23もふ🐺 貸し出しカウンター

「……アンジュだ!」


書架から顔半分を覗かせて見ると、迷うことなく脇目も振らずにこちらに向かってくるアンジュの姿が見えた。なんでそんなにキラキラとした自信満々な笑顔を振り撒いてるんだ。


通り過ぎる人の見る目が憧れの眼差しで輝いてる。仕事をサボってしょうがない俺様国王のくせになんでそんなに人気があるんだ!

『奇跡の美王』と称されるほどに美しく、国民が嬉しい政策をいっぱい打ち出してるからだけど。でもその正体は俺様なんだ! みんなも知ってるくせに! こんな王様とっとと辞めさせた方がいいに決まってる!


と、僕の心がやさぐれるのも仕方ない。だって僕の穏やかなはずの司書生活が奪われているから。あれから毎日のようにアンジュがいろんなタイミングで突然やってきては僕のことを襲うんだ。


こんな状況で魔導書の修復なんてできないから主に蔵書管理をしている。幸い、まだこの事は誰にも露見していない。たまに……両肩をはだけさせられて、あられもなくぎりぎりなところを隠して不思議な顔をされるけど。そんな時なぜかアンジュは不遜な笑みを浮かべるんだ。


今のところ僕の操は守られてる。その……首筋とか胸の先端とか脇の下とか、主に上半身だけを攻撃されてるから。あんな恥ずかしいことを国立魔導図書館でしてくるなんて不謹慎だ。はしたない。破廉恥だ。不真面目だ。

だけど抱きしめられると抗えない僕がいる。だから逃げる。夕食に誘われることもあるけど逃げてる。

なんてそんなことを考えてる場合じゃない。


「逃げなきゃ!」


だけどどこに逃げよう。修復室に逃げ込むわけにはいかない。あそこには貴重な物があるから万一でも被害があっては困る。どうしよう。とりあえずここから立ち去ろう。書架の反対側から音を立てずに急いで逃げる。


館長室? 資料室? トイレは絶対危険! 逃げ場所のないところは避けたほうがいいよね?

えーん。どこに行こう。国立魔導図書館は広いけど人がいっぱいいるから隠れるのに適している場所がない。歩いてる間に見つかっちゃう。ここに決めた!


「タイラー様!? こ、こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね!?」


貸し出し業務をしている緊張した感じの司書さんに声をかけられた。


「ごめんね。ちょっと隠れさせて。僕がここにいるってアンジュには内緒だよ?」

「は、はい!」


書物の閲覧許可を得ることができる貸し出しカウンターの内側にしゃがんで隠れた。国立魔導図書館において、資格としては一番低い司書さんたちが多く働いてる場所。ここは灯台下暗しな感じじゃない? まさか上級司書の僕がここにいるなんて思わないでしょ。


「様なんていらないよ? 本が好きなだけの同僚なんだから」

「とんでもないです! 先日の論文を拝見しましたがとても素晴らしかったです! それにたったの二年で古代の魔導技術の発見や革新的な魔道具の製品化など数々の成果を上げるジュリ様は雲の上の存在! 私たち平司書の憧れなんです! 握手してください!」


差し出された手を素直に握り返す。そんなこと言われると照れるなあ。彼の言った通りの評価を僕はされてる。この人は確か今年配属されたばかりの新人さんだったかな。


「それに失礼ですが……お美しい。こんな間近でご尊顔を拝めるなんて……この手は一生洗いません!」


洗ってね? カウンターの下にしゃがんでる僕に手を合わせて拝んでる。仏教かな? この世界にはないよね? ご尊顔て言われてしまった。僕の顔はどこに行っても過大評価されている。


「あはは。過大な評価をありがとう。キミ新人さんだよね? 僕の黒い髪と瞳。それに両腕の魔力紋は気にならないの?」


アンジュから少しでも発見されにくくするために暑苦しい司書のローブは脱いでいた。早足であちこち移動していたから汗をかいて暑いから長袖をまくっていた。街中ならともかく、僕の存在が認知されてる国立魔導図書館では両腕の禍々しい魔力紋を隠すことにこだわることはやめていたんだ。


「正直、初めて遠目にした時はびっくりしました。この国ではジュリ様のような神秘的な容姿をされている人はいなかったですから」


神秘的って? 禍々しい紋様も言い方を変えるだけでだいぶ印象が変わるよ?


「確かに子どもの頃から黒は忌み嫌うものとして教わりました。ですが王都は田舎や地方と違って古い考え方も刷新されてきてますから。ご存知とは思いますが王陛下の政策で他国からの旅行者や移住者も増えてます。最近ではいろんな容姿を持つ方を見かけますから」


そうなの? あんまり頻繁に街中に行くことは少ないから知らないなあ? そうだ。アミックが働くレストランの料理長も国の援助があって店をかまえたんだっけ? 国内外に配慮した政策のおかげで経済も安定して潤ってる。


「年配の方ほど仕方ないかもしれませんが見た目で人を判断するなんてナンセンスです。それに何よりジュリ様の膨大な魔力量があふれてお身体に刻まれた魔力紋はご自身の弛まぬ努力によって培われたものとクションシュカ館長から聞いてます!」

「はは。そんな事ないけどね。地道にやってきただけだよ」

「ご謙遜なんて! さすがタイラー様は凡人とは違いますね!」


僕の生まれ持った忌まわしき魔力紋はここではそういう事になっている。見た目で人を判断ね。でもさ? もしも僕がなんの取り柄もなく人の役に立たないような存在だったらその評価は真逆のものになってるんじゃないかな?


過大な評価をもらうことが多くなった今。この禍々しい魔力紋を眺めてたまに思うことがあるんだ。この魔力の多さは転生した事による恩恵なのか。それともそうじゃないのか。この禍々しさがどこからきてるのか腑に落ちない。


もしも多比良樹里たいらじゅりが転生しなかった僕、ジュリアン・タイラーが忌み嫌われて蔑まれたまま成長した時。生きとし生けるものを恨んで世界を滅ぼそうとする魔王にでもなっていたんじゃないかと。これまでに魔導書で発見したような危険な魔法に魔力を変えて人々に危害を加えていたんじゃないかと。その危険な魔法のことは秘密にしてるけどね。そして僕は魔法を覚えない。それでいい。


大人になった今なら分かる。僕の膨大な魔力は使いようによっては世界の敵になる。そうならなかったのはレクスとの出会いはもちろん、ボトールさんやバロンたちの教えがあったからなわけで。僕にとって運命の出会いにとても感謝しているんだ。


「見つけたぞジュリ! こんなところで何をしてるんだ?」


貸し出しカウンターに身を乗り出して頭上にアンジュの顔が僕を見下ろしていた。とても嬉しそうに笑ってる。新米司書くんがアンジュの姿を見て歓喜に叫んでる。やっぱり人気だね。


「なんで僕がここにいるって分かったんだよ?」

「俺は鼻がいいからな。ジュリの甘い香りはどこにいても嗅ぎ分けられるぞ」


うぎゃ!? そうだった! 白銀狼獣人は本物のオオカミほどじゃないけど嗅覚がすごいんだった。だからいつもいつも僕のところに迷うことなくくることができるんだ。レクスとかくれんぼしても必ず見つかったし。甘い香りだなんて恥ずかしいこと言うな! 顔が熱くなるだろ! ここには他の司書もいるんだぞー!


「くそう。今度は絶対見つからないところに隠れてやる」

「隠れてるつもりだったのか? ふふ。可愛いなジュリは。かくれんぼとは懐かしい」


アンジュの僕を見つめる瞳に郷愁の色が滲み出ている。


「男に向かって可愛いはないだろ。アンジュも小さい頃にかくれんぼしたことあるの? 王子様でもそんな遊びをするんだ? 元気いっぱいだね」


王子様って帝王学とか礼儀作法とかいろんなことで忙しそうだしあんまり遊んでるイメージないなあ。レクスだって体が虚弱な上に身分不詳のお嬢様だったけど、ボトールさんたちからみっちりいろんな教育されてたし。王族でも自由に遊ぶ時間を作るものなのかな?


「ああ。幼い頃は体が弱くてな。よく俺の王子様に助けてもらっていたよ」


僕を見つめるアンジュの瞳が懐かしさに潤んでいるようだった。アンジュの王子様? この国には他に王子はいない。他所の国の王子様か憧れの男の人でもいたのかな? そういえばレストランでそんな話をしたような。そうだ。思い出した。


「初恋の人なんだよね。その立派な体が弱いなんて想像つかないよ。アンジュって子どもの頃の話を全然しないよね?」

「……そうだな」


今度は悲しそうな色が滲んでる。アンジュがこんな表情を見せるなんて珍しいんだ。そういえばこれまでも昔の話を聞こうとしてもするりと違う話になっていた気がする。


「それはともかく。ジュリ」


貸し出しカウンターに身を乗り出したままに僕の体が引っ張り上げられてあっという間にお姫様抱っこされてしまった。


「ア、アンジュ!? 何するの!?」


新米司書くんや周囲の人の視線がなんだか生あたたかく見て見ぬふりをされる。


「俺の可愛い姫よ。今日もたっぷり天国を味あわせてやろう」


耳元で囁かれて、唇から覗く狼の牙をぺろりと舌が舐めまわした。下手に暴れると人前でも唇を塞がれかねない。それはダメだ。

国立魔導図書館の人気のない奥に運ばれて。整理中と書かれた柵を置かれて。毎日のようにアンジュにいいようにされてる僕は何度も……果てる事なく甘くとろかされる。

姫だなんて、僕は女の子じゃないのに女の子になったような感覚を味あわせられてる。


早く帰ってシャワーを浴びてアンジュの匂いを落とさないと。そうじゃないと……アミックが怒ってまた甘えてくるから。

僕の穏やかなはずの司書生活はどこにいったの?

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