第32話 明かされる事実

「ふふ、あっははは。やっぱり気付いてなかったんだねぇ」


「僕が『できそこないの落ちこぼれ』と呼ばれる原因を作ったって。ど、どういうことなんだ」


笑い声にハッとして問い掛けると、ギルバートはにやりと口角を上げた。


「幼い頃、俺はアル義兄さんがとんでもない魔力を秘めていることに気付いたんだよ。それで思ったのさ。このままじゃ、俺はアル義兄さんの影に一生埋もれて『できそこないの落ちこぼれ』って言われるとな。だから『魔力封じの呪い』を施す魔道具を手に入れ、アル義兄さんの魔力を封印したのさ」


「魔力封じの呪い、魔道具、だって。そ、そんなもの知らないし、身に着けた記憶もないぞ」


身を乗り出して声を荒らげるが、ギルバートの表情は変わらない。


「そりゃそうさ。俺が幼い頃、『夜が怖い』って言ったら、アル義兄さんはよく添い寝をしてくれただろ。その時、こっそり使ったんだからねぇ」


ギルバートは口元を緩め、下卑た笑い声を響かせる。


でも、僕はそんなことよりも、脳裏にセシリア母さんの最期の姿が映し出されていた。


僕のせいで、僕が魔力無しの『できそこないの落ちこぼれ』だったから、グランヴィス侯爵家で居場所をなくし、イルバノアや屋敷の皆に冷遇され、最期は病気で痩せこけて死んでいったセシリア母さん。


『貴方には魔力があるの。だから、真っ直ぐ自分を信じて生きるのよ』


母さんの声が頭の中で響きわたるなか、ソフィが眉間に皺を寄せ「やはり……」と凄んだ。


「アルの魔力は魔道具の呪いで封印されていたんだな。これで合点がいった」


「ソフィア、君とアル義兄さんの出会いは全くの想定外だったよ。暗殺に失敗した挙げ句、まさかアル義兄さんが命の危機に瀕して『魔力封じの呪いによる封印』をこじ開けるなんてね。全く、厄介なことをしてくれたもんだよ」


ギルバートがやれやれと肩を竦めると、セシルが「口が滑りましたね」と告げた。


「いま、『暗殺に失敗した挙げ句……』と言いました。つまり、アル殿を事故に見せかけて暗殺しようとしたのも貴方ということだ」


「おやおや、耳ざとい人だ。まぁ、今更隠すことでもないからね。でも、俺は事故に見せかけろ、とは言ってないんだ。機を見て『殺せ』とは指示したけどねぇ。まったく、愚かな手下を持った俺は不幸さ」


「……ギルバート。そこまでするなんて、僕はそんなに邪魔だったのか」


愕然として聞き返すと、ギルバートは目を細めて白い歯を見せた。


「あぁ、邪魔だったよ。でも、ふふ、アル義兄さんも、母親のセシリアもそうとも知らず、『アル義兄さんは魔力を秘めているはずだ』って足掻いちゃってさ。この十数年、本当に面白い見世物だったよ」


「……⁉ ギルバートォオオオオオオオ」


腹の底で煮えたぎっていた怒りが爆発し、胸の奥深くから魔力が溢れ出す。


僕が魔剣に手をかけて前に飛び出したその時、ギルバートがしたり顔で微笑んだ。


「愚かだなぁ、アル義兄さん。魔剣は使えても、魔法を防ぐ術を知らないのに前に出るなんてねぇ」


その言葉が合図となってイルバノアとライアスを模した人形、ギルバートの背中に生えたセラから魔弾が放たれる。


三つの魔弾は途中で混ざり合い、巨大な一つの魔弾となって迫ってきた。


「し、しまっ……⁉」


ハッとして足を止めるも、魔弾はもう目の前まで迫っている。


「下がるんだ、アル」


「下がってください、アル殿」


「ソフィ、セシル……⁉」


直撃する寸前、二人が僕の前に出て魔障壁を展開する。


魔弾と魔障壁がぶつかり合うと、凄まじい爆発が起きて爆音が轟き、爆煙が立ち上がった。


「ぐぁああああ⁉」


僕は爆風に吹き飛ばされ、地面を何度も転がってようやく止まる。


二人が助けに入ってくれなかったら、今の魔弾で絶対に死んでいた。


体中痛くて、耳鳴りがする。


咳き込みながら僕は二人が無事であるよう祈りながら必死に顔を上げて周囲を見渡した。


グランヴィス侯爵邸は見る影もなく吹っ飛び、目に見える光景は壁や扉、家財の残骸ばかりだ。


焦げた臭いが鼻をついてくる。


二人は、二人は無事なのか⁉ 


必死に見やると、爆煙の中に佇む二つの影が目に飛び込んでくる。


「よ、良かった。二人とも無事……」


ソフィとセシルが立っている姿を見てほっとしたその瞬間、セシルが何も言わずに両膝をついてそのまま前に倒れてしまった。


ソフィも片膝をつき、肩で息をしている。


よく見れば彼女は全身傷だらけで、服もところどころ破けて血も出ているようだ。


「セシル、ソフィ……⁉」


「アル、安心しろ。セシルは気を失っただけだし、私も無事だ」


「ごめん、ごめんよ。僕が前に出なければ、二人の足を引っ張らなければ……本当にごめん」


情けなくて、悔しくて、目から涙が出てくる。


ようやく魔力を得て、魔剣を扱えるようになったのに。


結局、何も出来ず、何も成せていないじゃないか。


僕は『できそこないの落ちこぼれ』から何も変わってない。


「細かいことは気にするな。それよりも、泣く暇ないぞ。目の前にはまだ敵がいるんだからな」


満身創痍にもかかわらず、ソフィは口元を緩めて明るくて力強い声を発した。


すると、爆煙の中からイルバノアとライアスを引き連れたギルバートが姿を現す。


「へぇ。今ので死なないなんてねぇ。さすが戦公女だよ。でも……」


ギルバートは左腕を触手に変化させ、片膝をついていたソフィを絡め取って宙に持ち上げた。


「ぐ……⁉」


「や、やめろぉおおお⁉」


必死に叫ぶが、ギルバートは嬉々として高笑いをした。


「あっはは。戦公女もこうなったら、手も足も出ないよねぇ。あのお方に献上するから殺せないし、食べられないのが残念だけど……」


ギルバートはそう言うと、地面に倒れている僕を見やって口元を歪ませる。


「ふふ。アル義兄さん前だし、折角だからちょっと遊んでも良いかもねぇ。新婚の奥さんを実弟に目の前で辱められるって、どんな気持ちかなぁ」


「ギルバート、お前ぇ……⁉」


「はは、アル義兄さんに睨まれたって怖くないよ」


ギルバートが高笑いをしたその時、ソフィが目付きを鋭くして凄んだ。


「く……⁉ いっそ殺せ。辱めを受けてまで生きようと思わん」


「愚かだなぁ。あのお方に献上するから殺せないって言ったよねぇ?」


自らの勝ちを確信し、ギルバートがしたり顔を浮かべたその時、ソフィが鼻を鳴らした。


「……とでも言えば、勝てたと思ったか」


「は……?」


ギルバートが首を捻ると、ソフィの全身からまばゆい光が放たれ、巻き付いていた触手が一瞬で吹き飛んだ。


「な、なんだって……⁉」


「ラクシャの記憶になかったか? まぁ、忘れていたなら教えてやる。私が一番得意とする攻撃は剣術ではなく、これだ」


目を丸くするギルバートの懐に入ると、彼女は拳を鳩尾目掛けて力強くめり込ませた。


すると、ギルバートの背中が一気に盛り上がる。


次いで、中身が飛び出るように背中が破裂してセラごと吹き飛んだ。


「ぎゃあああああああ⁉」


「近づきすぎだ、三下が。私が得意とする魔法は、身体能力向上と魔障壁でな。どちらも特化させているんだ」


ギルバートは上空に高く打ち上げられると、すかさずライアスとイルバノアが拳を振り上げてソフィに襲いかかる。


でも、彼女は軽い身のこなしで攻撃を躱すと、ライアスの頭を蹴りで消し飛ばし、イルバノアの頭を正拳突きで消し飛ばした。


「え、えぇ⁉」


目の前に起きた事に目を瞬いていると、ソフィがこちらにやってきて手を差し出した。


「アル、ここからは君の出番だ。私と一緒に戦ってくれるな」


「……⁉ は、はい。勿論です」


僕はその手を取ると、全身の力を振り絞って立ち上がった。


「さぁ、次で終わりにするぞ。アル」


「わかったよ。ソフィ」


ソフィは無手で拳を構え、僕は魔剣を構えた。





――――――――――

◇あとがき◇

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