第39話 事前準備はしっかりと
《side ザッコ》
1) 事前準備—遊宴館に仕掛けた罠と運用
遊宴館の床下は、もう蜂の巣だ。俺は五人を連れて最終説明に入った。
「いいか、罠は倒すためじゃない。止めるためと知らせるためだ。殺しは最後の一手で足りる」
梁に張った白墨の線を指で叩く。
「リナ、フロア長はお前だ。客導線を切り替える係。赤紐を二回引けば通路閉鎖、三回なら撤収。犬耳で風の流れを読む。焦げ臭さ、金属の軋み、汗の塩…全部、合図だ」
「了解ですワン」
今回、俺は彼らに自らが戦うことだけでなく、罠を仕掛ける方法を伝授していく。
「ウル、天井裏の射線はお前の庭。見せ罠(逆さ吊り)は三つ、本命の無音鈴はここだ。誰かが梁を跨げば、鈴が鳴らずに青紙が落ちる。青紙は風で流れない。矢はそこに刺せ」
「はい! 落ちた紙だけ狙えばいいですね」
各々の得意なことに合わせて罠を設置する。
「ミア、青火粉に水は効かない。灰袋と塩で窒息させろ。非常灯は萩油に交換済み、白煤が残る。避難誘導は白の筋に沿わせる」
「わかったにゃ!」
「ラグ、トモ。お前らは入口の目だ。口上は短く、手は早く。匂いが強く反応しろ」
「誘導する…っす」
「反応する…です」
床下の図をひと撫で。
「あいつらの狙いはここを破壊して金庫を奪うことだ。絶対に奪わせるな。覚えとけ。今日の標的は黒槍の残り火。本丸は団長だ。遊宴館は囮であり砦だ。派手に来たら、もっと派手に返せ」
奴隷たちは頷いて、俺の言葉を理解するために確認を行い始める。
2) エバンス伯爵へ—敵情の全体像
伯爵邸の執務室。赤絨毯の上で、俺は淡々と並べた。余計な形容は入れないのが、一番伝わる。
レイドが行われる事前準備を伝える。
「報告は四つ。
一、地龍。隣領の個体が地脈に反応、東外周へ誘導されつつある。音と重さへの嗜好が強い。槍列に噛みつく癖あり。
二、傭兵。黒槍の残存戦力は散開中。数は減ったが牙は鋭い。装備は軽槍・弩。
三、灰刃。影で動く別働隊。騎士団の横腹を抜ける。
四、団長オルクス。人ではない。魔族。黒槍のオリジナルである
伯爵は額に手を当て、短く息を吐いた。
「貴様がどうしてこんな情報を持っているのか、それは問わん。それで……対処は?」
俺は地図を取り出して、卓上に三本線を引く。
「第一層:市民防護。教会と商人組を経由して避難経路を一本化。水に毒を含まれる恐れがあるので、見張りを」
俺は市民への呼びかけと、見張りの兵士、冒険者の下っ端への仕事を支持する。
「第二層:地龍の相手は騎士に頼みたい。工兵に鉄鎖網と塩水、投索で脚を縛る。魔術は氷・土で拘束、火は厳禁。地は重さと鉄の味に寄る、餌の位置はこちらで指定します」
「餌だと?」
「馬場裏に鉄華丸を詰めた肉塊を。匂いで呼べば、戦場をこちらが決められる」
地龍は操れない。暴れさせる囮だ。騎士に防御をさせながら、街に被害を与えなければいい。
「……続けろ」
「第三層:黒槍傭兵団の残党は、冒険者に相手を。数が少ないので十分に対処できるはずです。双子姫(カルナ・セフィーナ)が先頭に立てば問題ないかと」
「なるほどな」
魔族で呼び出したが、本命はこちらだ。
「第四層:黒槍団団長オルクス。討伐判定(首・魔槍・魔印のいずれか+証言二)は教会にて魔族の認定がいるので、これは双子姫と俺が相手をします」
伯爵の瞳が細くなる。
「私兵の投入は?」
「欲しいのは権限です。騎士団長に遊宴館ブロックの臨時指揮権を付与してほしい。避難・消火・通行規制は私の号令で動くように。責は私が負う。それと、もう一つ」
「何だ?」
「報酬は多めに」
数呼吸ののち、伯爵は頷いた。
「よかろう。騎士団長へ通達を出す。お前のやり口は好かんが、結果は認める」
「光栄です」
エバンス伯爵との交渉は上手く行った。
これまでの献上品が効いてきたな。
3) 騎士団・冒険者への布陣説明
ギルド広間。地図板の前、鎧とローブが混ざる。ギルドマスターを中心に、エマが記録、騎士団長が腕を組み、双子姫は前列に立つ。俺は指先でテンポを刻んだ。
「まずは、やること、やらないことを分ける」
各々が俺の言葉に耳を傾ける。
「一、火は使うな。青火粉の可能性がある。消えない火は、灰と塩で息を殺す」
「二、地龍は押し返す。止めて、縛って、崩す」
「三、街には被害を出さない」
地図に赤と白を入れる。
「A列(騎士):東門外で槍陣、押さえ。攻めない。二段目に工兵、鉄鎖網の投擲。第三列に盾持ち、止まった脚を刈る。合図は槍三つ掲げ、地龍を誘導」
「B列(魔術):氷・土に限定。壁と楔を作る。蒼(セフィーナ)、ここで静音結界を張れるか? 無告の囁きを殺す。残党たちを倒す」
騎士と冒険者に分けて説明を伝える。
「可能。半径は狭いけれど、隊の耳は守れる」
「上等」
セフィーナを筆頭に魔術師たちに待機してもらう。
「C列(冒険者):灰刃の対処。門・灯・井戸の三点に見張り。弩の逆打ち注意。縄を見たら分断せず固める。カルナ、灰刃の噛みつきはお前が正面で受けろ」
「あんたの作戦なのが気に入らないけどわかったわ。牙は全部折ってあげる」
これで戦う側は全て伝えた。
「D列(避難):エマ、通行札の配布と避難先の受付はギルドで一括。教会・商人宿の振り分け、子どもと年寄りを先に。民兵の腕章は白一筋、夜間で見える色だ」
「了解しました」
戦闘が始まれば、避難経路の確保も必要になる。
「オルクスは音で戦う。正面決戦はやらない。こっちが欲しいのは討伐判定と証拠だ。カルナは右から斬り、セフィーナは静音で耳を守れ。二人がオルクスを倒す場を作る」
二人が頷き。
騎士団長が一歩、前へ。
「民の犠牲は抑えられるのか」
「抑えるための段取りです。餌(鉄の匂い)は外。火は殺せる。井戸は守る」
ざわめきが引き、静けさが広がる。俺は紙片を掲げた。ギルド監査の印が押された賭けの誓紙だ。カルナとセフィーナの血判、俺の薄荷の匂い。
「最後に。双子姫と俺は賭けを結んだ。あいつらが団長を討てば、俺は五人の奴隷契約を即日解く。逆なら一年、俺に従う。どっちでも、街は前に進む。これは、やる/やらないじゃない。やる/やるだ」
カルナが鼻で笑い、剣の柄を叩く。
「負けないわよ」
「期待してる」
エマが締める。
「……以上。各隊長、配置につけ。鐘が三つ鳴ったら作戦開始。避難路の白筋を確認して!」
鎧の音が一斉に動き出す。俺は短棒を肩に担ぎ、五人へ目で合図した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます