第30話 友達のもう1人の妹 その4


「夜さんって素敵な人だね。私、好きになっちゃったかも」


 ミナは、後輩に見せつけるようにオレの腕に抱きついてくる。


「──っ」


 お、落ち着け……。

 これはただの姉妹政争だ。オレはそれに都合よく使われているだけ。後輩と仲の良いオレに接近する事で、後輩を揺さぶっているのだ。

 ……後輩はオレのことをおもちゃとして見ている節がある。オモチャを取り上げられれば、誰だって気分を害するだろう。紗世ちゃんのときもそうだった。

 恐る恐る後輩を見ると、案の定、鋭い視線をこちらに向けていた。

 オレはルークに助けを求めるため、すぐさま視線を送る。

 しかし、ルークはやれやれと首を振るばかりで、一向にオレのことを助けてくれない。


「──先輩」


 そのとき、後輩が口を開いた。

 そして静かにこう続ける。


「それで、どうするんですか?」


 ……どうするって。

 とりあえずオレは、ミナを引き剥がそうとする。

 しかしミナは力強くオレに抱きついているため、簡単には剥がせない。

 そんなミナは笑みを浮かべて後輩を見ていた。


 オレも後輩を見る。

 後輩は、柄にもなく真剣な眼差しをオレに向けていた。


「ハァ…」


 ため息のあと、オレはもう一度ミナを見る。

 覚悟を決めた。


「オレのどこが好きなんだ?」

「お話しして楽しいなぁっと思ったので」

「具体的になんの話だ?」

「えっと、ゲームの話、とかですね。夜さんゲームに詳しくてとても勉強になりました。もっとお話ししたいです!」

「つまりゲームの話ができる奴が好みって訳だな?」

「え、」

「なら別にオレじゃなくてもいいんじゃないか。オレより博識な奴は五万といる。なんなら紹介してやってもいい」

「そ、そういう訳では! ただ私は、夜さんの人柄に惹かれて──」

「人柄? お前は初対面の奴の人柄に惹かれたのか? ……それ、軽率じゃないのか」

「⁉︎」


 自然と力が腕を掴む力は弱まっていた。

 オレはミナから腕を取り返す。

 そして、見下すように、冷たい視線を向けて言った。


「オレは一目惚れとか抜かしてくる奴に好意を抱けるほど運命論者じゃないんだ。悪いが、他を当たってくれ」

「……っ」


 ミナは動揺のあと、奥歯を噛み締める。

 やがて、その場の空気に耐えられなくなったのか、何も言わずにリビングを去っていった。


「……」


 慣れないことをした。

 体から力が抜け、オレはソファにぐったりと座り込む。

 

 そこでルークが言う。


「いや〜、まさか夜にあんな一面があったなんてね」

「……お前が助けてくれれば、あんなことせずに済んだんだけどな」


 罪悪感でいっぱいだ。


「……ミナには悪いことをした。悪いが、フォロー頼む。オレはできるだけ彼女には会わないようにするから」

「分かったよ。でもね夜」

「?」

「君は何も間違ったことをしていない。あれはどう考えてもミナの自業自得だ。それだけは間違いようのない事実だよ」

「……」


 そういうと、ルークはミナの後を追った。


 しばらくして、ずっと黙っていた後輩が口を開く。


「先輩、よかったんですか?」

「よかったって?」

「あたしが言うのもなんですけど、ミナはあたしに似て超可愛いんですよ?」

「それが?」

「逃した魚はでかいってことです」


 ……魚、ね。


「逃したも何も、初めからかかってないだろ。オレは現実主義者なんだよ」

「ゲームばっかりやってるのに?」

「……現実を知ってるから逃避してんだよ」


 そんなオレを見て、後輩は口角を上げる。

 そしてオレの隣に座り込んだ。


「もしかして、先輩って、自分のことを好きになってくれる人なんてこの世界にはいないとか思ってます?」

「……こんな偏屈なやつ誰が好きになるんだよ」

「……」


 後輩は目を数回ぱちぱちとした後、唐突に腹を抱えて笑い始めた。

 ……別にオレはギャグを言ったつもりはない。


 後輩は涙を拭いながら言う。


「わかりませんよ? 先輩みたいのでも好きになっちゃう人がいるかもしれません」

「……みたいのって」

「でもまぁ、見つけるのはツチノコを探すのより骨が折れるかもしれません」

「……オレの相手はもはやUMA以上の希少性かよ。懸賞金でもかけるかな」

「じゃあ、その人を見つけたら、あたしにその懸賞金くださいね」

「……」


 なんだ、そのジョーク。流石に冗談、だよな?


「……あぁ、分かったよ。オレに払える範囲で払ってやるよ」


 すると、後輩はいつも通りの小悪魔ような笑みを浮かべて、首を少し傾ける。


「絶対払ってくださいね。約束ですよ?」

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