空気が動く感じがする。僕は床を這いまわってるから、気付いていないらしい。


 手を上げようと思ったが鎖が重たくてなかなか上がらない。13歳にもならない子供にこんな大層な鎖要らないだろ……。


「……大丈夫ですよ。セレナ様」

「――れ、お……さま? 本当に? うそじゃない?」


 ぴたり。セレナの動きが固まる。


 暗闇の中で闇雲に振り回していた手を止め、レオの方向にゆっくり手を差し伸べる。震える声は不安と猜疑に満ちている。


 よくよく聞けば、セレナ様の声も掠れている。僕ほどじゃないけど。


「はい。僕はここに居ます。どれほど寝てましたか、ぼく――っ」


 レオが話しかけた時、セレナの手がレオの肩を掴んだ。


「……こわ、こわがっだよぉ……! うぅ、うぁぁ……! よかっ、よかったぁ! れお様が生きてたぁ……!」


 そのままレオの方向にもつれるように動き、身体を起こしたレオを押し倒す。少し音が鳴ったが、この程度では御者たちは気付かない。


「ごめんねぇ。わたしが、わたしのせいで、こんな目に……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 暗闇の中、セレナの懺悔が響き続ける。


 ぽたぽたと、頬に落ちる暖かい雫。


 ――涙だ。


「……さっき、痛かったですか?」

「ごめっ……ふぇ?」


 恨む気持ちはある。


「答えてください。痛かったですか?」

「ぇっ……ぅ、ちょ、ちょっとだけ……でも、いいんです。わたしは、れおさまはわたしのせいで」


 お前のせいで、僕は死にかけてるんだ! お前なんて助けなければよかった!


 こう思う気持ちも0ではない。


 だが、まぁ。


「痛かったんですね。じゃ、これで許します。ちゃらですちゃら」

「え?」


 そのまま、レオは暗闇の中で手を伸ばし、涙を流し続けているセレナの首裏に回した。そして抱き寄せ、胸の中で頭を撫でる。柔らかな髪の匂いがレオの鼻に届く。


 落ち着く匂いだ。


「……もちろん、恨む気持ちはあります。でも、さっきので許しました」

「そ、そんなの――」

「いいんです。だって、セレナ様は勇気を振り絞って戦おうとしてくれたじゃないですか」


 意識を失いかけた闇の中。


 その中で、叫んでいるセレナ様の声が聞こえていた。


「で、でも、結局何にもできてないんですよ……? 落ちこぼれで、頭も悪くて、話を聞いてくれた優しいレオ様とアクース様まで巻き込んでっ! もう、死んでしまいたい……!」


 ついに嗚咽まで混じり始めてしまった。


「……セレナ様が死ぬと、多分僕も死にます。なので生きましょう、二人で。僕一人ではどうにもならないことも、二人でなら何とかなるかもしれません」

「わた」

「言い訳は聞きません。興味もないです。僕にはセレナ様が必要です」


 レオはできる限り優しい声音を意識し、涙で胸を濡らすセレナに語り掛ける。


「落ちこぼれで、頭も悪くて、僕たちを巻き込んだことを後悔して、泣いて謝り続けるくらいに責任感が強い優しいセレナ様が必要なんです。死にたいなら僕の為に生きてください」


 ……。不味い。言葉選びを間違えたかもしれない。もし生き残れても、不敬罪を持ち出されたら僕はなすすべがない。


「――――は、い……」

「それでは、早速生き残るために色々話を聞かせてくださいね」


 どうにか話を進めて有耶無耶にするしかない。


 唸れ、僕の弁舌!




【クエスト:【暗がりに灯りを】を達成しました】

【報酬:スキル《暗視Lv.1》を獲得しました】


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