第一話

【ルイ視点】


「……あきらめるのはまだ早いぞ、そこの子」


耳に届いた声は、鋼のように凛としていて、それでいて優しさを含んでいた。女性の声だ。俺は、意識の霞の中から現実へと引き戻された。


視界に映ったのは、艶やかな赤髪をツインテールにまとめた女性。彼女は、俺のすぐ前で巨大な大剣を振り上げ、魔物の群れを一閃で薙ぎ払っていた。


俺たちが苦戦していた奴らを、簡単そうに。


「え……?」


俺は目を見開いた。その姿は、誰もが知るS級パーティ《太陽の護り手》の剣士、スカーレットにそっくりだったからだ。いや、似ているどころじゃない。あの炎のような髪、鋭い眼差し――まるで本人だ。


だが、本物のスカーレットなら、こんなところにいるはずがない。彼女たち太陽の護り手は、B級ダンジョンなんかに行かず、A級やS級と言った、もっと攻略の難しいダンジョンにいるはずだ。


スカーレット風の女性__一旦、仮スカーレットとしよう。仮スカーレットは、俺に振り返りながら微笑んだ。


「一人で全部は流石に難しいな……君も手伝ってくれないか?」


その言葉に、俺は慌てて立ち上がる。


「わ、分かりました!多少の強化と回復しかできないですけど、頑張ります!」


「それで十分さ」


彼女はそう言うと、再び魔物の群れに向き直った。


紅蓮爆砕刃ぐれんばくさいじん!!」


叫びとともに、炎を纏った大剣が唸りを上げる。剣から放たれた爆炎が、魔物たちを焼き払いながら、配下を失い怒り狂うオークエンペラーへと一直線に向かっていく。


オークエンペラーは、棍棒を振り上げて迎撃しようとした。


その瞬間――俺は、奴の右腕に狙いを定めた。


筋力強化きんりょくきょうか!」


魔物に強化魔法を使い、動きを狂わせる。スキルもなく、回復魔法や強化魔法でしか役に立てない俺が、ブラッド、ノア、レイス、…みんなのために身に着けた技だ。


オークエンペラーの棍棒を握る腕に、過剰な筋力が流れ込む。やがて、握力は限界を超え、棍棒は自らの力で粉砕された。


「……??!」


困惑するオークエンペラーの胸元に、仮スカーレットの大剣が突き刺さる。


炎が爆ぜ、衝撃が洞窟を揺らす。


そして――


オークエンペラーは、黒い灰となって崩れ落ちた。


静寂が訪れる。魔物の群れは、主を失い、次々と逃げ出していった。


俺は、呆然と立ち尽くしていた。まるで本物のスカーレットだ。


「……すごい……」


「君もね。あの魔法、なかなか面白い使い方をするじゃないか」


仮スカーレットが、俺の肩を軽く叩いた。


「君、名前は?」


「ルイ・クローセルです」


その手の温もりに、俺の胸の奥で何かが灯った気がした。


少し沈黙が続く。


「……仮スカーレットさんって、何者なんですか?」


口にした瞬間、俺は自分の失言に気づいた。 命の恩人に“仮”なんて呼び方をしてしまったことに、顔が熱くなる。


「カリスカーレット?誰だそれは。私はスカーレットだぞ」


彼女は首を傾げながら、不思議そうに答えた。


「え……スカーレットさん? あの? あのスカーレットさんなんですか?」


俺は思わず声を上げてしまった。 まさか本物だとは思っていなかった。 あのS級パーティ《太陽の護り手》の剣士、王国の英雄、憧れの存在――その本人が、目の前にいるなんて。


スカーレットさんは、ジトっとした目で俺を見てきた。


「まるで、私が偽物とでも思っていたような言い方だな」


「す、すみません……!」


俺が慌てて頭を下げると、彼女は肩をすくめて笑った。


「数日後にS級魔物を討伐する予定があるんだ。ここはその調整のために入ったダンジョン。王都からも近くて、よく行っているんだ」


「調整……?」


俺は思わず聞き返した。 調整?


調整というのは、そのまま調子を整えるという意味で、大きな任務の前に軽くダンジョンに潜る、的な感じだ。大技を打つような場面ではない。


あんな大技を、調整で?俺が死にそうになっているからだ。俺はスカーレットさんの調整の機会を奪ってしまったということになる。申し訳なさすぎる。


だが、スカーレットさんは俺の心を見透かしたように、ふっと笑って言った。


「気にするな。君が生き残るほうが大切だ」


その言葉に、俺の胸がじんと熱くなった。 格好いい……。 本物の英雄って、こういう人なんだ。


そう思っていたら、彼女は急に顔を近づけてきた。


「どう? さっきまでの私、カッコ良かったでしょ!?」


「……え?」


あまりのテンションの差に、俺は固まった。


「いや、まあ……すごかったですけど……」


「でしょでしょ!? 一回はやってみたかったんだよね~!」


さっきまでの凛々しさはどこへやら。 目を輝かせて語るスカーレットさん。


「……あの、スカーレットさんって、意外と……」


「ん? 意外と?」


「……いえ、なんでもないです」


俺の感動を返して欲しい。


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お読みいただきありがとうございます!


キャラ紹介的なものも3話に一回くらい挟む予定です。紹介してほしいキャラがいれば教えてください。



ルイ・クローセル[クラウセル/クローゼル](第一話以前/第一話)


年齢:17歳


身長:164cm


容姿:灰色の髪に穏やかな銀色の瞳。レオンからは地味と言われている。


職業:支援魔導師


スキル:無し


戦闘スタイルなど:

 敵に対して強化魔法を使い、動きを狂わせて妨害をするという独自の戦法を持つ。


幼馴染のパーティメンバーのために魔法を使うが、スキルが無いことを理由にメンバーからは見下されていた。

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