第18話 日常はゆっくりと進行する

 店は灯り、夜は影、合間は刃の錆落とし。



 それが月影の回し方だ。



 戸口の内側に、ミアが作った黒板が掛けてある。

 


【営業日:週に三回、不定期営業】

【冒険者:週に二日、鍛錬と勉強の時間】

【帳簿整理&休養:週に二日】



 週休二日、それを崩すつもりはない。


 すでに一度目の盗賊行為のおかげで、仕事でお金を稼がなくても生活はできる。


 だが、こんな物では満足するつもりはない。



 昼は三人が眩しいくらいに店で仕事をする。



 楽しそうに働く姿は悪くないな。



「いらっしゃいませですワン!」



 リナが看板娘として、通りを歩く人の足を止める。


 肩までの木箱をひょいと抱え、子どもと侮って値切りを仕掛ける相手に笑顔でおまけを先出し、主導権を握る。


 冒険者として、レベルを上げて、体を鍛えているのは伊達じゃない。



 ウルは水と笑顔担当。女性客に回復薬を渡す前に「今日の野草は朝採りです」と一言添えるだけで、購買率が跳ねる。

 子犬のような愛らしさと美少年の笑顔は、女性たちへの癒しになっているようだ。


 まぁここまでは計算通りだな。



 ミアは予想以上に優秀だ。



 計算を覚えて、文字を覚えるのも早かった。今では、二人を指示して全体を見るリーダーとして表帳と黒帳を二冊重ねる。



 足し引きの暗算で釣りをぴたり。指で金貨を弾く音が、今日の売り気配を教えてくれる。



 三人は順調に成長を遂げている。



 雑貨屋の方も順調だ。


 午後になれば、小さな工夫が効く。



 入口の甕に無料の薄荷水。

 棚の端に中古装備のその場メンテ(ネジ締め・革紐交換・鏡面磨き)。


 俺は裏方として、修理関係のメンテを担当する。



 この世界が面白いところはジョブに関係なく、様々なスキルが習得できる。



 メインは盗賊で固めているが、俺は他に修理や精製など。


 今は、鍛治師と調合師の両方を兼ねている。

 


「喉が潤えば財布も緩む」は、今日も統計通り。



 まずは、第一歩を上手く滑り出すことができた。



 週に二日は冒険者稼業と勉強の時間をあてる。



 ボア狩りや、外周の護衛で足腰を作り、帰りに薬草を抱えて、直帰→即調合→開店日に並べる。


 現場では戦闘だけでなく、盗賊としての訓練も欠かさない。


 気配を絶って、忍足で、魔物にも気づかれないように敵を倒す。


 休憩の合間は、頭を使う。



 体を動かした後は、頭が回りやすい。



「ある程度の読み書きと、計算はできるようになったな。三人とも」

「はいですワン!」

「ご主人様のおかげです」

「もっと勉強教えてほしいにゃ」

 


 リナは、最低限の知識を得ると満足して、剣を振り始める。


 ウルは、勉強も真面目に取り組んでいるが、話の半分は理解できていない。


 ミアは、物覚えが早いので、むしろもっと難しいことを教えてほしいという。



 それぞれに合わせた勉強を提示して、成長を促す。



 それが終われば、昼寝をさせて、午後も訓練にあてる。



 ウルが、気配断ちで風下を選び、抜き足で落ち葉を鳴らさない。


 リナが、気配察知で伏兵の方向を言い当てる。そのまま前衛で敵意を引き、ウルが二射目を急がず確実に仕留める。


 

 ミアは小魔法で視界を遮り、二人の援護をしながら、自分が倒せる時は効率的な方法で魔物を倒していく。



 依頼表の横でエマが渋い顔をしながらも、評価欄は着実に○が増えている。



 俺たちは最低ランクのFランクから、冒険者として認められて、Cランクまで上がるのに時間は掛からなかった。



 だが、ここまでは全てが下準備だ。



 影の時間は、計画がすべてだ。



 ①情報は昼間に集める(世間話・仕入れ値・噂の差異)。

 ②下見は夕刻(交替の鈴の音、門番の足癖、灯りの巡回)。

 ③実行は月光の欠ける夜を選ぶ(痕跡軽減)。

 ④撤収動線は三本用意(屋根裏・井戸裏・裏路地)。

 ⑤証拠とお宝は逃がさない(証拠は伯爵へ。お宝はイレーネへ)。



 次の標的は、角笛亭だ。



 角笛亭は、ただの酒場じゃない。賭場・密売・情報屋がひしめく、領都の裏の玄関口であり、様々な裏取引が行われる社交場。



 そして、そこから繋がる黒槍団の腰掛け賭場。



 標的のお宝と悪事を働いた証拠を手に入れる。



 昼は明るく店の経営。

 夜は黒く盗賊稼業。


 週三日で笑顔を売り、二日で腕を磨き、夜に牙を使う。



 それが、俺たち月影のやり方だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る