第43話 魔法少女ルーちゃんと宇宙間最終小戦争 ⑫
ララガガルドの針先に焦点を合わせる。世界が二重に歪む。
本心からの思いを、ひねらず、こねらず、飾らずに。
私は言葉にする。
「ごめんだけれど、私はゲトガーといっしょに生きる。だから、他のエイリアンに体を渡すことはできない」
「……ルー」
「私は、ゲトガーといっしょに魔法少女になりたい。ゲトガーといっしょに、私の夢の更にその先を見にいきたい。ゲトガーは、初めてできた私の大切な友人だから、彼を裏切るなんて真似はできない」
(――例え夢を叶えるのが遠回りになったとしても、こいつは俺を選んでくれるのか……?)
「おい。ルー」
「あ、え。なに?」
しまった。正直な気持ちをストレートに言葉にしすぎたかもしれない。
茶化されるのかと内心ドキドキとしながらゲトガーの声に耳を傾ける。
ゲトガーは、真面目に、でも、ほんの少しの恥じらいが残ったような声で。
「絶対にお前の夢、叶えるぞ」
「……うん」
じわり、瞳に膜が浮かび上がる。
……ばか。エイリアンごときが私を泣かせないでよ。
「ふむ。振られてしまいましたか」
さして残念でもなさそうに言い、ララガガルドが声を重ねる。
「……二人が混ざると最強の生物が生まれると思ったのですが……。残念です。では、プランBでいきましょうか」
彼の言葉に、私の眉が二ミリ下がった。
「二人が混ざる? どういうこと?」
「それを知る必要はありません。あなたはもう、いなくなるのですから」
そう言いながら、ララガガルドは体のどこかから、注射器のような道具を取り出した。その中には、いかにも怪しい透明な粘性の液体が入っていた。
なんだあれ? あれを私に注入するつもりか?
中身はなにかわからないが、やばいものだということだけはわかる。あれを刺された私に待つ運命は、最低でも死以上のなにかであろう。
絶対に避けないといけないのだろうが、今の私にはララガガルドの針による枷を抜け出す手段がない。
力が足りない。今日だけで、消費しすぎた。
なにか、なにか食べないと。
しかし、周りにはなにもない。
なに? 針?
針を食べろってでも言うの? 嘘をついてもないのに?
そんなことを思っている間にも、ララガガルドが構える注射器の針先は私に向かって突き進む。
ああもういいや。なんでもかんでも食らってやる。
「ゲトガー! 今から食べるから、すぐにでも力に変換できるように準備して!」
「あぁ!? なにを食らうってんだよ?」
「自分だよ!」
叫びながら私は、大口を開けて自分の右肩に食らいついた。
人間の
力の落ちた今の私でも、魔法少女になることにより最低限強化された膂力のおかげで、なんとか右肩の肉を噛み千切ることに成功した。
肩の肉を飲み込んだ瞬間、私とゲトガーのなかにほんの少しだけ力が湧いた。ゲトガーがすぐに、私の肉を吸収してくれたのだ。
強化された脚力で両足を後ろに振り抜く。足の甲に刺さっていたララガガルドの針をその場に置き去りにし、私の両足は八の字に裂けながらもなんとか拘束から抜け出すことに成功した。
眼前に迫る注射器を、頭を逸らして同じスピードで後ろに避ける。足同様、固定された針に両手を抉られながら、私は自由となった。
道路上を血塗れで転がりながら、どこにも注射器が刺さっていないことを確認する。
「ゲトガー。傷治せそう?」
「やってるが、無理だな。自分の肉では力は湧いても、傷は治せないみたいだ」
自給自足は無理ってことね。しかしそれでも、力は得られる。
右肩の傷口から流れる血液をそのままに、私は、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくるララガガルドを見やった。
ララガガルドは注射器を前に構えながら、冷たく笑んだ。
「自分で自分を食らうとはなんとお転婆な。まるで狂犬ですね」
私はララガガルドを無視し、ゲトガーに言う。
「傷が治らないなら、最短で片付けて委員長と椎名さんを助けにいこう」
そうして、私は自分の右腕にかぶりつき、自分の肉をむさぼった。
「はい! ゲトガーもさっさと食う!」
自分の右腕を食らいながら、左の二の腕をゲトガーの口に無理やり突っ込んだ。
「もごっ! お前、マジか……」
二人で自分を食らい、ゲトガーが体に力を回す。パワーは出るが、傷までは治らない。これは諸刃の剣だ。だから。
「一撃で終わらせるよ」
足場の悪い道路の上で、私とララガガルドは再び対峙する。針のエイリアンの右手には怪しい注射器が光る。あれに気を付けながら、一発でやつに致命傷を与えればいい。
「ああ。月夜に輝く姿も美しい。今夜、私の悲願は叶うのですね」
ララガガルドは、注射器のような道具を空に掲げて、意味不明なことを楽しそうに呟いていた。
私はボロボロの両手を前に置き、クラウチングスタートの構えを取った。魔法少女の両手で地面を押すようにして、人間のままの足をできるだけサポートする。
両手で地面を押したのと同時、私は、潰れた両足にできる限りの力を込め、全力で道路を踏みぬいた。
瞬間、足場に出現する小規模なクレーター。
感じたことのない風の抵抗が私を襲う。私の視界に、世界が置いていかれる。
紫電一閃。
目では終えぬ高速移動。
足の肉と骨と血の軌跡を背後に残しながら、私はたった一歩でララガガルドの眼前へと移動をした。
ララガガルドは一瞬、状況が飲み込めていない様子であった。だが、いきなり目の前に現れた私に対して、反射的に右手の注射器を正確に振り抜いたのだ。
しかし私は、これを予期していた。彼の注射器に意識を集中させていたからだ。結果、なんとか左手の爪で注射器を弾き、遠くへと飛ばすことに成功する。
注射器に対処されるとは思わなかったのか、ララガガルドの動きがコンマ数秒停止する。その隙を逃す私とゲトガーではない。
私は右手の爪の先を、ララガガルドの胸に向かって構える。ララガガルドが空いている左手でなにかをしようとしているが、構わない。先に殺すのは、こちらだ。
躊躇いなく、ララガガルドの腹に爪を突き立てた。それは存外と簡単に彼の腹の肉の中に潜り込み、貫通した。
ララガガルドが顔と腹から体液を噴出しながら動きを止めた。腹から右腕を引っこ抜くと。
「……なん、だ。あな、た。肉体の方も、魅力的じゃないです、か」
「いっぱい食べたからね。成長期なんだよ」
「そう、ですか」
掠れた声を発しながら、ララガガルドはその場に倒れ込んだ。彼の血肉が、道路の上に広がっていく。
「勝っ……たんだね」
「ああ」
二人して呟いたあと、私は電源が落ちたかのようにその場に倒れ込んだ。
全身に力が入らない。かろうじて動かすことのできた目で自分の手足を見る。無理な動きにより、両足首から先は消失していた。両手はどちらも真ん中でぱっくりと割れ、皮一枚でなんとか繋がっているような状態だ。
あ。これはさすがに死ぬんじゃ。回復もできないし。
そういえば、委員長と椎名さんはどうなっただろう。そう思い、山の方に視線をやったのだが。
ぬらりと。視界の端でなにかが揺らめいたのが見えた。
私の心臓が、嫌な高鳴り方を始める。血と汗が混じった液体が、絶えず体から溢れ出す。
黒目を可動域限界まで動かして、なにが起きているのかを確認する。
するとそこには。
……腹から臓物と血を撒き散らしながらも、なんとか立ち上がったララガガルドの姿があった。
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