第15話
グラント家の屋敷を出ると、王都の活気がレオの好奇心をくすぐった。二日目の昼、レオとアクースは図書館へと向かっていた。
「父さんが持っている蔵書は面白いし、美しいものばかりだけど。今回は少し違った方向性の本を欲しいんだ」
レオはそう言って、目を輝かせた。
アクースは静かに隣を歩いている。
「……どういう、方向性?」
「……言ってしまえば……子育て?」
「!?」
アクースは驚愕した。
王都図書館は王都の中央、貴族街からも少し離れた広大な敷地にあった。遠くからでもその大きさがわかる。まるで巨大な城壁のような建物だ。
その歴史は建国当時から始まり、王城に並んで最古の建物の一つらしい。
図書館の入り口には王都の衛兵が二人立っており、入館する人々の身分を確認していた。王都図書館は誰でも入館できるわけではない。貴族や、王都の学術院に所属している者、そして王都に貢献した者のみに許された場所だ。
僕の父はそれなりに貴族たちの間でも知られている宝石商だ。気品と礼儀を何より重視しており、その態度が格式高い貴族に好まれている。
ゆえにそれなりに便宜が利く立場でもある。
レオは父から渡された身分証を衛兵に見せた。すると、衛兵はレオの身分証を確認し、丁寧な敬礼をしてくれた。
「グラント商会のご子息様ですね。どうぞ、ごゆっくり」
レオはアクースと共に図書館の中へと足を踏み入れた。
……やはり随分と厳重な警備だ。何か有るのか? と少し勘繰りたくなるが、王都の歴史が詰まった場所と考えれば、まぁわからなくもない。
「……汚したりしそうで、心配」
「本を破けば相当な額の賠償金と今後一切の図書館への出禁があるそうですよ」
「……レオ。さっさと目的のものを読んだら帰ろう」
アクースはぷるぷる震えている。
「そこまで怖がられると僕も怖くなってきました……」
レオも顔が引き攣り、さっさと帰ろうと思った。
図書館の中は外観に負けず劣らず広大だった。高くそびえる書架は天井にまで届き、そのすべてがレオの背丈ほどもある本で埋め尽くされている。天井からは天窓の光が降り注ぎ、本を照らし出している。
無数の本が放つ、古く、そして知的な匂いがレオの鼻腔をくすぐった。
その時、レオの視界にウィンドウが現れた。
【クエスト】
【あなたは本の虫?】:本を五冊以上読む(0/5)
・報酬:空間サイズ +20cm × 20cm × 20cm 、保有施設《図書館》
「よし」
レオは小さく呟くと、目的の場所へと足を進めた。
図書館の案内図を見ると、書架はいくつかの区画に分かれているようだ。レオが探しているのは子育てに関する本と、精霊術に関する本。精霊術は魔法に関する知識の一つだろう。魔法書がある区画に行けば見つかるはずだ。
レオはまず子育てに関する本がある区画へと向かった。そこには、子育ての心得や、子供の教育方法、子供が抱える悩みなど、様々な本が並んでいる。
ここまで多くの蔵書があるとは……案外、子育てというのは普遍的な悩みなのかもしれないな。
《箱庭》にいる精霊ユユ。彼女はまだ生まれたばかりで、人間でいうところの幼い子供だ。彼女の感情を理解し、彼女を成長させるには、人間の子供を育てる方法が参考になるかもしれないと考えたのだ。
レオはいくつかの本を手に取り、中身を読み漁る。
『子供のしつけは決して厳しくしすぎないこと。まずは、子供の気持ちに寄り添い、共感することが大切です』
『子供は親の言葉をよく聞いている。だからこそ、嘘はつかないこと。そして、約束は必ず守ること』
『子供は大人の行動を真似る。だからこそ、大人は模範となるべき行動を心がけること』
『貴種に相応しい品のある貴族へと育てたいのならば、慈悲を捨て厳格かつ品のある姿を覚えさせなさい。憧れから強い誇りは生まれるのです』
レオは本に書かれている内容に目を走らせ、大体当てはまっているはずと安堵した。
貴族は大変だな……。愛があっても厳格に、弱みを見せない完璧な貴族であることを強いられるなんて。これは要らないや。
ユユは寂しいと感じている。だから僕は彼女に寄り添い、共感してあげる必要がある。彼女に「たくさんのものを《箱庭》に持ってきて、友達を増やす」と約束した。だから、この約束は必ず守らなければならない。
レオは本を読み進め、ふと自分の行いを振り返った。
友達として。保護者として。あの子の唯一の頼みの綱として。
誠実に接していればきっと大丈夫だろう。父がそうであるように、僕もそうであれば、きっと酷いことにはならないはずだ。
レオはもう一度、本を手に取り、その内容を脳裏に焼き付けた。
よし、一冊読んだな。
次にレオは精霊術に関する本がある区画へと向かった。
精霊術は非常に稀な魔法の一種で、その書架は図書館の中でも最も奥まった場所にあり、鍵のかかった扉の奥にあった。
レオは自身の身分証を再度衛兵に見せ、扉を開けてもらった。
扉の奥には薄暗い部屋が広がっていた。そこには精霊術に関する古く、そして貴重な本がずらりと並んでいる。
精霊術に関する本は数が非常に少ない。ほとんどが精霊術の基礎や、精霊と交感するための方法が書かれていた。
レオはそれらを読み進める。
『精霊術師は、精霊と心を通わせることで、その力を借りることができる。精霊の力は、精霊術師の魔力と、精霊との信頼関係に比例する』
『精霊との信頼関係を築くには、精霊の望みを叶えることが最も重要である』
『精霊は純粋な存在であり、人間の嘘や偽りを嫌う。故に、精霊術師は誠実な心を持たなければならない』
レオはこれらの本を読み進めるうちに、一つの可能性に気づいた。
ユユは海の精霊。水属性の魔力を持つ。そして僕の魔力は彼女と触れ合うことで増大した。
精霊の力を借りることで、精霊術師は自身の魔力を増大させることができるのかもしれない。
レオは静かに本を読み進めた。
『精霊術師は精霊と契約を結ぶことで、その精霊が司る属性の魔力を獲得することができる。授けられた属性による魔法は人類の扱う属性魔法を遥かに凌駕する。しかし、それでも精霊本体が扱う魔法には及ばない』
『精霊はその力を貸し与える対価を要求する。決して彼らを軽んじてはいけない。ひとたび彼らが人類に牙を剥くだけで、一国程度は容易く滅ぶのだから』
レオは自分のステータスを思い出した。
精霊術師の始まり。精霊交感。そして精霊術。
どうやら、僕はユユという海の精霊と契約を結んだらしい。だから僕の魔力が急激に増えたのだ。
『精霊との契約には精霊術師の命が危険に晒されるリスクが伴う』
『精霊は純粋な存在である故、その力が暴走することがある。また、精霊術師が精霊の感情を理解できなければ、精霊は心を閉ざし、精霊術師は魔力と力を失うことになる』
『傲ることなかれ。精霊は人類より遥か上位に立つ上位者である。与えられる莫大すぎる力に術師が耐えきれず、砂の塊や炎の球に変容する実例もある。
敬い、しかし恐れるな』
「……やはり、リスクはあったか」
レオは小さくため息をついた。
《箱庭》にはユユという新しい家族がいる。彼女を引き取ることを選んだのは僕だ。
なら、最期まで一緒に居てあげるのがあの子の家族の役目だろう。
それに……ユユ?
『ほゆ?』
「ふふ、なんでもないよ」
『! 〜♪』
……役目なんて関係ないか。
僕は僕がしたいようにする。それだけだ。
レオは読み終えた本を元の場所に戻し、アクースの元へと戻った。
アクースは読書に夢中になっているレオを、ずっと静かに見守ってくれていたようだ。
レオは彼女に近づき、小さく微笑んだ。
「ありがとう、アクースさん。そろそろ帰りましょうか」
「……うん」
アクースは静かに頷いた。
【クエスト:【あなたは本の虫?】を達成しました】
【報酬:空間サイズ +20cm × 20cm × 20cm 、保有施設《図書館》を獲得しました】
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