第18話「かなりの面食いなので」

「しまった、洋服って嵩張かさばるね」

「大丈夫ですか? 私が持ちますよ」


小柄な彼女が大きな紙袋を引っ提げている。それがまた可愛らしくて、涌村千里わくむらちさとは笑いながら彼女の方へ腕を伸ばした。


「次はどこかでテイクアウトして公園のベンチでおやつ」

「うふふ、分かりましたよ、怜奈れいなさんがどの漫画を参考にしているのか」

「そりゃあ千里ちゃんから借りた漫画だし」


ツン、と彼女は素っ気ない。

確か、市河怜奈いちかわれいなは甘いものが好きだったはずだ。ここは千里の腕の見せ所。大学1年生の頃に遊び呆け、ここ繁華街の地理はかなり詳しい。とっておきのおすすめスイーツ店に彼女を案内しよう。


「洋菓子と和菓子どっちがいいですかぁ?」

「んー……千里ちゃんが好きな方で」


ブティックの店を出て10分弱歩き、お目当ての和菓子屋に訪れた。さすが人気店。休日のお昼過ぎ、たくさんの人たちが押し寄せており、テイクアウトするにも15分ほど並んだ。


「怜奈さんはお団子系なんですね」

「千里ちゃんと交換しやすいかなって」

「ヘあ!?」


素っ頓狂な声に道行く人々が振り返る。

両手で口元を押さえつつ、涌村千里は大きな目をさらに大きくしてまじまじと市河怜奈を観察した。呆れた様子の彼女は「漫画だとそうしていたから」とため息をつきつつ短く返す。


「じゃ、食べよっか」


公園のベンチにふたり腰掛ける。

暑過ぎず丁度いいピクニック日和で、まるで天がこのデートを歓迎しているかのように思えた。市河怜奈が紙袋からお団子を取り出し、千里にひとつ手渡す。

串に刺さった色とりどりの団子は、みたらし、きな粉、黒蜜と三種類。千里は目を輝かせながら苺大福を手に持った。


「はい、怜奈さん、苺大福どうぞ!」


大福を半分にちぎって差し出すと、彼女は代わりにお団子を一本渡す。

千里はみたらし団子にかぶりつき、甘じょっぱいタレが口の中で広がると頬を緩ませた。怜奈は苺大福を小さくかじり、ふわっとした生地と甘酸っぱい苺のハーモニーに目を細める。


「きな粉は怜奈さん食べてください」

「ありがと」


団子を差し出すと、市河怜奈は小さく口を開けて団子にパクりと噛みついた。


「あ、怜奈さん」


唇の端についたきな粉を指でそっと拭う。


「ん」


彼女はもう一度、千里がなぞった部分と同じところを指で拭った。

さらりと風が吹き、怜奈の綺麗な黒髪が揺れる。美しく艶やかな黒髪は風を受けても形を崩さず、また怜奈の横顔を包み隠してしまった。


「……怜奈さんは、どういうデートが好きですか」

「家でのんびりしたいな。まあ今日は実験だからノーカン」

「そう、ですか」


今日一日、こんなデートができるなんて奇跡のように思えた。


「怜奈さんは、今までどんな恋愛をしてきましたか」

「んー高校入って初めて付き合ったのがじゅんちゃんで……そこからこっちに引っ越してきて」


じゅんちゃん。

市河怜奈が好きだと言った、彼女の恋人だった人。

写真だけでも分かる恐ろしいほどに整った顔立ちの女性だった。


「……そのあとの子には、申し訳ないことをしたなあ」


怜奈は苦い顔をした。


「あとはちらほら男と付き合ってきたよ。そこら辺からはもう、自分に恋愛は必要ないっていう時期だった」

「……そう、ですか」

「ふは、だから聞かない方がいいって言ったじゃんか」


千里の表情を覗き、市河怜奈はケラケラと笑った。


「千里ちゃんは?」


市河怜奈はこちらを覗き込んで、そう問いかけた。涌村千里は思わず固まった。


「はは、何固まってんの」

「……だ、だって! 急に怜奈さんに近づかれたら誰だってきっと」

「私のせいにしないでよね」


こんなに美しい人に覗き込まれて、平然としていられる人はいるのだろうか。


「で、千里ちゃんはどんな恋愛をしてきたの?」

「私は、今まで誰とも付き合ったことはなくて……その、経験という経験は全く」

「ふーん、恋愛への情熱は人一倍高そうだけどね」


彼女はゆっくりとお茶を飲む。


「私は……好きになった人には真っ直ぐに想いを伝えるようにしています。まあ私、かなりの面食いなのであまりそういった人には出会えませんけど」

「へえ、それで私を選んだんだ」


市河怜奈はにこりと口角を上げる。口にしたことはないが、彼女だって自分の美貌には少なからず自覚があるようだった。それは当然か、こんな容姿に恵まれ、他人の評価が耳に入らないわけがない。


「でも、怜奈さんのこと、出会った時よりもっともっと好きになっています」


隣に腰掛ける彼女の手を取る。

両手で彼女の手のひらを包み込み、彼女の目力に負けないようにと必死に市河怜奈の顔を見つめる。視線が交錯し、千里は思わず息を呑んだ。


「……それはどうして?」

「私は、怜奈さんの生き方も好きだからです」


ひとりで自由に生きる彼女が好きだ。

何にも縛られず、自分だけの足で立ち、この世界を愛している市河怜奈が好きなのだ。

ひとりでいることに抵抗がなく、人目も気にせず自分の世界で生きている。自分の心に正直に生きる彼女の心持ちは千里が憧れる生き方でもある。


「毎日、好きになっています」

「あはは、大袈裟」

「いつか怜奈さんにこの想いが伝わったらいいなって、私はいつも思っています」


陽射しが柔らかくふたりを包み、風がそよぐたびに桜の木の葉が揺れる。こんなささやかな瞬間が、こんなにも温かく胸を満たすなんて、千里は思わず目を閉じて幸せを噛みしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る