第23話 魔法少女ルーちゃんの日常。と、その崩壊。 ③
放課後になると、セイナはすぐに席を立った。第二校舎裏に向かったのであろう。私は少しだけ時間をおいてから、彼女のあとを追った。
階段を降り、渡り廊下を歩く。喧騒。授業が終わって自由になった生徒たちの自由を賛美するかのような歌。
私も早くセイナとの話を終わらせて、お菓子でも買って帰って家で魔法少女アニメでも見たい。
……なにごともなく家に帰ることができたら、の話だけれど。
第二校舎は、理科の実験や家庭科の調理等、特別な授業の際に使用されるため、今は人がほとんどいないはず。放課後となると、尚更だ。
そんな第二校舎の裏側。陽も差さず、陰気臭いその場所にセイナは立っていた。
「だから私はやめろって言ったのに……」
セイナは俯いていて、その顔色を窺うことはできなかった。しかし、彼女の声色は悲しみと怒りが混ざったような、複雑な表情をしていた。
私の足音に気が付いた様子のセイナが、顔を上げた。今までのは独り言だったようだ。わお。
「ルー。体は改造してもらえた?」
セイナが、馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「もらえたよん」
右腕だけ。
「そ」
私の返答を冗談だと思ったのか、セイナは真面目に取り合おうとしなかった。
さて、なにから訊けばいいやらと頭を悩ませていると。
「私は盟約者じゃないから」
セイナが口火を切ってくれた。
しかし、いきなり盟約者じゃないと言われても、そう簡単に信用することはできない。
「セイナは誰が盟約者か知ってるの?」
揺さぶりをかけるようにそう言ってみると、セイナは怪訝な顔をしてこちらを向いていた。
「……盟約者はルーじゃないの?」
どういうことだろう? 私は、セイナの言っている意味を理解することができなかった。
セイナは、私のことを盟約者だと思っている? であるならば、やはり彼女は盟約者ではないのか?
「ルー。エイリアンは実在したの?
セイナが怒声をあげる。こんな場所だから誰も寄ってこないとは思うが、一応周りに
セイナは、かなり興奮している。私は、彼女が落ち着くのを待ってからこう切り出した。
「落ち着いて、セイナ。私は盟約者じゃない」
って、言葉だけではなんの信用も得られないか。やはりというか、セイナに睨まれてしまった。とほほ。
「とりあえず、セイナの知っていることを教えてくれない?」
セイナは、なにか私にぶつけたい言葉があるのをぐっと我慢した様子で。
「わかった」
と言ってくれた。そうしてセイナは一度大きく息を吐き出してから、ゆっくりと語り出す。
「猫子は、日夜エイリアンとの交信を試みていたの。初めは私も馬鹿にしていたけど、彼女の熱量に押されて、いつの間にか私も猫子の交信を手伝うようになっていった」
ネットや本に載っていた方法を片端から試していったが、交信は上手くいったことがなかったと、セイナは語ってくれた。
「ある日猫子は、もっと詳しい人に聞いてみると言って、エイリアンオタクのオフ会に参加したらしいの。そこで出会ったのが、春木っていう博士」
「博士……」
ここで春木博士の名前が飛び出すとは思ってもみなかった。
そういえば、博士と椎名さんが話していたのを覚えている。博士は一度、オフ会で委員長に会ったことがあるとかないとか。
「猫子は、その時に博士から教えてもらった方法を試したらしいの。すると」
そこでセイナは言葉を切って、少し溜めを作ってから言い放つ。
「彼女は、初めてエイリアンとの交信に成功したの」
私は、セイナの言葉を何度も頭で反芻する。
「猫子は、博士にそそのかされた。エイリアンに会いたいという気持ちを利用させられたの。盟約者は……盟約を結んだのは、きっと博士よ」
博士が盟約者? 委員長ではなくて? 博士と委員長は裏で協力をしていた?
二人ともエイリアン好きで面識もあるのならありえない話ではないだろうが、なにかがひっかかる。
博士ではなく委員長が盟約者だとしても、既に彼女は死んだ。ルドヴィグに体を乗っ取られて。
しかし、盟約者である委員長をルドヴィグが殺すであろうか。
そもそも、ゲトガーとルドヴィグに盟約者の存在が知らされていないのはどうしてなのだろう。
彼らが誤って盟約者を殺したり寄生したりしてしまうと、盟約破棄まであと一歩となってしまう。それは、侵略を狙うエイリアン側としては避けたいのではなかろうか。
盟約者は絶対に死なないような場所にいる存在なのか。それとも、本当はゲトガーもルドヴィグも地球の盟約者の存在を知っていたのだろうか。今更、ゲトガーが嘘をつくとも思えないけど……。
ない頭をフル回転させていると、脳がショートしそうになってくる。
ああ、駄目だ。難しいことは私には考えられない。
とりあえずは、まあ。
……怪しいやつは全員殺していけばいいってことだよね?
「……顔怖いよ? ルー」
セイナが、引きつった笑みを浮かべていた。
ゲトガーは、セイナの前ということもあり終始無言だったが、彼がなにかを考えているということはなんとなく漂う雰囲気で伝わった。
(――俺には知らされていなかったが、ルドヴィグには盟約者の存在が知らされていた? それか、やつだけなんらかの理由で地球の盟約者の存在を知っていたか、あるいは、あいつ……)
「キナ臭くなってきやがったな」
私は、思わず自分の首を両手で押さえた。急に、ゲトガーが小声で呟いたからだ。幸い、セイナには聞こえなかったようだけれども。
「とりあえず。セイナは盟約者の意味は知ってるけど、誰かまでは知らないんだね」
「うん。私は、最初は猫子だと思ってた。猫子とルーが二人ともUFOをおいかけていったことを知っていたからさ。ルーだけ戻ってきたから君が盟約者だと思っちゃったの」
だから私は疑われていたのか。
「ねぇ、ルー。猫子は無事なの? 昨日なにがあったの? あなたもなにか関係してるんでしょ、ルー」
セイナが、涙目で私に詰め寄る。私は、昨日起きたことを全て話してあげたい衝動に駆られたが、まさかそんなことができるはずもない。
校舎裏に染み込む静寂。
私が黙っていると、セイナはぽつりとこう言った。
「私、昨日、猫子にこう言われたの。放課後あたりにUFOが見えるから、それとなくルーに教えてみてって」
「……え?」
確かに、昨日UFOの存在にいちはやく気が付いたのは私ではなくセイナだが、どうしてそこで、委員長の口から私の名前が飛び出したのだろう。
「それ以外に、委員長はなにか言ってた?」
「ええっと……。UFOの存在を教えるだけでいいって。そうすると、
「そう、なんだ」
間接的に私をエイリアンと遭遇させたのは、委員長。そして、彼女は春木博士と面識がある。そんな私たちをつけていたのは椎名さんだ。
プリンみたいにひ弱な私の頭の中で、とある結論がぼんやりとした形として浮かび上がってくる。
もしかすると今回の事件は、最初から博士たちの手によって仕組まれていたことなのだろうか。委員長は、それに巻き込まれていたか、利用されたのか?
……となると、盟約者は博士ってことにならないか?
「……チっ。やはりあのガキみたいな女が裏で動いてんのか?」
と。包帯の下で、ゲトガーが小さく舌打ちをした。彼も、私と似たような考えをしているのかもしれない。
しかし、盟約者が誰であろうと、博士たちがなにを企んでいようと、私を事件に巻き込もうとした理由がわからない。
あ、まさか。ルーちゃんが、頭がやばいと巷で評判のちょっとした有名人だからかな? たはは。
もしかすると、私はなにかの計画に利用されようとしているのかもしれない。利用される過程でエイリアンと戦い、彼らを食べて魔法少女に近づけるならいいのだが、そうでない場合は非常に困る。
そうでない場合、それは、私が死ぬような目にあったり、人体実験をされて魔法少女から遠ざかるようなことがあったりした場合だ。そのとき、私はどうすればいい?
うーんと。えーっと。
そんな時は、とにかく。
……
ぼけっとした顔で黙っている私をみかねて、セイナが声をかけてきた。
「私の知っていることは、これくらい。私は、何度も猫子をとめたんだよ? 交信を試しているときも、オフ会に行こうとしたときも、UFOをおいかけてエイリアンに会ってくるって言ったときも。……絶対に危険だから、やめてって……言ったのに」
言葉の後半は、セイナの涙に滲んで聞き取りづらかった。
「ルーのことは、私、あんまりよく知らないし、猫子に言われたからとはいえ、UFOの存在をあなたに教えたのは私だからさ。あんまり強くは言えないけれど……」
制服の袖で顔を拭うセイナ。彼女の髪と顔は、赤らんでぐちゃぐちゃになっていた。
「死にたくなかったらもう変なことに首突っ込むのやめたら?」
涙を空中に残して、セイナはどこかへと去っていってしまった。
「そう、だね」
セイナがいなくなった空間で、一人呟く私。
でもね。そういうわけにもいかないんだよ、セイナ。
魔法少女になるためなら、私は。
……命なんて簡単にかけられる。
「さっきの話どう思った? ゲトガー」
私なんかよりも数倍頭の回転がはやい、ゲトガーの意見を聞いておきたい。
「これからは、なにも信じるな。全員を敵だと思え」
「そこには、ゲトガーも含まれてるの?」
「あ?」
黙考したあと、包帯の下のゲトガーが囁く。
「……あぁ。好きにしろ。信じたければ信じりゃいい」
「うん」
信じるよ。
「ゲトガーは、私のことを味方だと思ってくれてるの?」
「味方、というか。お前は」
「うん?」
ゲトガーはなんだか言葉を選んでいる様子だ。首にそんな気配があった。しばらくして、ゲトガーは。
「敵味方全部ぶっ壊す、ジョーカーだろ」
「……」
なにも言い返せない私なのだった。
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