血のつながらない家族をNTRされた僕の復讐物語~一子相伝のスケコマシ術の継承者が絶望の未来を回避するためにハーレムを築く~

鮫のお菓子

第1話 プロローグ

 ポコポコと雨が傘を叩く音。

 まるで僕の人生を嘲笑あざわらっているかのように聞こえる。いや、アイツの笑い声のようだ。

 ジャケットの下に仕込んだ包丁を確かめる。ホームセンターで買ったシェフナイフ。アイツの腹を突き刺すための武器だ。


 自分を落ち着かせようと目を閉じる。

 妹たちと幼なじみの顔が浮かんでくる。

 まだアイツに汚される前の笑顔たち。

 

夜奈よるな昼芽ひるめ静流しずる


 すぐに頭の中の彼女たちの顔は僕をさげすむ冷笑に変わる。派手なメイク。染めた頭髪。ピアス。

 目の前で繰り広げられた痴態。

 吐き気が込み上げてきた。

 クソっ。クソっ。


 それから母さんの顔が浮かんでくる。

 頭が燃えてしまうような怒り。


 殺す。アイツを殺す。絶対に。


 街路樹の影に身を隠す。

 夜。それに雨。身を隠すにはうってつけだ。

 目の前には天空を貫くようにそそりたつタワーマンション。アイツの住処。

 アイツが築いたハーレムはここにある。


 アイツを殺して。家族を解放するんだ。


 タワーマンションの玄関前に黒いリムジンが止まった。

 アイツの車だ。今日のために何度も下調べしてある。アイツがあの車から出て女たちとマンションに入っていく姿を何度も見てきた。

 間違いない。


 傘を放りだし、ジャケットの内側に手を忍ばせ、走る。


 助手席から女がおりる。黒スーツ姿の背の高い女。傘を後部座席にさす。

 まず赤いドレスの女がおりる。

 次に白いスーツの男。まるでホストのようなカッコウだ。


 来場累らいばるい

 僕を地獄に突き落とした悪魔。女をトリコにして道具にしたてる淫魔。


 雨が僕の気配を隠してくれる。

 かわりに眼鏡に水滴がまとわりつき視界がゆがむ。


 ヤツは女と話していて接近する僕に気づかない。僕は包丁をおおっているカバーを外し、走った。


「来場」

 大声で怒鳴る。


 白いスーツの男、来場累らいばるいが振り返る。驚いた顔。

 いいぞ。腹部がしっかり的になった。このまま突き刺せ。


 ヤツの腹に切っ先が届く20センチほど手前。

 突然、僕の腕はつかまれ、次の瞬間、グイっと体を引き寄せられた。

 なにがどうなったのかわからないまま視界が回転し。背中に凄まじい衝撃がきた。


 声ならぬ声が出て。

 全身がバラバラになるような痛み。

 黒い空が見える。


 なんで僕は寝ているんだ?


 包丁を持っている腕に圧力がかかり、唯一の武器は手から離れた。


 グっ、と吐き気が込み上げた。

 来場が僕の腹を踏んだんだ。


「誰かと思えばシュンじゃないか。懐かしいな。元気だったかい?」


 ライバが上から顔をノゾキ込む。

 文句のつけようのない秀麗な顔立ち。

 その顔で多くの女性を骨抜きにする。


「そうそう、そういえば、このあいだ静流しずる君のものをたくさん見つけたんだよ」


 幼なじみのシズル。

 僕が青野家に引き取られてから毎日のように顔を合わせた。家族みたいな存在だった。

 彼女は5年前に亡くなっている。

 飛び降り自殺。ライバにもてあそばれて。さんざん好き放題にされて。


「良かったら。見つかったもの送ろうか。写真とか動画とか。たくさんあるよ。あっ、彼女一人でってわけじゃないけどね」


 ライバの心底、気を遣っているというような口調と表情。もちろん、そんなものは嘘っぱちだ。


「妹君たちとは、ちゃんと連絡とってる? ああ、昼芽ひるめ君は海外に出張してるのかな。なんかホストにハマって借金がかさんだみたいだよ。あっ、夜奈よるな君なら今、ここにいるみたいだね」


 言ってライバがスマホを操作し、僕に見せる。


 風俗店のホームページ。

 そこに所属する女の子の写真。僕の知っている妹とはずいぶんと違う顔。だけど間違いない。ヨルナだ。


 怒りに目の前が真っ赤に染まる。


「殺す、殺してやる」


「そういえば。朝輝あさきのお腹に2人目の子供がいるんだ。君の兄弟。ああ、血はつながってなかったね。君たち」


 2人目。コイツの子。また母さんにコイツの子が。


 絶望の穴に吸い込まれていく。

 怒りで一時的によみがえった心が死んでいく。


「もちろん僕の子だよ。アサキは特別だからね。他の女たちみたいに部下や友人にヤラせたりはしないさ。そうだ。せっかくだから呼んでやろうか」


 ライバがスマホを操作し、耳にあてがう。


「僕だ。出るのが遅い、あとでお仕置きだな。今、マンションの前なんだが。お前のの息子が来てる。ああ、古い方。ちょっとおりて来いよ。せっかくだし、顔を見せてやれ。あん? そんなのは他の女に預けりゃあいいだろう。すぐにおりてこいと言っているんだ」


 電話の向こうに母さんが……。


 体の痛みも心の痛みも一瞬忘れた。

 母さん……。


 頭の中に母さんの笑顔が浮かぶ。

 温かくてまぶしい笑顔。いつか恩を返したいって、ずっと思っていて。


 クソっ。僕はなにをしているんだ。


 ライバがスマホをしまう。再び僕に顔を近付けた。 


「娘をあやしてたとこだってさ。他の女に預けて降りて来いって言ってやったよ。なにしろ、君たちもう、3年以上会ってないだろう?」


 3年どころじゃない。

 4年。いや、5年。僕はあの人に会っていない。

 この男。ライバによって奪われたせいで。


「お、きたきた」


 ライバの声で僕の心臓は跳ね上がった。

 母さんがいる。すぐそばに。涙が込みあがってくる。


 傘を差してゆっくりと歩いてくる女性。その腹は大きく前に突き出していて。

 彼女の中に、もう一つの命が宿っていることがわかる。


「母さん」


 声が出た。かすれた声。


 僕の血のつながらない母。だけど、僕にとってはただヒトリの親。

 青野朝輝あおのあさきはライバのそばで足を止める。


「ほら、懐かしいだろ。シュンだよ。シュン。ちゃんと顔を見せてやれよ」


「すみません。かがむのはちょっと」


 母さんの声。懐かしい。母さんの。


 涙でぐにゃぐにゃになった視界に映る母さんの顔は、相変わらず女神のように美しくて。

 37歳になるはずなのに、あの頃から少しも変わっていないように見える。

 ただ僕を見下ろす表情は冷たくて。

 そこには嫌悪の色がはっきりと見えた。

 胸に痛みが走る。


 やめて。そんな目で見ないで。


「おいおい、もっと優しくしてやれよ。13年間だっけ。一緒に暮らしてたんだろう?」


「ただのクズの子どもです」


 ライバが声をあげて笑った。実に楽しそうに。

 それから母さんの胸をわしづかみにする。


 母さんが声をあげた。

 それは悲鳴じゃなくて。妙になまめかしくて。ライバに向ける表情には甘えが見えた。


「クソっ、クソっ、ライバぁ」


 僕の呪詛じゅそは途中でうめき声に変わった。

 ライバが僕の腹をふんでいる足に力を込めたせいだ。


「じゃあな、クズの息子君。これからも定期的にミジメな姿を見せに来てくれよ」


 ようやく腹の重みが消えた。


 僕は体を起こす。

 重い。痛い。

 だけど心の痛みに比べれば体の痛みなんてどうってことはない。


「ライバ、殺す」


 なんとか立ち上がり、エントランスに吸い込まれていく白いスーツの背中をニラむ。その隣を歩く2人の女性。

 そのうちのヒトリは母さんだ。


 僕の視界を黒い壁がさえぎる。


 スーツの女。

 ライバに襲いかかった僕を妨害した女だ。

 彼女は無言で僕の襟首をつかんだ。


 それはあまりにも早業で。

 僕はされるがままに引き寄せられる。


 次の瞬間、体が浮き上がり、ほとんど同時に叩きつけられた。


 息ができない。苦しい。


 もだえる僕は、すぐに力づくで立たされた。

 立ち上がった直後に投げられる。

 痛みは消えていて。代わりに衝撃音だけが耳に入ってきた。


 また立たされる。

 もう体の感覚はない。

 意識も朦朧もうろうとしている。視界がグラグラと揺れる。


 また投げられた。

 もう音も聞こえない。


「大丈夫? シュン君」


 シズルの顔が頭に浮かんだ。

 心配そうに僕をのぞき込んでいる。

 グレーのブレザーに同色のチェックのスカート。高校の制服姿だ。


「兄さん? 生きてるの?」


 ヨルナが首をかしげている。

 眉根を寄せて心配顔。こちらは紺のセーラー服。中学の制服姿。


「心配して欲しくて、弱ってる演技してんじゃないの?」


 ヒルメ。夜奈とそっくりの顔だけど表情はまったく違う。ちょっと怒ったような険しい顔。


 ああっ、あああっ。


 どうして……。


「シュン君。もういいのよ。もう休んでいいよ。大丈夫だから」


 最後に現れたのは母さんだ。

 まだ、ライバに狂わされる前の。聖母のような優しい母さんだ。


 あああっ、ああああああっ。


 スーツの女はいなくなっていた。

 僕はコンクリートに転がったまま身動きがとれない。

 ただ、黒い空から落ちてくる雨粒を身に受け続けるだけ。


 どうしてこんなことになったんだろう?


 家族を大切にしたいって。

 絶対に幸せにしたいって思っていたのに。そう誓って生きてきたのに。


 あの男みたいにはならないって。

 あの男の分まで母さんを幸せにしようって思っていたのに。


 どうして……。

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