いざ、ソニックロックフェスティバルへ:そして、夜が更ける
最高に盛り上がったライブを終え、オーディエンスに手を振りながら舞台袖に捌けた俺たちは全員でハイタッチとグータッチを交わす。まったく、満足のいく出来だった。
「お疲れ様です」
「あ、どうもどうも」
電撃騎士のマネージャーさんが目を潤ませ、電撃騎士のロゴが入ったマフラータオルとペットボトル入りの水を手渡してくれた。
俺は彼女に感謝を告げて水を半分ほど一気飲みして喉を潤す。ライブ後はこの一杯がたまらない。
ふうと一息つき、タオルを肩にかけたまま上半身を脱ぎ散らかしている雷撃騎士を見る。彼らは中MC無しで突っ走ったせいか、全員が湯気を身体から発していた。特にドラマーの田藤さんは水を浴びせたサウナストーン顔負けの蒸気を生み出している。
俺は彼らに近づき、笑顔で話しかける。
「ははっ、突っ走りましたね」
「おうよぉ……」
ステージ裏で座り込み、息も絶え絶えな彼らの頭にペットボトルの水をかける。いやはや、お疲れ様だ。ミニライブとはいえ、全力でやり切る姿勢は本当に素晴らしい。
「皆さんこの後はどうするんです?」
「あー、俺たちゃ明後日もハウスツアーのライブがあるからよ。明日の昼にはここを出て東京に出戻りだ」
「どちらで?」
「道玄坂」
ああ、一〇〇〇人キャパのところか。
まぁ、電撃騎士は半年前にはブッキングとはいえウチを埋められるほどのバンドだったからな。順調にステップアップしているようでなにより。
「お前も来るか? 大歓迎だぜ」
「あと三日分のパスがあるんでご勘弁を」
「ははっ、だろうな」
流石に疲弊がピークなのか、ところどころ言葉に詰まりながら峰岸さんは荒い呼吸を整える。そして、その様子を見ていたマネージャーがふと思い出したように言う。
「そういえば、バードさんに挨拶をしたいって方々が結構いらっしゃってましたけど」
「うげ」
ライブ後にレーベルの勧誘が来るのはあるあるだ。バードが会社を立ち上げてるってのはまだ知られてないし、業界関係者が接触して来るんじゃないかと思ってはいたが……案の定といったところか。
マネさんたちに迷惑をかけるわけにもいかないし、直接断らないと。
「その人たちはどちらに?」
「バードさんはお疲れですので、日を改めてお声がけくださいと断っておきました。名刺だけはいただいてますので後ほどお渡ししますね」
「有能」
俺がグッとサムズアップをすると彼女はエヘヘとテレた。峰岸さん、ウチのバイトの誰かと交換しないか?
なんてことは口に出せないので、大人しく感謝の気持ちを伝えるだけにしておく。
「つーか、なんでマスクつけたまんまでフェスを楽しんでんだよ。外したほうが面倒少なかったろうに」
「これは正規の方法で手に入れたわけではないチケットに対する禊と言いますか……」
「禊?」
訝し気な表情を浮かべる彼らにチケット入手までの経緯を詳しく説明すると、全員が舌を出して何ともいえない顔をした。
「形がないものとはいえ、相手方に結構な出費を強いてんな」
「ざっくり一〇〇万貰ってんならそりゃ顔は出さねぇといけねぇわ」
「俺らもそれぐらいの仕事してーなー」
「うちらにはまだ早い」
羨望の言葉を連ねる電撃騎士たちをマネージャーがずっぱりと断ち切る。強い。
実は姉御肌のマネージャーさんがパンパンと手を叩いて雷撃騎士の面々を立ち上がらせ、場所を空けるように移動をうながす。
「さぁ、バードさんみたいに一足飛びでいけるほどの実力はうちらにはないんだから。明日も明後日も全力ライブをするためにホテルへ帰るわよ!」
「ええ~? 酒は飲ませてくれよぉ」
「ホテルで飲みなさい!」
峰岸さんに蹴りを入れながら、マネージャーさんは俺に手を振り移動していく。
完全に尻に敷かれているな、あの面子。マネージメントをするならあれぐらいのバイタリティが必要なんだろう。
「……アイツらと合流するか」
一人残された俺は、後頭部を掻きながらネストの面子に合流することにした。
◇
「お、バドバドお疲れさん……疲れてんね?」
「ファンから逃げてたら遠回りしたからな……」
先にレッドマーキーから撤収したネスト一行と場外のイエロークリフで合流。本来なら五分ほどで到着できるのに一〇数分もかかってエントランスゲートを抜けるハメになった。流石にこの時間帯からファンサービスに付き合うのは遠慮したいからな。
俺は大きく嘆息しながら、何故か数名いないネストの面子に向かってこれからの予定を尋ねる。
「とりあえず、今日は撤収か?」
「だね。
「キャンプ場にある
「
中田はグッと親指を立てた。やり切った感はあるが、まだ一〇時だ。オートキャンプ場でグダグダと管を巻くつもり満々だなコイツら。というより、木内君はホテルに戻らなくていいのか。遅刻すると師匠がうるさいだろうに……
◇
オートキャンプ場の俺たちが乗ってきたキャンピングカーの前で、数人を除いてネストの面々が集合した。
時刻は二二時二〇分過ぎ。周りを見れば、ちらほらと俺たちのように飲み会を楽しんでいる人たちも多かった。
「それじゃ、明日からのお祭りを楽しみましょうというわけで! カンパーイ!」
『カンパーイ!』
キャンプサイトから少し外れたオートキャンプ場にて、俺たちネスト一行は上山の音頭で飲み物を天高く掲げた。もちろん、未成年たちは持ち込んだジュースでの乾杯である。
こうして一日の終わりにキャンピングカーの前に集まったのは俺と高校生組、山田を除くバイト組のみ。恐ろしいことに男は俺しかいない。まぁ、今更だが。
他の不参加組はというと、山口はキャンピングカーのベッドで爆睡。先生は来る途中に確認したがテントの中で缶ビールを飲みながら爆睡。山田は温泉から帰ってきてテントで熟睡。近藤さん夫婦はソニックロック開催中は二四時間営業の温泉に行ってる。木内君はホテルに帰った。
うむ、思い思いの過ごし方をしていて結構。だが、一人だけ残された俺のことも少しは気にして欲しかった。傍を通り過ぎる通行人が俺を見てマジかよって視線を投げかけてくるのがかなり気まずい。
普段の俺なら気にしないが、外での飲み会だからバードのお面が取れない。変な噂で炎上するのは対応が面倒なので勘弁してほしい。
「ねーねー、バドバドは明日なにすんの?」
「ええい、身体を回転しながらじゃれつくな。猫か貴様は」
マタタビを嗅いだ猫のように中田が頭を擦りつけてくる。酔っぱらってんなコイツ。
「真面目な話、明日もお面をつけて動くんでしょう? 人通りの多いところへ移動するとあっという間に囲まれると思うわよ」
「いや、前夜祭の今日ならともかく開催中はそこまでじゃないと思う」
「ほー、その心は?」
「暑いのと移動時間でそれどころじゃない」
俺の言葉に全員が「ああ」と口から漏らした。日中は暑すぎて有名人がいるから握手して欲しいとかわざわざ頼みたくないほどだ。明日も三五度を超えるらしい。
「お前たちも水分補給は忘れずにな。キャンピングカーの冷蔵庫でスポドリを冷やしてるから朝飯のときに各自持っていくように」
『はーい』
元気があってよろしい。
「話を戻すが、俺は一番奥のオレンジカフェからぐるりと回る予定だ。初日は夜以外は人がバラけやすいしな」
「遠いとこから潰すのは有りだね〜。狙っていかないとあそこら辺は行かないもん」
唯一のソニックロック体験者である中田が俺の懐で頷く。
周りの未経験者たちはそんなもんなのかといった表情で俺たちの話を聞いている。
「この気温だ。予定を立てても順調に進むと思うな。本当に狙っているステージ以外はなんとなくで臨むぐらいがちょうどいい」
「そうそう。無理すると倒れちゃう」
山の中とはいえ日中は何度も言うように殺人的気温だ。木陰でゆっくりと音を楽しむぐらいでちょうどいいのかもしれない。
「本当に体調がヤバくなったら俺か近藤さんに連絡しろ。特に高校生組、いいな?」
『はーい』
能天気な返事が返ってくる。本当にわかっているんだろうな?
俺が嘆息し、缶入りのアイスコーヒーを啜っていると、腹の辺りでじゃれついてきている中田が話しかけてきた。
「ねね」
「なんだ」
「オレンジカフェ行く途中にピアノあるでしょ? わっちとセッションしようよ」
む。コイツ、それが言いたくて俺に媚び売ってたな?
「セッションって、連弾でもするつもりか?」
「わっち、ベェオリンを持ち込んでおりやす」
「わざわざ持ってきたのか……」
黙ってキャンピングカーの中に積み込んだのだろう。バイオリンなんて安くても何十万もするのによく持ち込んだものだ。
「こんなときじゃないとバドバドはセッションしてくれないからさぁ」
「普段はそんな暇はないからな」
八重さんがフライヤーなどを担当してくれて多少マシになったとはいえ、まだまだ俺の仕事は多い。七月なんてソニックロックの帳尻合わせで一日も休んでいないほどだ。
「せっかくなんだから一緒にやろうよ。そして、ネストのチャンネルに動画あげよう」
「編集はウチがするから、収益はウチらに還元してね」
俗物め。瞳が円マークになってるぞ上山。
「……まぁ、お前たちが明日一人で起きられたならば考えてやる」
「大丈夫だよ。寝ないから!」
「それはやめろ」
不眠で暑い日差しの中を移動するのは自殺行為だっての。
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