英雄

αβーアルファベーター

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第一部 天才と凡人


◇◆◇


人々は言った――彼は天才だと。


この世界において、魔力は強さの象徴であり、

生まれながらの資質こそが人の価値を決める。


その中で現れた青年、アレス。

彼は特殊スキル【魔源無限】を持っていた。

魔力を消費し尽くすことのないその異能は、歴史上前例のない、

まさしく最強と呼ぶにふさわしい力。


アレスは王立アカデミーにて、わずか数年で数々の偉業を打ち立て、

世界最高峰の組織――王都公立エメルド魔法騎士団からスカウトを受けた。

人類の希望。未来の象徴。まさしく英雄と呼ばれる存在となった。


一方で、俺は凡人だった。

ようやくアカデミーを卒業できたものの、

特殊スキルなど一つも持たず、落ちこぼれと蔑まれながら過ごしてきた。


――天才と凡人。

その差は、絶望そのもののように思えた。


---

第二部 天才と秀才


◇◆◇


俺は諦めなかった。


夜を徹して魔導書を読み漁り、魔術を磨き、

呪文を失敗しては何度も身体を焼き尽くした。

それでも続けた。


凡人には凡人にしかできないことがあると信じたからだ。


五年の歳月が過ぎ、俺はようやく「一級魔導士」の称号を得た。

人々は俺を見てこう言った。


「君は秀才だ」


……その瞬間、胸に深い影が差した。

努力の果てに掴んだ栄光でさえ、天才には届かない。

アレスと俺の差は、決して埋まらない溝であると、痛烈に思い知らされた。


そのとき――王国を揺るがす衝撃的な事件が起きた。


---


第三部 魔族侵攻


◇◆◇


魔族。

人類にとって永遠の脅威。


王国は長らく彼らの侵攻を防ぐため、

血の滲むような努力で築き上げた防衛網を誇っていた。

だが、ある日突然、その情報が漏洩した。


前線は各地で崩壊し、要塞は陥落し、死者の数は数万を超えた。


王都ラグナリスを統治する王族、リオ・ラグナリスは言った。

「裏切り者がいる。人類の中に……」


そして、その混乱を収めるために白羽の矢が立ったのは――英雄アレス。

王国最大の組織、エメルド魔法騎士団の団長に任命された彼だった。


だがその時、民衆の間でささやかれた噂は恐ろしいものだった。

「裏切り者は、アレスなのではないか」


――そして、その噂は彼自身の耳に届いた。


---


第四部 テンサイ


◇◆◇


アレスは人類の救いだった。

幾多の危機を救い、騎士団を率い、英雄と讃えられた。


だが――その彼が、民衆の前でこう告げたのだ。


「一部の方々が言う通り……王国の防衛情報を魔族に流したのは、私です」


人々は絶望に沈んだ。

泣き叫ぶ声が街に響き渡り、信じていた者たちはその場に崩れ落ちた。


それでもアレスは、揺るぎない声で続けた。


「だから提案します。この王国を、私と魔族に明け渡せ。

 そうすればこの地を“魔都”として栄えさせよう。

 答えは――12月31日、聞かせてもらいます」


その言葉を最後に、彼は闇に消えた。


――天才は、今や天災となった。


---


第五部 王国崩壊


◇◆◇


その日を境に、王国は地獄と化した。


英雄を失った民衆は、絶望に飲まれた。

「信じていた者に裏切られた」という感情は、希望を殺す毒だった。


暴動が起き、互いに憎み合い、王国は内乱寸前となる。

同時に、魔族の侵攻は苛烈さを増し、防衛線は次々と崩れていった。


もはや誰も信じることはできず、誰も未来を語ろうとはしなかった。


その中で、俺は一人叫んだ。

「アレスは裏切っていない! あれは彼自身の意思じゃない!」


だが、人々は冷笑した。

「まだ夢を見ているのか」「愚か者」――そう吐き捨てられた。


それでも俺は信じた。

彼は俺の憧れであり、救いだったのだから。


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第六部 孤独の修練


◇◆◇


俺は孤独に荒野へ出た。

人々に拒絶され、ただ一人、魔族の徘徊する大地に身を投じた。


倒れても立ち上がり、血を吐きながら呪文を刻み、魔力を高める。

凡人だからこそ積み重ねられると信じて。


だが、孤独は心を削った。

正気を失いかけたその時、数少ない仲間が現れた。


「お前を信じる。アレスはきっと……まだ戻れる」


その言葉に、俺は再び立ち上がることができた。

共に戦った仲間は次々と倒れ、

命を散らしていったが――その犠牲が俺の覚悟を強くした。


---


第七部 魔王の真実


◇◆◇


戦いの果てに、俺は真実を掴んだ。


アレスは裏切ったのではない。

彼の肉体は――魔王に乗っ取られていたのだ。


夢の中で、かすかな声を聞いた。

「……助けてくれ」


その時、俺は決意した。

必ずアレスを救う。

たとえこの命を賭しても。


---


第八部 決戦前夜


◇◆◇


12月31日。

魔王が回答を聞きに来ると言った日が迫る。


王都は炎に包まれ、崩壊寸前。

王国の全軍は瓦解し、民衆は涙に暮れながら最後の希望を俺に託した。


「凡人でもいい。秀才でもいい。だが――俺は努力の天才だ」


俺は杖を握りしめ、決戦の地へ向かった。

相手は憧れであり、英雄であり、そして天災となった男。


---


終章 英雄


◇◆◇


決戦の日――十二月三十一日。


雪が舞い降りる荒野に、漆黒の城が浮かぶように出現していた。

それは魔王が顕現した証であり、王国最後の砦を飲み込もうとする巨大な影だった。


その前に立つのは、一人の男。

魔族の王にして、人類最大の脅威――だがその肉体は、かつて人類の英雄と讃えられたアレスのものだった。


「……来たか」

アレスの声が響いた。

低く、冷たい。しかしその奥底に、かすかな震えを俺は感じた。


「アレス!」

俺は叫ぶ。

「お前は裏切ってなんかいない! お前を取り戻すために、ここまで来たんだ!」


魔王は嗤った。

「滑稽だな、凡人よ。貴様がどれだけ足掻こうとも、この肉体も心も、すでに我がものだ」


その瞬間、魔王の魔力が荒野を薙ぎ払った。

雪が蒸発し、大地が裂け、空が黒く染まる。

圧倒的な力。世界を滅ぼすに足る絶望そのものだった。


俺は杖を握りしめ、魔力を解き放つ。

だが、何度撃ち込んでも力はかき消され、傷は癒え、絶望だけが広がっていく。


「やはり……俺では、届かないのか」


その時、聞こえた。

――助けてくれ。

胸の奥に直接響いた声。

それは、魔王の奥底に閉じ込められたアレスの叫びだった。


「……わかってる! 絶対に、お前を助ける!」


俺は己の全てを注ぎ込んだ。

これまでの努力、積み重ねてきた日々、流した血と涙。

その全てが渦を巻き、俺の魂を震わせる。


眩い光が身体を包み込む。

脳裏に響いたのは、新たなる言葉。


――特殊スキル【努力の天才】覚醒。


凡人として蔑まれ、秀才と呼ばれ、それでも歩みを止めなかった俺だけが辿り着ける場所。

積み上げた努力は、今この時、奇跡に変わった。


「これが……俺の力だッ!」


光と闇が激突する。

大地は崩壊し、天は裂け、魔力の奔流が荒野を呑み込む。

アレスの剣が俺の胸を貫き、俺の杖が彼の心臓を撃ち抜いた。


――相討ち。


血を吐き、崩れ落ちる視界の中で、魔王の影が霧散していくのが見えた。

そして、倒れ込んだアレスの瞳に、わずかな光が戻る。


「……俺を、救ったのか」

「当たり前だろ……お前は、俺の……憧れだからな」


アレスはかすかに笑った。

かつて英雄と呼ばれた頃の、優しい笑顔だった。


「すまない……そして、ありがとう。人類を……託す」


その言葉を最後に、彼の瞳は閉じられた。

だが魔王は滅び、王国を覆っていた闇は晴れていった。


倒れた俺の耳に、人々の歓声が遠く響いた。

雪の舞う空の下、誰かが泣きながら叫んでいた。


「英雄だ! 彼が人類を救ったんだ!」


……俺は英雄ではない。

俺はただ、努力を積み重ねた凡人にすぎない。

だがその努力が、最後に奇跡を生んだのだ。


アレスは天才だった。

俺は努力の天才だった。


――そして、この物語は永遠に語り継がれる。

人類を救った二人の英雄の名と共に。


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