お兄様は私のものだ、誰にも渡さない

安威ソウジ

第一章 私のお兄様

第1話醜聞

 真紅のカーペットが重い赤を吸って暗紅色に染まる。サーベルを持つお父様の息は荒い。ぼろぼろと涙を流しながらも、その目は血走っている。


 倒れているのは正妻である私のお母様と愛人であるお兄様のお母様。どちらも胸を突き刺されて血の海に沈んでいる。


「ずっと…ずっと俺を馬鹿にして陰で笑ってたのか…!?メッサーナ!アイシャ!!」


 父様は元王族の公爵で、王家のたねを孕まんと、両母上は頑張った。頑張ったがいつまで経っても子が出来ない。


 石女うまずめめ!とののしられながらも頑張ったお母様方はついにある計画を実行した。お父様に容姿が似て、髪や目の色が同じの男との子を作ったのだ。愛人がまず第一子の男の子を。正妻がそれに続いて第二子の女の子を。


 そう、種がなかったのは父上の方だったのだ。成人してから重い病で高熱を出したのが原因だと、お母様方は医師から聞いていた。それでも孕めというのなら仕方がなかった事だろう。


 父は荒い呼吸を繰り返しながら、ギラリと次の標的――お兄様を睨む。お兄様はビクッと震えたが、恐怖で足がすくんでいるようだ。


「お前も――」

「らめぇえええええ!!」


 3歳の私が、4つの兄を押し倒して転がる。背に切り傷が出来たのは解ったが、致命傷ではない。

「おにーたまはきゃんけーない。おとなのちゅごーでころちゅな!そんなにじぇんぶこわちたいなら、おみゃえがちね!!」


 目の前が赤く光る。氷の槍のようなものが父に降り注いでその命を奪ったのが解った。そんな技が使えるなんて思っても見なかったが、殺らなければ、殺られていた。


「おにーたまはあたちがまもる…!」

「ありる、せなかが…」

 ぽろりと涙を零しながら兄の目が青く光る。すうっと切り傷が消えていくのが解った。痛くない。


 アリルメイフィール・メイルド・ヴァン・クロス=ランドオルスト――私には前世の記憶があった。


 この世界じゃない、科学の発展した、地球という星で55才で事故死した主婦の記憶が。


 一足遅く、父の兄が訪れる。惨状を見て、目元を強く押さえる。使用人の顔は強張り、事情を見ていたものも口を噤む。


「……お前には種がないかも知れないと、何度も言っただろう…愚か者め…」


 そのまま死体を検分していたが、奥方がどちらもサーベルの傷で死んでいるのに、そのサーベルを持った父オルストーニは氷の槍で死んでいる事に気付いたようだ。


「氷…?何処から……お前か?王家の血も継がず、マギの力を持つのか…その力は有用だ」

「ちがう。ぼくはいたいのなおしただけ。こおりはありる」

「痛いのを治した…?」


 父の兄――ヘクトラスルード・ネレイド・ヴィス・オスト=ヘルドテルディは、私の背を見て、布が破れて血痕があるのに、傷がない事に気付く。


「お前はセイクリッドの力が?――王家の血も引かない子供2人に王家でも稀な力が宿るとは面白い…家の子供達は王家のたねってしても現れなかったというのに。いいだろう…私が後ろ盾になってやる。暫くは代理当主を立てるがのさばらせはさせん。成人と共にお前が当主となり、妹と共にこの家を盛り立てろ。家の子に手出しせん限りはお前達へ手を貸してやる」


 お兄様は首を傾げた。小さい子にそんな言い方があるか。解るわけがない。それとも言っている意味が解らないまま頷かせようと思っているだけか。


「てはかちてもらう。うちろだてもちてもらう。でゃいりとーちゅだいりとうしゅやちんやしんのないものをえりゃべ。ちゅまつまをめとらしぇるな。おおきなきゃおかおをしゅるよーになりゅ。とーちゅのしぇきはおにーたまのもにょだ」


「…お前、言っている意味が解るのか。とんだ麒麟児きりんじだ…いいだろう。代理当主には妻をめとらせない。当主の任を離れて初めてめとらせるようにしよう。…いっそお前が当主の方がいいのかも知れんな」

「とーちゅはおにーたまだ!」


 何度も自分の事が話されているのだけは解るのか、私とヘクトの顔を何度も交互に見ながらも、理解できずに泣きそうなお兄様。もうちょっと待ってて。絶対こいつの良い様にはさせない。お兄様が全部持って行くように交渉するから。


「それだけ頭が回っても兄に当主を譲るのか…。まあいい。考えが変わったなら俺に言え。月に1度は様子を見に来てやる」


「…しょのしゃいそのさいに、だいりとーしゅがうちのじゃいげんざいげんしふきゅしふくをこやしゃないようにきゃくにんしりょかくにんしろ


 ヘクトは目を丸くし、笑い始めた。

「…っくく、いいだろう!こんなに面白いものを見せて貰った礼だ。金の流れも把握しておいてやろう」

 コツコツと歩み寄ってきたヘクトは、私とお兄様の頭を撫でる。


「見ておいてはやるが、簡単に暗殺されたりしないでくれよ。面白くない」

「…おにーたまはあたちがちっかりまもりゅ」


「…お前、愛されてるな、妹に。大きくなったら報いてやれよ。では…ラン、キイ、この場を綺麗にし、3人は病死と公表しろ。流石に醜聞しゅうぶんが過ぎる。後は優秀な教育係を手配しろ。2人分だ。迅速にな」

「「はっ」」


 名を呼ばれた瞬間に現れた2人に驚いて、兄を抱き締めてしまう。兄はおずおずと抱き返してくれた。そして今頃になって父母を喪った事に気付いたのか、私をぎゅう、と抱き締めて泣き始めた。


「兄は普通の子だな。お前は泣いたりしないのか。この現状で」

 五月蝿い。泣きたいに決まってる。だが、私まで泣いてたら誰がこの可愛くて可哀想なお兄様を守るというんだ。


「じたいがおちちゅくおちつくまで、あたちはにゃかにゃいなかない


 子供の体だけあって、こらえが利かない。言いながらもぼろりと涙が零れた。失態だ。この男に隙なんて見せたくないのに。その気になれば家を合併して飲み込んでしまえるこの男には。

 案の定、男は私の目元を拭って笑った。


「泣いてるじゃないか」

にゃいてにゃいないてないきょれこれはみじゅ!」

「水か。そうか。面白いなお前は」


 くつくつと響く男の笑い声が不快だ。


「わりゃうな!!」

「兄は凡庸だが、お前は面白い。気に入った。入用になったものがあれば代理当主ごしに私に伝えろ。準備してやる」

「……ありがちょう。らんときいみたいなちとがあたちもほちい」


 男は何が面白いのか更に笑う。

「一応礼も言えたのか。いやいやどういたしまして、小さな姫君。ふむ、影か。いいだろう。1人だけだが、腕のいいのに心当たりがある。今日中に手配してやろう。君が大きくなったらどんな子に育つか今から凄く楽しみだ」


 まだ泣いているお兄様をよしよしと頭を撫でてあやす。仲の良くなかったお母様達の確執に巻き込まれそうな私をいつも手を引いて連れ出して守ってくれたお兄様。お兄様が居なければ私もお兄様も今頃毒殺されている。お兄様はそういう危機感知能力がある。今までどれだけ助けられて来た事か。今度は私が守る番だ。


 その日のうちに、サイという影が私についた。まだ少年だ。こんな若年で本当に仕事がこなせるのだろうか。胡散臭うさんくさそうな顔で私を観察していたが、「あたちがおみゃえおまえありゅじあるじだ。しょのぶりぇいぶれいなめでみることはゆるしゃない」と言うと、虚を突かれたような顔になり、やがてヘクトと同じように笑い出した。


「了解。指示出しはしてくれそうで安心したぜ。まあ、基本は警護だと思ってるけどよ」


 言葉遣いにも文句があったが、これはおいおい直していく事にする。今日は色々あり過ぎた。明後日にはは葬儀だ。うちの家督を狙った親戚がうようよと跋扈ばっこする事だろう。その辺りの牽制けんせいはある程度ヘクトがしてくれると信じている。



 葬儀の日、案の定私やお兄様を引き取るから家の事は任せろと言う親戚がわんさか居た。一応葬儀なんだぞ。鎮魂の祈りはどうした。いためよ!私達に関わってる場合じゃないだろう。喪主はヘクトが引き受けてくれた。私達の家には兄が成人するまで代理当主が就く事も強調して説明してくれ、親戚一同は鼻白んだ顔つきになる。


 ただ。父はあまり商売が上手い方ではなく、そこそこの収入はきちんと見込めるのだが、私としてはいささか物足りない。兄を守りつつ、勉強もしつつ、何か商売の種がないか、私は前世の知識に頼って見る事にしようかと思った。とはいえ3歳児だ。もう少し大きくならないと流石に不自然だろうか…。


 葬儀が終わり、親戚に囲まれる前に、兄の手を引いてヘクトの傍に行く。こちらに寄ろうとした親戚達の足が止まる。やはりヘクトの立場は大きい。父もそうだったが、王弟にあたるのだ。目を逸らしてしぶしぶ帰途に着く親戚共。


 家に戻ると、代理当主が既に着いていた。私とお兄様を見ると、あからさまに馬鹿にしたような目で見下してくる。私はヘクトの人選が信じられなくなった。

 侍女に葬儀の衣装から普段着のドレスに着替えさせて貰い、私は執務室へ行く。


「おや、お嬢様。こんな所にどうしたんです?玩具は子供部屋にしか置いてありませんよ」

 含み笑いをするこいつをどうにかせねばならない。舐められたら終わりだ。


「さい、しおけ」

「あいよ」


 すっと影が現れるが、そちらも少年であった為か、まだ舐めた目をしたままの代理当主に呆れる。自分の立場が解っていない。何故こんな愚物ぐぶつを寄越してきたのだろうか。愚物ぐぶつ過ぎて操りたい放題だろうという意図がちょっと透けて見える気もする。素直に誠実な人物を寄越してくれればそれで良かったのに!


 命じられたサイは代理当主――エッケンベル・シスト・マルデローニの座ってた椅子を引き抜き、尻餅をついたエッケンの腹を踏みにじる。


「お嬢様はアンタが舐め腐った発言と態度を取る事に御立腹のようだ。謝罪しろ」

 足の下、エッケンは抜け出そうともがいている。


「何を馬鹿な!子供には子供の、大人には大人の領分というものが――」

「あたちはきょどもこどもであるみゃえまえに、じきとうちゅのおにーたまのほさだ。ちょうぼをみしぇろみせろ

「お嬢様が見て解るようなものじゃ…イタタタタ!」


 ぐりぐりと踏みにじられて、だんだん汗を掻くエッケン。

 まあ帳簿の場所と言われても、引継ぎが有ったわけでなし、着いたばかりのコイツも把握していないだろうと踏んで、私は重要そうな書類が仕舞われているだろうデスクチェストを開く。


 どうせ見たって解らないだろう、という顔をしたエッケンは放置する。基本は農民は小麦とじゃがいもなどを栽培しているが、半数程の農地で、ビートを植えている事が解った。薄甘くて腹にも溜まる、という理由で家庭で食べるじゃが芋代わりに植えているようだ。寒冷地に固まっている事から寒冷地用のじゃがいもと同じく寒さに強いのだろう。砂糖が作れる。砂糖は高級品の代名詞みたいなものだ。我が国では輸入に頼っていたと思う。必要書類を覗いて他を仕舞った私は、エッケンに言う。


「びーちょから、しゃとうを作らせろ」

「これだから子供は…確かにビートは少し薄甘いですけど、砂糖とは程遠い味ですよ!」

「ちゅくりかたをかく。のうかのもにょにちゅたえよ。さいはおなじきゅおなじくめみょメモをとって、とっちょとっきょしんしぇいしんせいしろ」


 前世は料理の先生をやっていた私は、興味本位でビートから砂糖を作った事がある。精製まではしていなかったが、素朴で美味しい砂糖だった。流通させても問題あるまい。


 上手く動かないちっちゃい手で、なるべく丁寧に文字を書く。子供の頭は柔らかいので文字を覚えるのが凄く簡単だった。サイはそれを書き写すと私の名前で特許とっきょを取るべく役所へ向かった。


もっちょもっとびーとをうえて、しょのしぇいほうせいほうしゃとうさとうちゅくってつくってうる。わがりょーのとくしゃんぶちゅとくさんぶつにしゅる」


 戻ってきたサイに、私のメモを持たせ、ビートを栽培している農家へ行き、砂糖を作るよう促す。そしてビートの作付面積を全ての農家で一定以上の割合で行うよう領主からの執行命令としてその旨を書類に書き、領主の判を押す。


 我が家はそれなりに豊かではあるが、農民全てが裕福なほど潤っていないのだ。中には天災などで食うに困るほど備蓄が足りていない村もある。そういうところからどうにかして行きたいと思った。


 私の中で「使えない」と認識された領主代理だが、最低限の事くらいはやってくれるだろう。だが、私や兄の手柄を横取りするような真似は許さない。サイにはそういう面で動いて貰う事が多くなりそうだ。

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