10話 幼馴染は外、俺は内

 アフタヌーンティーを終えると、窓際から外の景色を眺めることにした。

 昔もこうやって一緒に眺めていたので懐かしい。飛んでいる鳥の数を数えたり、窓から紙飛行機を飛ばしたりして遊んでいた。


 周囲は自然で溢れているので、たまに虫が部屋に入ってきたり、セミが窓ガラスに張り付いたりと、田舎ならではのハプニングに遭遇しながら過ごす時間は、日常の中の幸せを見つけるみたいで、非常に心地よかった。


 そんなわけで三年ぶりに二人並んで窓の外を眺める俺たち。


「平和だなぁ」


「……そうね。平和ね」


 美味しい紅茶と甘いクッキーで腹を満たして、血糖値が急上昇した俺たちはリラックスした状態で呟く。


「なんだか眠くなってきたよ」


「私もよ。今日は運動して疲れたし、少しくらい昼寝をしても許されるわよね?」


「そりゃもちろん大丈夫だろ。俺も今日は朝から駅前まで歩いて疲れたし、少しくらい昼寝をしても許されるよな?」


「それはもちろん許さ――ダメよ。さっき昼寝してたのにもう一度寝るなんて反則」


「いや、でもあれは午前中だから昼寝のうちには入らないだろ。二度寝だよ二度寝。あ、てんとう虫だ」


「二度寝っていうのは普通自分のベッドでするものよ。あ、アゲハ蝶」


「そこはまあ諸説あるだろ。あ、アリが登ってきた」


 相変わらず虫が多いなここ。本当に東京か?


「とにかく、二度寝も昼寝もダメ。そんなに眠かったら自分の家で寝なさい。あ、アブラムシ⁉︎」


「そうしたいのは山々なんだけど、あいにく家にはオオカミが出るんだよ。ほら、こんな感じで――こんな感じで⁉︎」


 俺が驚いたように声を上げると、呆れたような視線を向けてくる。


「何言ってるの? オオカミなんて出るはずないでしょ――出た⁉︎」


 俺たちの視線の先。柵の隙間からこちらを覗くオオカミがいた。制服を身に纏い、まるで獲物を狙うような視線を飛ばしてくる。


 しかも不幸なことに彼女たちは群れで活動しているようで、隣にはイヤホンをつけているオオカミもいるようだ。


「ど、どうして二人があそこにいるのよ!」


「俺が聞きたいよ」


 正直、いつかは来るだろうと思っていた。オオカミの嗅覚は鋭いので、見つかるのも時間の問題だったと。


 しかしいくら何でも早すぎないか? まだ日が沈んですらいないんだぞ。もう少しゆっくりさせてくれよ。


「ど、どうするのよ。なんかすごく怖いんだけど」


「うーん、とりあえず手元に豆とかある?」


「あるわけないでしょ! 畑には……あるかもしれないけど」


「田中さんに頼んで持ってきてもらえる?」


「はぁ……分かったわよ」


 ため息をつくと、テーブルに置いてあったベルを鳴らしたミーナ。その音に反応してすぐさま田中さんが現れる。


「お嬢様、いかがいたしましたか?」


「畑から豆持ってきて。至急よ」


「承知」


 それだけのやり取りで真意を理解したのか、そそくさと退室した田中さん。上司の教育の賜物である。


「とりあえず奴らは豆を投げつけて撃退するとして……問題は時間稼ぎだな」


「何をするつもりなのかは分からないけど、わたしを巻き込むのはやめてくれる? 音羽は怒ったらとても怖いんだからね」


「知ってる。むしろ知りすぎてるくらいだよ」


 走馬灯のように様々な地獄が蘇ってくる。思い出しただけで冷や汗が止まらなくなるのだから、さすがとしか言いようがなかった。


「……その、疲れたらたまにはうちに来ていいわよ。でもちゃんとわたしの許可は取ってよね」


「ありがとう」


 よく分からないけど気を遣われたようだ。そんなに俺の表情が辛そうだったのだろうか。

 確かに鏡に映った俺の顔色は露骨に悪そうだが……。


「ねえ」


「どうした?」


「二人が門から入ってきたわよ」


「まじ?」


 窓の方に視線を向けると、ミーナの言う通り二匹のオオカミが侵入してしまったようだ。


 この家のセキュリティはどうなっているんだ? これでは柵で囲っている意味がまるでないじゃないか。


「どうするのよ!」


「すぅ……」


「息吐く暇あったら答えなさいよ」


「とりあえず……そうだな。かくれんぼでまだあいつらに見つかってない場所ってない? あったらそこに隠れよう」


「ないわよそんな場所!」


 小学生の時はよく四人でかくれんぼをしたものだ。俺や音羽の家は隠れる場所が少なくてつまらなかったが、ミーナの家は別である。隠れる場所が無数にあるため、非常にやりがいがあったのだ。


 しかしその経験が仇となって、鬼たちには家の構造を知られてしまっている。逃げようとしても逃げ場がなかった。


「本棚の先は秘密の部屋……みたいな展開ない?」


「ないわよ!」


 涙目で答えるミーナ。敷地内にオオカミが侵入したのが恐ろしいのか、よく見ると足がブルブル震えている。可哀想に。


「とりあえず田中さんを待つしかないか」


 もはや俺たちにはなす術がなかった。生まれたての子鹿のように震えながら、救世主が来るのをただ待つことしかできない。


 ――それから数分後。


 ついに救世主がやってきたようだ。


「お待たせしました」


 扉が開いたのと同時に頼り甲斐のある声が辺りに響く。

 そして入ってきたのは右手に根っこのついた葉っぱを持っている田中さんと、


「ごめんね、お待たせしちゃったよね」


「うむ。お待たせしたな」


 誰も待ち望んでいなかった幼馴染オオカミ二匹である。


「お嬢様のご要望通り、豆とご友人方をお連れしました」


「豆だけでよかったんですけど!」


 俺が全力で叫ぶと、その声に音羽が反応する。


「豆だけでいいってどういう意味かな? 私たちがおまけって言いたいの?」


「……いや、いらんやろそんなおまけ」


「何? よく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってくれないかな?」


 侵入者は震える俺たちの方までぐいぐいと近づいてくる。そして満面の笑みでこう言った。


「朝起こしに行ったらベッドにいなかったから、今日もまた散歩に出てるのかなと思って待ってたんだよ。なのに一向に帰ってこなかったよね? しかもミーナちゃんの部屋にお邪魔したあげく、二人きりで手を繋いでるなんて……。奏太くんってとっても良いご身分だね。羨ましいな!」


 羨ましいならもう少し(以下略)。

 あと手を繋いでいるのは偶然である。恐怖に震えていた俺たちの手が重なって偶然繋いでしまっただけだ。


「ミーナちゃんもミーナちゃんだよ」


「ひぃ……」


 その一言で失神してしまったミーナ。崩れる体を抱き止めると、さらに険しい視線が飛んでくる。


「あと豆って何? 豆を持ってきてどうするつもりだったのかな? 節分はもうとっくに終わってるよ?」


「いや、それには深い事情が……」


 まずい。非常にまずいと言わざるを得なかった。あまりにも至近距離で圧を飛ばされて、漏らしてしまいそうだ。


 だから俺は、苦笑を浮かべながら様子を見守っている響先輩に声をかけることに。


「先輩は――」


「今は私と話してる最中だよ? 人と話すときは目を見て話せって教わったよね?」


「いや、うちはそういうの教わって――」


「山田先生から教わったよね? 私たち、小学校六年間同じクラスだったから、奏太くんも教わってるはずだよ?」


「すんません」


 ダメだった。どうやら鬼と化した音羽に誤魔化しは通用しないようだ。


「豆をどうするつもりだったのかな?」


「……鬼は外、福は内って」


「どういう意味?」


「すんません」


「謝るだけじゃ分からないよ。ね? 先輩?」


「そうだぞ。高峯くん、ちゃんと吐け」


 突然音羽から視線を向けられて、露骨に動揺している先輩は棒読みでそんなことを言ってくる。

 てっきりオオカミは二匹だと思っていたが、どうやら片方は違うようだ。


「ミーナちゃんだってそう思うよね?」


「おい、ミーナは気絶して――」


「気絶してるフリでしょ? 私の目を誤魔化せると思ったら大間違いだからね」


「「ひっ――」」


 なぜかミーナと先輩の声が重なった。もはや誰が味方で敵なのか分からない。

 ただ少なくとも言えることがあるとしたら……。


 この状況を引き起こした戦犯は田中さんだということだ。


「……………………お嬢様」


 神妙な表情で呟く田中さん。


 震えながら突っ立ってないで仕事しろよ。執事だろ? 雇用主がピンチなんだから助けに入れって。あとついでに俺も助けてくれ。


 しかしそんな願いが通じることはなく……


「久しぶりに今日はみんなでゆっくり話そうね」


 俺は幼馴染にわからされてしまうのであった。



 そろそろ無人島に引っ越そうかな?

 









「ずっとずっとお話ししようね!」







「ずっと、ずっっっっっっっっっーと」

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