第二章

第35話 デュランベルク公爵領、前途多難……?

「アル、デュランベルク公爵領までは魔動車で三日程度だ。遠出は初めてなんだろう? 気分が悪くなったらすぐに言ってくれ」


「うん、そうするよ。ありがとう」


目を細めると、向かい合った座席に腰掛けるソフィにお礼を告げた。


僕は今、デュランベルク公爵領に向かう魔動車の中にいる。


車内の後部座席には僕とセシルが並んで座り、向かい合う正面の座席にはソフィとエレノアが腰掛けている状況だ。


グランヴィス侯爵邸で魔人となったギルバートを討伐して数日が経ち、全ての後処理を終えた僕はソフィ達と王都を発った。


なお、魔族がグランヴィス邸に出没したことは前代未聞の大事件として、翌日の新聞で大々的に報じられている。


同時にソフィ、セシル、僕の手によって討伐されたことも記事になっていたけど、特に大きく扱われていた記事があった。


『今回の魔族討伐では、レオニダス陛下より賜った魔剣をアルバート卿が使いこなして多大なる貢献を果たしたという。陛下はアルバート卿の実績を讃えて称号【烈煌の勇者】を授けたと公表した』という部分だ。


事件後に『アルバートの名誉回復について、余に任せておけ』と言っていたし、陛下が手を回してくれたんだろう。


今回、ギルバートが魔族と融合して魔人化したという情報は伏せられている。


僕達が目の当たりにした事実は受け容れつつも、方法や魔族の目的が不明である以上、公表しても無駄な混乱を呼ぶだけ、という判断が下されたからだ。


表向き、イルバノアとギルバートは魔族と対峙するも敗北して戦死。


給仕達や正妻セラも魔族の手によって殺害され、グランヴィス邸は僕達と魔族の壮絶な戦いによって跡形もなく崩壊したと発表されている。


そして、この数日。


僕は、ギルバートの犠牲になった人達の遺族に向けた補償金の手続きに大忙しだった。


ソフィに婿入りしたから、僕はグランヴィス家とはもう関わるつもりはなかったんだけどね。


関係者が全員亡くなってしまい、僕以外に手続きをできる人がいなくなってしまったからだ


陛下に命じられた城の莫大な修繕費に加え、今回の魔族襲撃による補償金の支払いのため、僕はグランヴィス名義の物や土地を全て売却、管理下に置かれていた領地は国に返還した。


一部、有用と思える土地や物はソフィに相談して買い取ってもらったけどね。


こうして、事件が起きてから数日のうちにグランヴィス家の財産は底をつき、当主と後継者死亡によってグランヴィス侯爵家は名実ともに没落し、断絶したと言っていいだろう。


『アルバートが希望するなら、グランヴィス侯爵家を継がせることもできるぞ?』


陛下はそう言ってくれたけど、ソフィに嫁いだからと、謹んで辞退している。


グランヴィス家の名に未練はないし、今の僕はソフィとの契約を果たすことが最重要事項だからね。


僕とソフィのやり取りを横目で見ていたセシルが、ふいに咳払いをした。


「エレノア殿も遠出は初めてなんでしょう。気分が悪くなったら仰ってください」


「お気遣いありがとうございます、セシル様。その時はすぐにご相談させていただきます」


ソフィの隣に腰掛けていたメイド服姿のエレが会釈すると、ソフィがため息を吐いた。


「……やはり、エレノア殿は王都に残っていた方が良かったのではないか? 後始末がまだ色々残ってただろうに」


「いいえ、ご安心ください。あの事件の翌日、陛下から家の実権を任されて全てを数日で処理しましたから。名実ともにエルマリウス家は没落。ソフィア様に借金を返済するため、デュランベルク公爵領に私も同行するのが筋というものです」


エレはそう告げると、にこりと目を細めた。


「別に同行せずとも王都のデュランベルク公爵邸で働いて返済する方法も提示したはずだ。今からでも遅くないぞ。貴殿の素性と能力であれば、執事待遇で迎えようじゃないか」


「そのお話でしたらすでにお断りしたはずです。それに、これはアルバート様のためでもあるんですよ」


「え、僕のため……?」


首を傾げると、エレはこほんと咳払いをした。


「恐れながら、アルバート様は王都を出るのは初めてでございます。同郷の者がお近くにいたほうが、多少なりとも心が安らぐというものでございましょう」


「あ、なるほど。それはそうかもしれないね」


相槌を打ったその瞬間、矢で胸を射貫かれたかのような感覚に襲われて全身に鳥肌が立ち、足が震えてしまう。


ハッとして見やれば、ソフィが「ほう……」と目を細め、座席の肘掛けで頬杖を突いていた。


ただし、目が全く笑っておらず、とんでもなく冷たい。


「つまり、私がアルに心安らぐ場を提供しないと。エレノア殿はそう言いたいのかな?」


「いえいえ、そうとは申しません。ソフィア様のお力なら様々な心安らぐ場を用意できることでしょう。しかし、あの事件以降、気心の知れた『同郷』かつ『幼馴染み』は『私』ぐらいしかおりません。言ってしまえば、唯一無二の存在です。もし、ソフィア様がアルバート様に心安らぐ場を作りたいと仰せなら、私こそが一番の適任者でございましょう」


エレは何故か胸に手を当て、誇らしげにドヤ顔を披露する。


でも、ソフィはやれやれと頭を振った。


「唯一無二の同郷で幼馴染み、か。だがしかし、それがなんだというのだ。人は過去に縋るのではなく、今現在を見つめ、求める未来を生きていくものだろう。過去に縋ってあぐらを掻けば、今を見過ごし、求める未来は過ぎ去ってしまうものだ」


「……ソフィア様、何が仰りたいのでしょうか?」


エレが笑顔で聞き返すと、ソフィは鼻を鳴らして不敵に笑った。


「巷でよく聞く話だろう? 例えば、久しぶりに会った意中の相手が結婚して子持ちになっていたとか、な」


「な……⁉」


エレは顔を真っ赤にすると、慌てた様子でこちらを見やった。


「ま、まさか、アル。貴方、ソフィア様と……⁉」


「えっと、よくわからないけど。何か勘違いしてるんじゃないかな?」


さすがに言わんとしていることは何となくわかるけど、そんな事実は起きていないと誓って言える。


ただ、口に出せることでもない。


決まりが悪く頬を掻いて苦笑すると、セシルが咳払いをした。


「エレノア殿。俺と姉上がアル殿の出会ったのは数日前が初めてです。お忘れですか?」


「あ……⁉ あぁああああ⁉」


彼女は指摘にハッとすると、今度は恥ずかしそうに耳まで顔を真っ赤にした。


すると、今度はソフィが勝ち誇った様子で笑い出す。


「た、謀りましたね、ソフィア様」


「ふふ、あっははは。何を想像したのかあえて聞かんが、エレノア殿は想像力が豊なようだな。それにしても、この程度で揺らぐなど唯一無二の同郷、幼馴染みが聞いて呆れる」


「な、なんですって……⁉」


「何かね?」


ソフィは頬杖を突いたまま横目で睨み、エレはわなわな震えながら睨み付けている。


二人の視線が狭い車内で交差し、まるで雷撃でも迸っているかのように体が痺れてきた。


「あ、あの。二人とも、もうその辺でやめましょう」


恐る恐る切り出すと、エレが鋭い目付きでこちらを凄んだ。


「そもそも、アルバート様がはっきりしないのが悪いのです」


「そうだな。それについてはエレノア殿に同意しよう」


「え、えぇ……⁉」


エレの言葉に相槌を打つソフィ、息の合った様子に僕は目を丸くした。


この二人、仲が悪いのか、良いのかよくわからない。


「で、でも、僕はソフィと結婚しているし、はっきりするも何もないと思うんだけど……」


「うぐ……⁉」


何故か、エレは胸を抉られたような呻き声を発すると項垂れてしまった。


「アル、良く言ったぞ。さすがは私の夫だ」


「う、うん……」


ソフィは嬉しそうに笑ってくれたけど、きっとこれは演技で合わせてくれているんだろうな。


何故なら、僕とソフィはあくまで『契約結婚』で夫婦を演じているに過ぎないからだ。


だから、僕はソフィのことを好きになっちゃいけないし、好かれてるなんて思い上がってもいけないんだよね。


「はぁ、もう勝手にやってください。俺は寝ます」


賑やかな車内、セシルの冷たくて少し棘のある声が響くのであった。



数日かけてデュランベルク公爵領の屋敷に到着し、魔動車から降りた僕達一行。


でも、そこには眉間に皺を寄せ、目付きを鋭くし、口元をへの字に曲げた黒髪、黒目の少女が仁王立ちで凄んでいた。


「アルバート・デュランベルク、いえ、グランヴィス。私、レナ・デュランベルクは貴方を断固拒絶します。決して、誓って、断じて、貴方をソフィ姉様の夫として認めません。絶対に、絶対にです」


彼女がこちらを指さして発した凄まじい声量の怒号は、一瞬でデュランベルク公爵邸全体に響き渡り、心なしか屋敷の壁が震えた気がする。


あまりに突拍子もない出迎えに、僕は唖然呆然と立ち尽くすのであった。





――――――――――

◇あとがき◇

第二章開始しました。お楽しみいただけるよう頑張ります!


なお、本作の『☆(レビュー)』や『フォロー』が、まだという方がおりましたら、この区切りでいただけると……作者が歓喜して小躍りします。そして覚醒、執筆速度が上昇するかもしれません(笑) どうぞよろしくお願いします!

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