第9話
「1999年か。そのとき私はどうしていたかなあ」
滝村さんは、遠くの空を見上げるようにした。
「ああ、そうそう、思い出した。ストリップ通いをしていた頃です。ああ言うところに行くとね、もう、まるで魚の死んだような目をした人がいるんです。お客さんの中に。ここにしか希望を見出せなくなったような人たちが。何人もいるんです。いつもいるんですよ。いつ行っても、かぶりつきの一番いい席に陣取っているんです。最初、この人たちは、仕事何してるのかな、とか、お金どうしてるのかな、とか思いましたけど、すぐに考えるのをやめました。それよりも、なんだか世の中捨てたもんじゃないなあ、と思いましたよ。なぜか。この人たちがいるうちは、世界が滅亡することはないな、なんて思ったりしました」
「滝村さんは、世界が滅亡してしまえばいいのに、って考えたことないですか?」
私がこんなことを聞いたのは、それが良くあることだ、と思っていたからだった。
「どうでしたかねえ?それって一種の希望ではないでしょうか」
「希望?」
「ええ。何かを願うのは希望でしょう。たとえそれが世界が滅びてほしい、という願いだったとしても」
「希望、ですかね……?」
滝村さんは、空に向けていた顔をこちらに向けた。
「そういうことを考えるのは、案外、まともなことかもしれません」
「そうでしょうか」
滝村さんは、また顔を空に向けた。
「私は、そういったことすら考えられなくなっていたと思います。前に話したと思いますけど、ウチの親は毒親で。両親だけじゃなくて、祖父母も、兄も姉も毒でした。何もかも、彼らに指示されていました。私の人生のことは全部彼らが決めてしまっていたんです。将来のことはもちろんのこと、服装や持ち物から、誰と友達になるかまで、全部です。そればかりではなく、恋愛のこともそうなんです。あれは小学校に入ったばかりのことでした。近所に少しかわいい女の子がいたんです。だからといって、その頃はまだなんとも思っちゃいません。異性を意識するなんてことはありませんでした。でも、急に母親に言われたんです。あなたはあの子を好きになりなさいって。急に何を言い出すんだろう、この人はって、今ならそう思いますけど、当時はただ、よく分かりませんでしたよ。でも、その日からその子のことを急に意識するようになってしまって。それまでなんとも思っていなかったし、普通に接していたのが、急にダメになってしまったんです。もう、その子の声が聞こえただけでダメなんです。顔が真っ赤になってしまうんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます