それぞれの道、私は初配信に向けて


 ナターシャさん、歌が上手くて歌みたやカラオケ、雑談が中心な配信をしている。

 雑談もリスナーから送られた人生や恋愛の相談に答える形のものが多い。

 別に募集していないのに、質問箱などに送られてくるそうだ。

 なんだかその理由がものすごくよくわかってしまった。

 こんなにはっきり、具体的に教えてもらえるのなら送りたくなる気持ちも当然ではないだろうか。

 私もちょっと聞いてみたい……今後の展望とか、Vtuberとしてやっていけるのか、とか。

 でもすでに私、ナターシャさんに貸しが二つもあるんだよな。

 貸し二つなのに実質貸し三つ……。

 一つは歌みたになるらしいが、他の貸しはなにをされるのかすでに怖い。


「アネモネ」

「はい、なんでしょうか?」

「もうこの国には……この世界には戻らないの?」


 戻らないのか、と聞かれて少しだけ目を瞑る。

 先程も答えたが、真っ直ぐとレオンクライン様の方を見て「はい」と答えられた。


「この場所にもう、なにも思い入れがないのです。家族も私とともにいますし」

「――そう、か」

「はい。いつか生活が落ち着いたら、レオンクライン様もセンタータウンに遊びに来てください。今はまだ私も不慣れなことばかりで……慣れたり覚えたりすることばかりですが……だからこそ今とても楽しいです!」


 今からデビューする身なので、その準備に奔走している今が。

 そこでレオンクライン様に手を差し出される。

 なんとなく、その手に手を重ねた。

 握手の形。


「うん、そうか。よかった。君が楽しそうで」

「はい」

「私も頑張るよ。どんなに困難な道だろうと、君や私の人生を狂わせて平然としている者たちをこのままにしておくつもりはない。奴らの好きにさせないよ。私は――私もこの国を見捨ててもいいのかもしれないと、思ったりもするけれどね」

「捨ててもいいんじゃないんです?」


 ナターシャさんがさらりと同意する。

 ギョッとして見上げてしまうが、レオンクライン様は目を見開いたあと首を横に振る。


「母を見返して、後悔していただきたいのです。絶対に」

「あらあ」


 ものすごーく嬉しそうな顔で笑うナターシャさん。

 にっこにっこのオリヴィア先輩。

 今日一いい笑顔では?


「いいですね。そういう見返してやるって気合いは大事ですよ。自分が幸せになるのが最強の復讐ですからねー」

「そうですわ。自分が幸せになるとなぜか自然と相手は不幸になるのです。相手が自分の幸せを奪おうとばかりして自分が幸せになる努力を怠りまくるからなんですけど、それに気づかないんですよね、お馬鹿だから」

「やっちまいなです」

「ええ、ガツンとじわじわやっちまってくださいませ」


 今日一番応援している。

 そんな二人にレオンクライン様も「フフフ」と笑う。

 今まで見た中で一番スッキリとしお顔。


「また、落ち着いたら近況報告しよう。君の成功を祈っているよ」

「ありがとうございます! 私も……レオンクライン様が玉座で王妃様とアークラッドを見下す姿を楽しみにしておりますね!」

「婚約者にはなんのお咎めなしです?」

「婚約者? 私にそんな人いましたっけ?」


 わざとそう言うと、ナターシャさんもオリヴィア先輩もめちゃくちゃいい笑顔になった。

 うん、もう、存在を記憶から消そう!




 ◇◆◇◆◇




「OBSよし。サムネよし。2Dよし。歌みたの予約もよし。えっと、画像はこれとこれとこれを、こういう順番で出して……うん! 大丈夫! ……だと思う」


 半年後、私のデビュー日当日。

 ツブヤキッターでいぶこーアカウントからデビューが発表され、当日夜が初配信。

 十八時からオズワイド、十八時半から私、十九時から母、十九時半から父。

 我々のユニット名は、『ブランドー家』だ。

 実は私たちの前に[三期生]がデビューした。

『宵闇の光はラピスラズリの導きで』という乙女ゲームの悪役令嬢と攻略対象の三人組。

 経歴を聞くと、これがまた悲惨。

 攻略対象なのに死亡ルートがあるらしく、そんな彼らをセンタータウンに導いたのが悪役令嬢の千頭山真宵せんずやままよい先輩。

 事務所でお会いした時「これで破滅エンド回避よー!」と叫んでいたので結構切実な理由でVtuberデビューをしたらしい。

 ものすごく、いわゆる“ぎゃる”っぽいのだが……。

 本人も「多分あたし中身違うからー」とか言っていたので、彼女は今流行りの『転生悪役令嬢』なんだと思われる。

 そんな“中身が転生者の悪役令嬢”がガワを持つVtuberをやるのだから不思議なものだ。

 そんな彼女らを挟みながら、ついに我々ブランドー家がいぶこー[四期生]としてデビューするわけなのだが――。


「緊張します」

「そうは見えないが」


 オズワイドの立ち絵は本人に似ているが、少し成長した姿。

 立ち絵の年齢を上げたのは、オズワルドが地球で学校に通う時に“身バレ”をしないための配慮。

 声などでバレるかもしれないが、そのまんまよりはマシだろう。

 また、オズワルドは成長期。

 そのうち必ず立ち絵の年齢になる。

 そして、追い越していく。

 その立ち絵を使い続けるかどうかは運営と相談するが、『大きめの制服を買っておく』ようなもの、と説明された。

 私たちもオズワルドが納得する形で活動していけたらいいと思っている。

 たとえばオズワルドがVtuberを続けずに学生に注力することになっても、年齢的にむしろ当たり前だと思うから。


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