第9話 ー 焦げ跡の町

町に朝が訪れた。

昨夜の暴威を思わせるように祠は半壊し、柱は裂け、床板には焼け焦げた掌の跡が残っていた。

遼の姿は、どこにもなかった。


住民たちは助かった安堵と、遼を失った喪失感に引き裂かれていた。

「彼が袋を破ったのか、それとも袋と共に消えたのか……」

老若男女の間で囁きは広がり、町は静けさとざわめきの狭間にあった。


嶋崎老人は瓦礫の中から一つの破片を拾い上げる。

それは袋の外皮らしき水晶状の欠片だった。

透かして見ると、内部に微かに遼の横顔が浮かび、すぐに霧のように消えた。


「奴はまだ……どこかで抗っているのかもしれん」

老人はそう呟き、掌の破片を胸に抱いた。


その夜、町の井戸の水面に異変が走った。

水面が波立ち、遼の声が低く響く。


「俺はまだここにいる。……袋の残滓は、消えていない」


その声は町じゅうの井戸から同時に流れ出し、人々の耳に届いた。

怯える者、涙を流す者、そして手を合わせる者。

遼は袋を断ち切るために己を捧げたが、その魂は水に宿り、今も町を見守っているのかもしれなかった。


だが同時に、水の底には微かな裂け目が残っていた。

覗き込めば、そこには再び無数の顔が渦を巻き、じっと人間たちを見返していた。

遼が抗った「鬼胎」は、完全に消えたわけではない。


数日後、町の子どもが井戸端で遊んでいるとき、笑い声と共に水滴が弾け、まるで遼の声のように響いた。

「恐れるな。抗え。生きろ」


その声は確かに優しかった。

だが次の瞬間、井戸の底から別の声が囁いた。

「次はお前の番だ……」


町の人々は知っていた。

遼の犠牲によって延命したが、袋は完全には滅んでいない。

そして彼ら自身もまた、抗うか、呑まれるか――その選択を迫られる時が来るのだと。

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