徒然なる聖錬院:球技大会
近年では温暖化の影響で体育祭を六月や九月に行う学校が増えてきているそうで。
例にもれず、俺の通う聖錬院高校もそのひとつらしい。
といっても、聖錬院は普通の学校ではなく音楽科がメインなこともあり、本来行われるはずの体育祭は存在せず、代わりに各学年一日だけの球技大会を開催することとなっているそうだ。
そうだ、と不確定な言葉ばかりになってしまっているのは、その球技大会の詳細が俺が早退した後のホームルームで進んでいた話だからである。
まぁ、簡単に言ってしまえば、俺は今日登校するまで球技大会だと知らなかったわけだ。
「しかし、流石に誰かが教えてくれてもよかったんじゃないか?」
俺はブツクサと文句を垂れながら、クラスの人間と校舎裏にある第四運動場へ向かう。
道すがら同じ競技の参加者である清水や小島がしきりに俺をなだめてくる。周りのクラスメイトも誰も教えなかった気まずさからか苦笑いを浮かべていた。
「悪かったって。清水か小島がずっと一緒にいるからてっきり教えてると思ってさ」
野球部の西渡が両手を合わせながら言った。別に怒っているわけではないんだが、それはそれとしてクラスメイトとのコミュニケーション不足を指摘されているようでちょっとイラッとはしている。最低限の会話はしているはずなんだがな。
「私はイーコが伝えてると思ってた」
「アタシは伊織君が仕事中に学校の話をしたくないかなって……」
そして、この崩壊した報連相っぷりである。村八分になった村人でももうちょっと色々教えてもらえるぞ。
普段から早退している俺が文句をつけられる立場ではないのは重々承知だが……いかん、愚痴だらけになってしまう。さっさと気を取り直して球技大会に挑むべきだ。
しかし、そのまえにひとつだけ疑問があるので晴らしておきたい。
「ところで、競技内容がバスケ・バレー・サッカー・野球と来て、最後がなんでドッジボールなんだ?」
高校の授業でドッジなんて聞いたことない。
小島に話を振ると、彼女は指先を顎に当てて何かを思い出すように教えてくれる。
「五競技目はテニスが候補に挙がったけど道具の関係で無理なんだってさ。コートはあってもラケットがないし、それにテニスは個人競技だしね」
なるほど、そういうわけか。
聖錬院高校一年は普通科が二クラス、音楽科が六クラス。違う学年は別日らしいが、それでも八クラス分の試合を消化するならちんたら個人競技なんてやってたら間に合わないか。
「あと、お前みたいな戦車を隔離するため」
そういってバスケ部の石野が俺を指差す。西渡も同調して頷いた。
誰が戦車だ。そうクレームをつけると、周りの視線が俺に突き刺さる。
「あのさ。公平を期すためにその競技と同じ部活へ所属してる生徒はその球技に参加できないわけ。そこに野生のゴリラであるお前が出しゃばったらどうなると思う?」
「いい勝負になる」
『バカがよ!!』
周囲のクラスメイトが俺を罵倒した。一体何なんだ。というか誰がゴリラだ。
反論しようとしたところで、クラスメイトから一斉にヤジが飛んでくる。
「バスケでもみ合いで適当に流れてきたボールを片手で拾ってダンク決めたのは誰だ? バスケ部の島根は試合後に身長が欲しいって泣いてたんだぞ!」
「知らねぇよ。牛乳飲んでろよ」
「野球で一七〇キロのストレートをぶん投げて捕手のグローブ吹っ飛ばしたのは誰だ? 野球部の沼田はあのあと監督にひたすら捕球練習させられてたんだぞ!」
「それはちゃんと捕れなかった方が悪いだろ」
「サッカーでPK戦になったときキーパーの腹に球ぶち当てて保健室送りにしたのは誰だ? 腹のボールの痕が一週間消えなかったらしいぞ!」
「あれは本当に申し訳なかった」
「バレーでブロックした相手をアタックの球威で縦に半回転させたのは誰だ? あれから三島ビビってバレーの時に見学ばっかになったんだぞ!」
「あいつが想定以上に体重軽かっただけだろ。男で清水と変わらない体型ってもはや病だぞ」
「伊織、アンタもう帰ったほうがいいんじゃない?」
クレームに反論していると、クラスメイトに人殺しさせるわけにはいかないんだけどと信じられないほどの真顔で小島が俺の両肩を正面から叩いて言った。
バカな。試合だというのに手を抜けというのか貴様らは。
俺の抗議にクラスメイト全員が首を横に振る。
「いや、手加減とかの話じゃねぇから。つーか、ルールより法が上だから」
「球技大会で怪我人が出るのはシャレにならん」
「だから、伊織はドッジではひたすら球を拾って味方に渡す係な。絶対に投げないでくれ。いいか、本当に投げるなよ? フリじゃないからな!?」
まるで殺戮兵器のような扱いである。人生キャリア一〇〇年の俺でも人を殺したことはないぞ。まったく。
しかし、クラスメイトの懇願にも近い要請に、俺は口をへの字に曲げながらしぶしぶ了承したのである。
◇
初戦は一組対七組。内野に五人、外野に三人の構成でスタートしたドッジはあっという間に七組の内野が減っていった。
理由は簡単。俺が七組の投げたボールを全部捕球し、味方に投げ渡しているからである。
「ズルいって!」
「ズルくない」
唯一フィールド内に残り、俺へクレームをつけてくる七組の女子に一組の男子がボールを当てて試合終了。一回戦目はパーフェクト勝利となった。
「これ、何回やるんだ?」
「トーナメントだから俺たちは後二回だな」
「五分で終わるのに総当たりじゃなくていいのか?」
「普通は二〇分とかかかるんだわ。外野から内野に戻ってきたりするからな」
「そうか。今のは随分と塩試合だったわけだな」
「おかげさまでな」
苦笑する西渡が審判に入り、二回戦目の二組対五組の試合が始まった。
俺たちの試合とは異なり、一人抜けては外野から戻ってくる一進一退の攻防が繰り広げられる。これが見たかったんだよ。
「次は俺、外野でいいか?」
「ダメだよ。伊織が内野でスーパー球拾いしてくれるだけで勝てるんだから」
小島が真剣な眼差しで俺に言う。たかが球技大会でなんでそんなにクレバーな戦法を取ろうとしているんだ……?
◇
そんなこんなで、わけもなく我ら一組はストレートで優勝を決めた。
そもそもボールを上に弾いてキャッチをすればセーフな時点でドッジはぬるい競技だ。石を投げているのと変わらない野球や、ボールをゴールへ入れさせないために全身でブロックすることもあるサッカーに比べると怪我もしにくい。
なんだか、不完全燃焼で終わってしまったな。
「じゃあ、時間も余ってるし選抜対ゴリラチームでやるかぁ」
なんて思っていると、西渡が突然エキシビジョンをやろうと言いだした。
なるほど。このために俺を球拾いに集中させたんだな。やるじゃないか西渡。
「死んでもいい奴だけの選抜チームな。いゴリチームは内野三人のハンデで頼むわ」
「いゴリはやめろ」
微妙にゴロがいいと真似する奴がいるんだよ。
「じゃ、一組でいゴリを倒した奴は今度の調理実習で伊織と同じ班ってことで」
「なんだそれは」
博打のネタにされていることと調理実習について、両方に関しての疑問だ。またしても俺の知らない情報が当然のように飛び交っているのは居心地悪いぞ。
俺のそんな態度が目についたのか、清水が俺の体操服の裾をクイクイッと軽く引いて耳打ちしてくれた。
「あのね、昨日の五限の家庭科で九月の頭に調理実習があるって告知があったの」
「ほうほう」
「それでね。二学期初めの授業で献立を予算内で立ててから、その次の授業で実際に調理するらしいんだけど……」
「伊織君って料理上手じゃない?」
「そりゃ、それで金稼いでるからな」
「そうなの。だから、伊織君と班を組みたいって人が多すぎて……せっかくだから球技大会で決めようってなったわけ」
どういうわけだよ。
清水が「ちなみに、これが調理実習が決まってからドッジの班分けが仕切り直しになったよ」と補足してくれた。うむ、料理の腕が認められているのは満更ではない。
「というより、先程の発言からすると、ここに至るまでどうやって班員を決めるかを決定してなかったのか?」
「夏休み明けのことだしね~」
スポドリを飲む小島が言った。なんだかふわっとしてんなぁ。
「ま、調理実習で一緒にならなかったからって死ぬわけじゃあるまいし。これぐらい緩い方がいいでしょ」
「……それもそうか。よし、俺も楽しむことにする」
俺がウキウキとコート内に入る最中、背後の小島から大声で一言声をかけられた。
「死人出さないでよ!」
たかがドッジで死人が出るわけないだろうが。
◇
「よし、それじゃあ各チーム選抜連合対伊織と仲間たちを開始しまーす。お互い、礼!」
『よろしくおねがいします!』
互いのコートに並び、礼をしてからコートの中心に立つ。目の前にいるのは一七七センチの二組バレー部だ。試合の始まりは審判が投げるボールを互いにジャンプボールで奪い合う。ま、間違いなく先制は奪えるはずだ。
ピピーッと笛が鳴り、審判が高く放り投げたボールを目の前の生徒の伸ばした腕より高い位置で叩いて自陣に入れる。成功だ。
「伊織!」
「ナイス。誰から潰した方がいいと思う?」
「三組の鳥山がさっきいいとこまで残ったはずだ!」
俺はアドバイスをくれたチームメンバーにサンキューと伝えて感謝し、思いっきり高く飛んで全力でコート内の後部にいる鳥山に向けて球を放つ。
「死ねぇ!!」
「死ねはおかしいだろ! いってぇ!!」
ビビって背を向けた鳥山の臀部に俺の投げたボールが突き刺さる。鳥山は勢いで外野に向けて倒れ込んだ。
そして、反発したボールがギリギリのところで俺たちの陣地に戻ってくる。よし、俺たちのターンはまだ続いている。
「さぁ……次はどいつかな?」
「次は西渡狙ってくれ。アイツが陣地内で多分一番球拾うの上手いから」
「ちょっとはカッコつけさせろよ……オラァ!!」
西渡に対して全力の弾丸をぶっ放す。それは彼に向かって一直線に飛んでいき、西渡をアウトにするかに思えた。
しかし、西渡はその球に屈しなかったのである。
「油断したな!」
西渡はボールを上空に弾きとばし、落ちてくるそれを体全体でキャッチしたのである。まさしく、バレーボールのように。トーナメントで真正面から球を受け止め続けた俺がいざとなったらやろうと思っていたプレーである。
西渡の見せた、その頭脳プレーには場にいた全員が拍手を贈った。今だケツを冷やしている鳥山の様を見たら絶対にやらない行動を先んじて行ったファーストペンギンへの敬意がそこにはあった。
「っしゃあ!」
「ナイス西渡! これで伊織に当てちまえば勝ったも同然だ!」
「行くぞお前ら!!」
『オオッ!!』
戦意が凄いが、あくまでドッジボールである。
だが、その意気やよし。全力で相手をしてやろう!
「あのさ。確かにドッジボールは相手に球をぶつける競技だけど、こんなに青痣を作られると学校としても困るわけよ」
「本当に申し訳ない」
球技大会終了後、俺は生徒たちに大量の青痣を作った主犯として松本先生から怒られた。解せぬ。
なお、試合自体は一人まで相手チームを追い詰めたところで、野球部の生徒が放ったボールが指先を掠め、俺は選抜チームに敗北した。
試合後、選抜チームにめちゃめちゃ煽られたので次は全身全霊で叩き潰すことを誓った。絶対ブチのめしてやるから覚悟しとけ。
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