君と創る世界の終わり

ほろーばっく

第一部 第1話 《竜炎》のモモナ

 そこを訪れるものは、滅多にいない。いたとすれば、それは人生の幕を自ら閉じようとする人だという。青木ヶ原樹海。

森だというのに、生き物の気配は感じられない。今は、戦いの気配だけが満ちていた。

「ハンっ、遅い!」

眼前に迫る丸太のような棍棒を、頭を下げて躱す。両サイドの髪房が跳ねて、赤金色の髪が顔にまとわりついた。

「オマエなんかが、このアタシをやれると思ってんの!」

モモナが腹の底から叫び、青い瞳が鋭く薄緑色の亜人を睨みつけた。

《オーガ》は、少女の怒声にも怯まない。身長3メートルほどもある巨体と屈強な体つき。例え格闘技の世界王者であっても、《オーガ》を倒せる者などいないだろう。ましてや、目の前の少女は己の半分ほどの背丈しかなく、身体は握り潰せるほどに細いのだから、脅威と感じないのも当然といえた。

「姫さんよ。口よりも行動で示してみろよな」

「アンタに言われなくてもやってやるわよ。黙ってみてなさい」

「へいへい。後がつかえてんだ。お早めにな」

トレードマークのテンガロンを片手で押さえて、ジュリーが肩をすくめてみせる。この女は、事あるごとに揶揄ってくる。初対面のときからずっとそうだ。

それにも関わらず、隊の中では一番、年齢が近いというだけで、いつもモモナとジュリーはコンビを組まされた。今日を含めると七回の任務になるが、ここまで毎回のことだ。結果、任務中にも関わらず、言い合いが始まり、ますます険悪な関係になる悪循環が続いていた。

「もともとアンタが、こいつらの接近に気づかなかったから、こんなことになってんでしょーが」

「けっ。言ってろ、ガキが」

 ジュリーが唾を吐き捨てた。

誰かが、ジュリーほど索敵能力の高い隊員は、そうそういないと褒めていた。なんでも、《神人教会》に加入する前は故郷の山小屋で生活し、狩猟に明け暮れていたらしい。追跡や待ち伏せ、罠猟など、大自然の中で野生動物を相手にしていたからというのが、評価の根拠なのだが、怪しいものだとモモナは思っていた。

現に、隊はオーガの一団と交戦中だ。もっと発見が早ければ、魯鈍な《オーガ》相手なら、身を隠してやり過ごすこともできた筈だが、鉢合わせするような恰好でお互いの姿を認め、そのまま戦闘に突入することになったのだ。

幸い、森の中での遭遇戦は、自分たちに有利だ。足場が悪く、木々が立ち並ぶこの樹海は、《オーガ》のような巨体が素早く移動することは難しい地形だ。

「アンタこそ、よそ見してるとやられちゃうわよ」

「余計なお世話だ。オレがこんなノロマにやられてたまるかよ」

ジュリーが言い終わるより早く、彼女のテンガロン目がけて、もう一体の《オーガ》の棍棒が振り下ろされた。打ったのは、地面。ジュリーは少女の方を向いたまま、華麗なステップで躱していた。少女へニヤニヤと笑いかけ、余裕を見せつけてくる。

「ハンっ!躱すだけじゃあ勝てないわよ。もっとも、そんな貧相な身体じゃパワーが足りないかもね」

ジュリーの眉間に皺が寄る。

「何度も言ってるだろ、オレはDカップ。標準からすりゃ、じゅーぶんデカいんだ!オマエやガビーが異常なんだよ! 」

「あらら、筋力の話してるのに、胸のサイズにすり替わっちゃうとか、よっぽど気にしてんのね。コンプレックス晒しちゃうとか、みっともなーい」

ジュリーは、身のこなしでは隊でも一、二を争うが、筋力ではモモナに劣る。得物も鞭と小剣だから、破壊力に欠けるのは事実だが、それはあくまで、自分と比較しての話だ。

「てんめぇっ!」

棍棒が、今度はジュリーの足元を払おうとする。それをバク転で躱すと、ジュリーは腕を頭上で一周させた。それが振り下ろされるとほぼ同時に、空気が切り裂かれ、肉を撃つ音が続いた。顔面を鞭で打たれた《オーガ》が悲鳴を上げる。

追撃する好機だが、顔を抑える亜人に目もくれず、ジュリーは少女を挑発する。

「オマエにこういう華麗な戦い方ができるのか?そんな無駄肉をぶら下げてちゃ無理だよなぁ!」

「ハンっ!言ってろってーの!見せてやるわ、アタシの実力ってやつをね。目ン玉かっぽじって、よく見てなさい!」

眼玉をほじったら見えないだろというジュリーの突っ込みを無視して、モモナは高らかに宣言すると、両手で《火蜥蜴》を右肩に担ぐ。細身の少女には似つかわしくない大振りな広刃の剣。最初の任務から生還した際に下賜されて以来の相棒だ。

刀身と柄の間に、トカゲを模した鍔が横たわる拵え。トカゲの目に埋め込まれたルビーが暗く輝いているのも気に入っていた。

目の前の巨躯に目を据える。《オーガ》がモモナとの距離を詰めてきた。

少女は不敵な笑みを浮かべ、身内を駆け巡る力を一点へ集中させる。刀身が赤く輝き、熱を放ち始めた。近づいてくる標的。近づいてくる死。間合い。

「行くわよ、《火蜥蜴》・・・」

「やめなさい!ここは森の中なのよ。火気厳禁だと言ったでしょう!」

ガブリエレの叱声が飛んできた。勝つためには、手段を選んでいられないというのに、彼女の自然への執着には辟易する。手を抜いていては、死は近づいてこない。

「よく見てるわね。これだから、中間管理職は」

モモナは後方へ跳び退った。《火蜥蜴》への魔力供給を止める。仕切りなおしだ。

「聞こえてるわよ、モモナ」

舌打ち。今度は、本人には聞こえぬよう罵る。だが、これも聞こえているのだろう。ここはガブリエレの能力を余すことなく発揮できるフィールド。森はドルイドの独擅場なのだ。

「へっへ~、副長に怒られてやんの」

「ハンっ!いいわ。ハンデ戦といこうじゃないの。良かったわね、アンタ。もしかしたら、勝てるかもよ?」

話かけられても《オーガ》は、反応を示さない。中には共通語を解する者もいるらしいが、目の前のこいつは、いかにも鈍そうだ。緩んだ顔つきから察するに、頭の中は、少女を打ちのめした後のお楽しみでいっぱいなのだろう。

「おーおー、えっらそー。さすがお姫さま」

もう、ジュリーの揶揄にも、モモナは反応しない。

「シッ!」

《オーガ》が踏み込み、棍棒が突き出された。《オーガ》の黄色く汚れた歯の間から息が漏れた。並の人間なら、骨が折れ、内臓が潰されるであろう一撃だ。

少女が目を見開く。眦が、吊り上がった。

「ウォォりゃあーーーーー!」

気合とともに踏み込み、両手で《火蜥蜴》を振りぬいた。顔に届く30センチメートルほど手前で、棍棒が真っ二つに割れる。剣風で両サイドに結んだ赤金の髪房が逆立った。その様は、熾火が一瞬のうちに、炎として燃え上がったかのようだ。

オーガが棍棒を取り落した。それだけでなく、額から股にかけて、血の滴が浮き上がり、そして、一文字に繋がった。

「ハンっ!見てからでじゅーぶん!これぞ必殺剣、時を止める美少女!」

勝利を確信したモモナは背を向けた。この後、標的の身体は、ゆっくりと左右に分かれていくのだ。《火蜥蜴》を振って血糊を飛ばし、颯爽と肩に担ぐ。モモナお得意の決めポーズだ。

それでも、彼女を生の充足感が満たすことはなかった。自分にしか意味の通じない言葉を呟く。

「やっぱ、こいつ程度じゃ無理ってことね」

「いただきぃっ!」

沈思するモモナの頭上を影が宙を舞ったかと思うと、ジュリーの小剣が一閃した。大量の血が迸り、《オーガ》の首が飛ぶ。遅れて、巨躯が左右に分裂した。

「あっははは!これでポイントはオレのもんだな」

「なに言ってんのよアンタ!見てたでしょ、こいつはアタシがやったの!」

「ざーんねん。殺したやつがポイントをゲットする。それがルール。ルールはそれだけだって知ってるだろ?そして、先にオレが首を刎ねた。だ・か・ら、ポイントはオレのものってこった」

「この雌犬、ふざけてんじゃないわよ!」

「あん?誰がなんだって?オタサーの姫気取りが」

「アンタ、意味わかって使ってんの?ウチのどこがオタサーなのよ。それ、デビッドに向かって言ってみなさいよ」

「んなことより、なんて言ったか聞いてんだよ!」

《オーガ》そっちのけで睨みあう。犬。隊長がジュリーをそう呼ぶ。親しみを込めてではない。そして、隊長以外がそう呼ぶことを、彼女は許さない。知っていて、畳みかける。

「そばかす犬って言ったのよ!それと、そのダサい帽子、ぜんっぜん似合ってないから、捨てたら?」

「コロス」

本気だ。その証拠に食いしばった口から鋭く長い犬歯が覗き、眼球が黄みを帯びていた。こうなったときのジュリーは強い。

「面白い、やってみなさいよ」

半身になり、《火蜥蜴》を肩に担ぎ直す。ジュリーとは対照的に、モモナは笑みを浮かべていた。

「なにをしているの、貴方たち!戦闘中でしょう」

副長のガブリエレが声を上げる。声音に怒りが滲んでいた。彼女は、任務の指揮を隊長から一任されている。その隊長の眼前で、隊の統制が取れていない様を見せてしまっているのだ。怒りもする。

「はいはい。上司の顔を立てるのも、部下の役目ってね」

モモナは、片手を腰にあて、大剣の切っ先をジュリーに向けた。

「貸しとくわ。近いうち、まとめて返してもらうから覚悟しとくのね」

ジュリーもこれ以上、ガブリエレの怒りを買うことを恐れたのか、まだ、そっぽを向いてはいるが、敵意は収めたようだ。返事の代わりに足元へ唾が飛んできた。

「モモナ、遊んでいるのなら、こっちにきて手伝いなさい!」

副長が呼んでいる。彼女は、《オーガ》どもの頭目と対峙していたはずだ。

「なによ。アイツ、またサボってんの?分かったわ、ガビー。今、行くから」

ジュリーには構わず、ガブリエレの背中に向かって駆け出した。彼女のことは嫌いではない。規律を重んじすぎるところはあるが、それは感受性の強い自分を律するための仮面だ。少女が隊に編入されたときも、なにくれとなく世話を焼いてくれたのだ。

もちろん、打算はあるだろう。人間とはそういうものだ。それは短い人生で嫌というほど思い知らされていた。それでも、少女が知っている大人たちに比べれば、ガブリエレは聖母といってよいだろう。

「ま、こんな卑猥な体つきの聖母がいるかは、分からないけどさ」

 ガブリエレと並び立った。横目で胸元を盗み見る。小ぶりの西瓜ほどの大きな球体。大きすぎる二つの肉丘のせいで、彼女は隊服の釦を留めることができない。そのせいで常時、艶やかな谷間を見せつけることになってしまい、発情した男たちが誘蛾灯に集まる羽虫のように、彼女に群がってくるのだった。

「ふざけていないで、ちゃんと警戒なさい。こいつは、ただの《オーガ》ではなく、《オーガメイジ》よ」

「そりゃ、亜人なんだからソーサラーくらいいるでしょ」

「そういうことではなく、こいつは別物なの」

「う~ん。まぁ、確かに。そうみたいね」

 薄緑色の巨体を目で追っていたモモナの顔が、上向いていく。敵が、少しずつ上昇していた。モモナが見ている間に、5メートルほどの高度に達し、不遜な態度でこちらを見下ろしてくる。その目には、先ほど倒した《オーガ》とは異なり、知性の輝きが見てとれた。

「ふわぁあ、亜人が飛んでるじゃん」

 少女の反応に興味を示さず、《オーガメイジ》が、背の矢筒から矢を抜き出し、手にした大弓に番えた。

「ちょっと!これじゃあ、一方的じゃない!」

 放たれた矢を、モモナは間一髪で躱す。勁弓だ。弓矢は、《オーガ》サイズの巨大なもので、スペルキャスターでありながら、筋骨隆々の腕から放たれる矢を受ければ、軽傷では済みそうもない。

「フシュシュシュシュ。女、ワシは、おまえのような雌に仔を産ませるのが好きでな。特別に殺さずにおいてやろう」

 《オーガメイジ》が取り出した二の矢でガブリエレを指し、共通語で告げた。

「外道。貴様のような汚物に、この地は相応しくない。すぐに消してくれる」

 ガブリエレが柳眉を逆立てて返す。黒い木剣を持つ手が震えていた。恐怖ではない。震えるほどに怒っているのだ。普段、温厚なガブリエレだけに、凄絶な表情であったが、それでも彼女は美しい。

「フシュルル、早く鳴き顔を拝みたいものよ」

《オーガメイジ》が再び、矢を番えた。女二人の獲物に飛び道具がないと見定めたのだろう。それとも、相手の頭上に位置するという、絶対的優位によるものか。ゆったりとした動作だ。

「モモナ!合わせなさい!」

「まっかせて!」

ガブリエレの手が素早く動き、胸の前で印を結だ。それは、彼女が力を借りている自然神の名前を文様にしたものだという。《オーガメイジ》が驚きの声を上げた。

「女、貴様、呪文を?」

「大地の子らよ、枷より解き放たれ、あるべき姿に還れ!《ワープ・ウッド》!」

《オーガメイジ》が己の失敗を悟ったときには遅かった。手にしていた矢が変形して、ねじ曲がっていき、とても使い物にならなくなる。

「ぬうう、矢が!」

代わりを求めて亜人が矢筒を探るも、すべての矢が同じように変形していた。それを確認することもなく、モモナは駆けていた。気を取り直して眼下に目を移した《オーガメイジ》の視界から、赤金の髪の少女が消えていた。

「小娘はどこだ、逃げたのか?」

「さあ。すぐ、分かるのじゃないかしら」

ガブリエレの声を背で聞きながら、モモナは巨木の幹を蹴って、駆け上がっていく。ジュリーほどではないにしても、少女の身のこなしも鮮やかだ。枝から枝へと渡り、十分な高さに達すると、《オーガメイジ》へ向かって跳んだ。

「このモモナ様が逃げるかってーの!もらったああ!」

上昇する勢いのまま、大剣で斬り上げた。

勝利を確信した少女と《オーガ》の目が合った。違和感。亜人の目には、焦りの色がなかった。

突如、モモナの周りが暗闇に包まれた。夜の闇など比較にならない、魔法的に作られた、光を一切通さない真の闇だ。

「何よ、コレぇ~!」

剣は虚しく空を切った。空中で体勢を崩した少女を、《オーガ》の巨大な拳が打ち据えた。

「ぐはっ!」

「モモナ!」

衝撃で、肺の中の空気が押し出された。自由落下を超える速度で地面が近づく。モモナは手を振りぬき、なんとか、《火蜥蜴》を木の幹に食い込ませて地面への激突を避けたが、それでも勢いを完全に殺すことはできず、アーチのように弧を描いた木の根に背中から叩きつけられた。反動で身体が跳ね上がる。

ガブリエレが何か叫んでいるようだが、なにかの膜をとおしているように、モモナにはぼんやりとしか聞こえてこない。

「げほっ。追撃に備えないと。起きなさいよ、アタシ」

息ができないほどの痛み。うずくまり、四肢に力が入ることを確かめる。骨は折れていないようだ。まだ、戦える。痛いということは、死んでいない証だ。

「こうじゃなくっちゃね。」

口の端から血を流しながらも、モモナは笑っていた。宙に目を向ける。青い瞳が、敵を射抜いた。

「フシュルルル。やってくれたな、魔女め」

「何を言っている。これからだ。降りてこい」

モモナの奇襲が失敗に終わっても、ガブリエレは動じず、片手で《オーガメイジ》を手招きしてみせたが、《オーガメイジ》は誘いには乗らなかった。空中に浮いたまま両手を合わせ、獲物に向ける。

「その手には乗るか、狡猾な魔女め。少し痛い目に遭わせてやろう。この鋼のような肉体だけでなく、魔力でもこのワシに敵わぬと思い知らせてやろう。そうすれば、喜んでワシに股を開こうというもの。フシュウウウ!」

 無骨な手から魔力が迸り、猛吹雪となって眼下のガブリエレへと浴びせられた。急激な温度変化に、金髪の副長だけでなく、周囲の森までが、あっという間に凍り付いていく。

「なんだよ、あれ!あんな亜人、反則じゃねーか!」

 鞭で《オーガ》を絡めとり、小剣で喉を刺し貫いたジュリーが、吹雪の余波で飛ばされそうになったテンガロンを手で押さえながら叫んだ。

《冷気放射》。先ほどの《ダークネス》の呪文と同様、詠唱や予備動作なしに発動していた。亜人の中にも、魔術師は存在するが、彼らなりの魔法体系で、詠唱や動作を必要とすることは人間と変わらない。目の前で起きている光景は、通常の魔法とは異なる、生得能力だ。《オーガ》とは別物というガブリエレの言葉は、これを指していた。

 吹雪の中心で、ガブリエレは凍り付いてしまったのか、動きを止めていた。このままでは、深部体温が低下し、ほどなく意識を喪失してしまうだろう。

「おいおい、大丈夫か!このままじゃ、二人ともやられちまうぞ!」

離れて見ていたジュリーの足元まで冷気が漂ってきていた。地面に霜が降り、下草が萎びていく。周辺でこうなのだ。冷気の中心部はいかばかりか。

ジュリーの目には、立ち尽くすガブリエレと蹲るモモナが、立ち枯れた木と大地の瘤のように映った。

いや、瘤は動いていた。ゆっくりと立ち上がり、剣先を中天に掲げていた。

「フシュ、フシュ、フシュル。ワシをコケにした報いじゃ。すぐにその身体で償わせてやる」

《オーガメイジ》には、ガブリエレを殺すつもりがないようだ。生かして、性的にすぎる肉体を慰みものにするつもりで、致命傷を与えないように魔力を調整しているのだろう。

そんな気の緩みは、モモナの前では命取りだ。

「伸びろ、《フレイム・タン》!」

叫び声が吹雪を切り裂いた。少女の構えた大剣から炎が吹き上がり、魔法の吹雪を押し返して《オーガメイジ》を包み込んだ。

「ぐぇんじょおぉおお!!」

 焼かれた顔を両手で押さえ、亜人が苦悶の叫びを上げた。それを待っていたかのように、ガブリエレが俯いていた顔を上げた。吹雪で動きを止められていたわけではなかった。己の中で練った魔力が最大の効果を発揮できるよう、少女が反撃するタイミングを待っていたのだ。静かな詠唱と印。それに気づいた《オーガメイジ》が、悲鳴を上げた。

「や、やめろ!やめてくれ!そうだ、情報、情報をやろう。ワシらの本拠の場所だ。どうだ」

「大地よ、我に助力せよ。地より立ち昇りて、我とともに邪を呑み込め。《ワールウィンド》」

金髪爆乳ドルイドの足元から旋風が巻き起こった。それは樹海に漂っていた冷気を吹き飛ばすと、石や木の枝を巻き上げながらぐんぐんと背を伸ばして、上空の《オーガメイジ》を渦の中に取り込んだ。

「そ、そんな!フシュルル~~~~~~!」

叫びながら渦の中を回転する《オーガメイジ》。風が亜人を切り裂き、石が撃った。旋風は、亜人の血を撒き散らしながら森の木々を超える高さにまで成長し、不規則に動くと、大木を根こそぎ、舞い上げていく。

さんざん、渦の中で打ち据えられた亜人が、竜巻の外に弾き出された。きりもみ回転する青白い巨体。少女は、勝機を見逃さなかった。

「ハンッ!アタシの本気!避けて!みやがれってぇの!」

モモナが《火蜥蜴》を投げつけた。回転する刃が、《オーガメイジ》の脇腹に食い込み、雨のように血が降り注いだ。だが、《神人教会》の誇る核弾頭の攻撃は、こんなものではない。

「《火蜥蜴》、喰らい尽くせぇ!」

少女のかけ声を合図に、剣に籠められた魔力が炎となって噴き出し、亜人の肉を焼いた。もはや叫ぶ力さえ失った《オーガメイジ》が、打ち上げに失敗したロケットのように墜落した。もともと襤褸のような布を身にまとっていた亜人だったが、今は自身がボロ雑巾のようになり、見る影もない。

まだ、攻撃は止まらない。

身動きしない《オーガメイジ》に向かって、ガブリエレが疾駆していた。樹海は、ごつごつとした岩が多く、起伏に飛んだ地形だ。そんな場所を足元も見ず、駆ける。超人的な速度だ。倒れこんだ《オーガメイジ》に向かって大地を蹴って跳ぶと、手にした黒光りする木剣を、頭へ叩きつけた。二度、三度。頭蓋が割れる嫌な音が、樹海に響き、そこまでしてやっと、攻撃は止んだ。

ガブリエレは動かなくなった敵から離れ、木剣を支えに片膝をついた。遠目にも、肩が大きく上下していた。

「うひゃー、容赦ねえな。だけど、さすがはガビーだぜ」

逆転劇に、ジュリーが小躍りする。彼女の中では、モモナの活躍はなかったことになる。跳ねるようにしてガブリエレへ駆け寄る表情は、戦闘の緊張感から解放されて明るかった。

「ハンっ!まるで飼い主に再会した犬ね」

ガブリエレの首根っこに抱き着くジュリーを横目で眺めながら、モモナは、小ぶりだが、女性らしい丸みを帯びた尻を木の根に載せ、強かに打った背に手を当てた。

「アタシ一人なら、逝っていたかもね。惜しいことしたわ」

これは謙遜だ。もっと能力を使用していれば、手こずることはなかっただろう。それはガブリエレにしても同じことだ。《神人教会》のポイントランキングでは、自分が上位に位置しているが、ランキングは強さの指標ではなく、倒した敵の種類と数によって割り当てられるに過ぎない。実力では、ガブリエレの足元にも及ばないことは、モモナ自身が感じていた。今回の苦戦は、魔力のコントロールに難がある自分を成長させるため、敢えてコンビ戦術を取った彼女の親心が招いたものだ。

「結局、ポイントもガビーに持っていかれたし」

「まだ終わりじゃないさ」

「きゃっ!」

まるで猫のように、音もなく傍にきていた。デビッド。思いがけずぎょっとし、モモナは年齢相応の悲鳴を上げてしまった。咳ばらいをして恥ずかしさを誤魔化した。

それにしても、だ。ローブを纏った青年を、爪先から頭まで、まじまじと見た。まったく気配を感じなかった。この痩せた男にこんな身のこなしができたとは意外だった。

《教会》に突如現れたという謎の男。人類の切り札と呼ぶ者もいれば、穀潰しと呼ぶ者もいた。少女は断然、後者を支持していた。

「アンタ、ガビーと組んでた筈でしょ。戦闘に参加しないで、今の今までいったい何やってたのよ。おかげでアタシが戦う羽目になったじゃない」

「まだ、決着はついていない」

 少女の抗議を無視して、デビッドが繰り返した。

そうだった。オーガは七体いたのだ。ファンが倒し、ミハイロも始末をつけていることだろう。横取りされた分も含めてジュリーが二体。そして《オーガメイジ》。ここまでは把握していた。これで五体だ。残るは二体。

ダメージで重く感じる身体を起こし、周囲を見回した。森の中の開けた空間。その端の方で、カイトシールドを持った中年男が二体の《オーガ》を相手に防戦していた。相方のはずの、変人の姿は見当たらない。

「まったく、アイツら、何もたもたしてんのよ。ちょっと行ってくるわ」

「そっちじゃないよ」

「え?じゃあ、どれだっていうのよ。他に敵なんていないじゃ、ない・・・の」

モモナは大きな眼を、さらに大きく見開いた。サファイアのような瞳がこぼれそうだ。

「なんなのよ、アレ?さっきのやつの死体から、煙が上がってる」

「ガシアス・フォーム」

デビッドがぼそぼそと、小声で答えた。眼鏡の下の表情は動いていない。

「《オーガメイジ》は首を刎ねても、断面をくっつけていれば繋がるような奴らだ。あの程度では始末できない。ガビーも、詰めが甘いね」

「なっ!アンタねえ、知ってるなら、最初からそう教えなさいよ!なんのためにガビーが頑張ってると思ってんのよ!」

「自分のためだろう?《オーガメイジ》は、高得点だからな」

モモナは、呆れて天を仰いだ。コイツはダメだ。人の心情に鈍感すぎる。怪訝な顔をみせるデビッドの鼻先に指を突き付けてみたが、若き魔術師はどろんとした目で先端に焦点を合わせるだけだ。モモナは拳を握りしめて横を向いた。

「まったく、ガビーはなんだって、いつもこんなやつのことを庇うんだか」

聞こえている筈だが、デビッドは何の反応も見せない。それもまた、気に入らない。

「ガビー!まだよ!あいつ、まだ生きてる!」

呼び掛けに気付いたものの、ガブリエレは顔を顰めて肩で息をしていた。少しずつガス状に変化している敵を認めて立ち上がろうとするも、動きが鈍い。

「やっぱり、ダメージが回復してない。だから《癒し手》を増やせって、前から言ってるのよ!」

 デビッドが肩を竦めてみせた。

「チッ!使えない上司ね」

「よっし、ここはオレに任せろ!主役は遅れてやってくるってな!」

ジュリーが鞭を唸らせて煙を撃つも、実体のない相手を捉えることはできない。副装備の小剣でも、同じことだろう。

「ダメだ!当たらねえ!すり抜けちまう」

「なによ、諦めの早い主役ね!でも、このままじゃ、増援を呼ばれちゃうじゃない。なんとかしないと」

 背後のデビッドを振り返った。ウィザードの神秘魔法なら、煙相手にも有効な一撃を与えられるはずだ。

「今日は、ガビーに任せたんだ。ボクは働かないよ」

「ほんっと、使えないやつ!」

ここで《オーガメイジ》の逃走を許せば、敵に部隊の接近を知られてしまう。それは、任務の成否にかかわる事態だ。少女の脳裏にアイデアが閃いた。一石二鳥、いや三鳥にもなるではないか。悪戯っぽく微笑んだ。

「ふふふ。チャンス到来ってね。殺したやつがポイントをゲットする。それがルール。ルールはそれだけ。そうでしょ、ジュリー!」

「お、お前、もしかして?」

少女のサファイアブルーの瞳の中に、爬虫類に似た、縦長の瞳孔が開いた。小さく、ふっくらとした愛らしい唇は、今や大きく左右に裂け、鋭い歯、というよりは牙と呼んだほうが正しい、が並んでいた。

「うおおぉーーーーー」

 モモナは、その身に眠る魔力を高めていく。小柄な体が、赤い光に包まれていた。光が強まるにつれ、周囲の温度が上昇していく。

「おい!何考えてるんだ。恩寵は、よくよく考えて使えって言われてるだろ!やめ、やめろー!」

ジュリーの叫びが聞こえたのか、それとも、不穏な気配を感じたのか。二体の《オーガ》と向き合っていた中年男、ヒデオ・カンザキが振り返って、口をあんぐりと開けた。すぐに状況を理解したらしく、敵に背を見せるのも構わず走り出し、横っ飛びして手にした巨大な盾を頭から被った。

ガブリエレはといえば、首だけをモモナに向け、引き攣った笑みを浮かべていた。何か言葉を発するが、よく聞こえない。艶めかしい唇の動きは、「火気厳禁」に読めた。

 臨機応変。森の一部が焼失したとしても、任務に失敗するよりはマシだというものだ。きっと許してくれるだろうとモモナは決めつけた。

モモナは高めた魔力を開放した。それは一点に収斂し、口の中で赤い閃光となる。見続けることができないほどの輝き。そして、臨界を迎えた。

「乙女の恋は一直線!アンタは地獄へ一直線!喰らえ!《ドラゴンズ・ウィスパーーーーーーーー》!!」

少女の口から光線が放たれ、森の奥へと伸びていく。高出力の魔力熱線が直撃し、ガシアス・フォームで逃亡を図っていた《オーガメイジ》が跡形もなく蒸発した。膨大な魔力の収束が解けて、光線の通り道に粒子状の魔力が拡散していく。その輝きを、最前までヒデオが相手をしていた二体の《オーガ》は、呆けたように見つめていた。一瞬ののち、巨体が赤く照らされた。魔力の粒子が爆発したのだ。光線の軌跡を、次々と爆発が連鎖していく。爆発が爆発を呼び、より大きなエネルギーの衝撃を生む。《オーガ》たちは、声を上げる間もなく爆炎に巻き込まれ、消し飛んだ。

《ドラゴンズ・ウィスパー》。少女の奥の手は、囁きと呼ぶには余りにも威力が高かった。

樹木はもちろん、礫岩さえも融解し、オレンジ色の光を放っている。この日、青木ヶ原樹海に百メートルほどの、直線状の焼け野原が誕生したのだった。

「ハンっ!やっぱり全力でぶちかますのが一番ってことね!」

第十三使徒隊、恐れ知らずの切り込み隊長、人呼んで《竜炎》のモモナは、延焼した木々が音を立てて燃え上がる中、腰に手を当て、満足気な笑みを浮かべた。


(続く)

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