続いている暗躍


「ごめんなさい……ごめんなさい……私、私……騎士ではなかった……私は、人を守る人間ではなかった……人を守れるほど強くなくて、覚悟もなかったんです……そのせいでレオンクライン様は……っ」

「アネモネさん……」

 

 よしよし、とオリヴィア先輩に頭を撫でられて、それがまた情けない。

 どうして私はこんなにも情けないのだろうか。

 

「最初からそんな覚悟を持つのは異常者ですよ」

「っ……!?」

「ナターシャ様?」

「だってそうでしょう? 人間は誰でも自分と自分を育ててくれた家族を愛している。それが一番大切で、それ以外はどうあがいても優先度は一段下になります。それが人間です。当たり前のことですよ」

 

 ふんわりと微笑まれて、淡々と告げられて喉が詰まる。

 それが、普通?

 いや、でも……否定のしようがない。

 

「ですが、私は……それでも騎士として――」

「それでも騎士になりたいのなら、今からなれるよう自分を鍛え直しなさい。でも、あなたはまず護られることを覚えた方がいいです」

「護られる、こと……?」

「ご両親にはちゃんと護ってもらっていたと思いますよ。だから次はあなたがご両親も、弟さんも、護るんです。ついでに、騎士になって他の人間も護ってやろうって。まあそのくらいの意識でいいと思います。あなた余裕がなさすぎです」

「よ……っ、余裕……っ」

 

 余裕。

 確かにそれは………………ない、かも。

 ナターシャさんに「余裕がないと、視界が狭まります。視界が狭いと、敵も味方も守るべき相手のことも見えなくなるんですよ」と言われてしまう。

 あまりの正論になにも言葉が出てこない。

 そうか、私は余裕がなかったのか。

 ……なかったかもしれない。

 今まで、周りの人に色々と言われすぎて私はいつも俯いて周りを見ていなかった。

 せめて人に言われたことをやろう、邪魔にならないように。

 そんなふうに思っていた。

 

「まあ、たかだか十代後半の小娘にそこまで求める周りもいかがなものかと思いますけれどね。アロークスですっけ? あなたの元婚約者」

「は、はい」

「王族の護衛でしたよね、その人。わたし嫌いなんですよね、自分の責任を他人に押しつける人間が、特に」

 

 笑みを浮かべたままなのに、とても優しい声色なのに、そこには強い嫌悪が滲んでいる。

 しかしその責任、代理を務めると言った私にこそあるのでは?

 私はやはり、覚悟が足りていなかったのだ。

 責任感も。

 

「他人に責任だけ押しつけて、権威だけ振りかざすやつってゴミだと思うんです」

「え?」

「だからまあ、あなたがそのゴミのために心を痛める必要なんて微塵もありませんよ。立ち話をしていても時間の無駄ですから、さっさとその王子様を直して帰りましょう」

 

 髪をふわりと手で背中に払い、要塞に進む。

 確かに、長居するなと言われている。

 海岸から要塞の方に向かうと、もうすでに違和感。

 

「まあ……。見張りもいないのですか」

「人の気配が少ないですね。あら……? でも、来客中なのでしょうか。馬車がございますよ」

「本当ですね。……あの馬車の扉の家紋は――アイリン・ジャスティーラ嬢の家、ですね」

「知り合いです?」

「例のお茶会にいた、レオンクライン様の婚約者候補のお一人で……『天啓の乙女』です」

「ああ、あの天使を召喚できるとかいう」

「はい」

 

 ふん、と鼻で笑うナターシャさん。

 オリヴィア先輩も目を細めて馬車を見る。

 どこか冷淡な眼差し。

 しかし、なぜジャスティーラ嬢がこんな辺境に?

 もしかして、レオンクライン様を治癒しに来られたのだろうか?

 

「シルバー、その王子様のいる部屋に案内してください」

『はい。こちらです』

「なにしに来ているのでしょうか? そのジャスティーラ嬢という方は」

「レオンクライン様を治療しにいらしたのでは……」

「なぜ今? 毒殺未遂事件はもう二ヶ月も前でしょう? そうではないと思いますよ」

「う……」

 

 一刀両断だ。

 でもそうなると、お見舞い?

 手足の痺れで起き上がれないという症状だと聞いているから、頭はしっかりとして対話はできるのだろう。

 それなら確かに……話し相手としてお見舞いに来るのは問題がない、か。

 

『こちらです』

 

 三階の一番奥の部屋でシルバーが止まる。

 部屋からは話し声が漏れ聞こえてきた。

 この可愛らしい声は、アイリン・ジャスティーラ嬢の声。

 

『レオンクライン様、まだわたくしの気持ちを受け入れてくださらないの? これを飲めばレオンクライン様は元の健康なお体に戻ると言われていますのに』

 

 沈黙が流れる。

 それに対してジャスティーラ嬢が『はあ……』と深い溜息が聞こえてきた。

 今の話、まさか解毒薬をジャスティーラ嬢は持っているのか?

 

『わたくしを妻に迎えて、第一王子として立太子なさってください。そうしたらすべてが上手くいきますわ。ね?』

 

 ナターシャさんが指で元来た道を差す。

 この場から一度離れよう、という指示だ。

 コクリと頷いて、一度二階に下りた。

 

「暗示ですね」

「ですわね」

「暗示!?」

 

 おそらく護衛は部屋の中。

 だから廊下には誰もいなかったのか。

 そして部屋の中で行われているのは、暗示!?

 ジャスティーラ嬢が、レオンクライン様に!?

 

「最初からそういう計画だったんじゃないんです? 第二王子と天啓の乙女様の利害が途中まで一致していたから、途中までは共闘していたんだと思いますよ」

「でも、上手くいってはいないようですわね。どちらが用意したのかわかりませんが、毒の方が強かったのでしょうか」

「暗示をかけて傀儡にするのならまあ殺しませんよね。」

「そ、そんな……」


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