箱庭の主による厄ネタ世界の歩き方。
歩くよもぎ
第一章 《箱庭》の目覚め
第1話
王都アルビオンの午後の光は、工房の埃っぽい空気を金色の粒子で満たしていた。ショーケースに並んだ数多くの宝石たちがその光を反射して虹色の輝きを放つ。その向かいで12歳の少年レオは、真鍮の天秤を凝視していた。
父から教えられたばかりの宝石の重さを測る練習。僅かでも天秤が傾けば、それは父の鋭い眼差しに気づかれる。
レオは息を殺し、集中しようとするが、しかし彼の心はここにはなかった。
今朝、ベッドで目を覚ましたときに起こった奇妙な出来事。
突然、視界の隅に現れた蒼白い半透明のウィンドウ。
【ユニークスキル《箱庭》が覚醒しました】
信じたくもない言葉が現実の風景に重なって表示されていた。レオは思わず目をこすり、もう一度見直した。だが、そのウィンドウは消えない。まるで眼鏡のレンズに付着した汚れのように、ずっとそこにある。
実際汚れみたいなものだとレオは冷静に悪態をついた。
「レオ、集中しろ。天秤の針は僅かに傾いているぞ」
父の重厚な声が飛んできた。天秤の針がカチリと音を立てて微かに傾く。レオは慌てて天秤から視線を外し、父に笑顔を向ける。
「すみません、父さん。少し考え事を」
「常に五感を研ぎ澄ませておけ。些細な見落としが扱う品の価値を極限まで下げることもある」
父はそう言って、再び作業に戻った。
父が持つユニークスキル《真贋の眼》。それは宝石の価値を正確に測る商売には欠かせないものだ。父はこのスキルを神からの恩恵だと信じている。
ユニークスキルを持つ者は「天恵者」と呼ばれ、国から厚遇される。
レオは父や街の大人たちが話しているのを聞いていた。
「天恵者」は英雄や宰相になり、民衆の期待を一身に背負う。そして彼らが失敗したとき、その失望もまた大きい。
そんな面倒ごとは真っ平御免だった。ただ静かに宝石商の跡を継ぎ、平穏な一生を送りたい。凪いだ湖のような人生がレオの理想なのだ。
だから、この《箱庭》とやらもきっと大したことはない。大したことはないスキルだからこそ、報告する義務もない。
どうせ面倒なことばかりが増えるだけだし。
レオはそう自分に言い聞かせ、自らに宿った奇跡を隠匿する。
夕食後、自室に戻ったレオはベッドに潜り込み、改めて視界のウィンドウを凝視した。
【ユニークスキル《箱庭》】
【概要】
・使用者専用の小規模空間を創造し、管理する。
・空間はクエスト達成により拡張、発展する。
【ステータス】
・空間サイズ:10cm × 10cm × 10cm
・空間内資源:土、小石、雑草
・環境因子:なし
・保有施設:なし
・保有生物:なし
【クエスト】
【雑草の除去】:《箱庭》内に生えた雑草を全て除去せよ(0/3)
・報酬:空間サイズ +10cm × 10cm × 10cm
「なんだ、これ……」
幻術か、それとも夢か。
……空間サイズ10cmとは、あまりにも小さすぎる。こんなものにユニークスキルなんて大層な名前をつけるな。高めの魔法袋なら部屋一つ分くらい入れられるし、《箱庭》とやらがユニークスキルである必要がない。
レオは内心毒づきながら、とりあえずクエストをクリアすることにした。しかし、どうやって?
ウィンドウの隣に、もう一つのウィンドウが現れた。
【《箱庭》へのアクセス】
【入室】
【操作】
レオは少しばかり考え、「操作」を選んだ。すると彼の目の前に、小さな四角い空間が浮かび上がる。手のひらに乗るほどの、小さな土の塊。そこには、確かに小さな雑草が3本生えていた。
レオは指を伸ばし、それらを摘み取った。土は現実の土のように固く、指先に感触がある。
「おお……」
雑草を引き抜いた瞬間。
ピコーンッ!
と乾いた音が耳に響き、またウィンドウが現れた。
【クエスト:【雑草の除去】を達成しました】
【報酬:空間サイズ +10cm × 10cm × 10cm を獲得しました】
「増えた……」
たった3本の雑草で、空間が倍になった。
続けて、また新たなクエストが表示される。
【クエスト】
【箱庭の整備】:《箱庭》内の小石を全て除去せよ(0/3)
・報酬:環境因子《平野》
《箱庭》の空間には、たしかに小さな小石が三つ転がっている。
「……また出てきた」
レオはそう呟いたが、心なしか声が弾んでいる。
彼は面倒なことは避けたいと願っている一方で、しかし彼の心は少年である。新しいものにはそれなりに興味関心があるのだ。
この《箱庭》のクエストは現実の面倒事から逃避するには、ちょうどいい暇つぶしになりそうだし。まぁ、まるでスキルを使わないのも勿体ない。宿ってしまった以上、商人の息子として使えるものは使わなければ損だ。
レオは小石を一つずつ取り除き始めた。
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