平穏に暮らしたい異世界帰還者、脳内メスガキ神獣に毎日振り回されています

@barnkapi

プロローグ

春。体育館の高い天井から吊るされたスピーカーが、やけにくぐもった声を響かせている。

壇上に立つ校長は、ゆっくりと、しかし果てしなく長い話を続けていた。


校長:「――皆さんは本校の未来を担う――」


……たぶん五分前くらいから、頭に入ってきてない。

周りの新入生たちも、静かに聞いてるようで何人かは半分寝ている。


「ねぇミツキ~、退屈じゃない? あんたの顔、今めちゃくちゃつまんなそう♡」


「……静かにしろフェンリル。頭に声響くと余計に疲れる、後俺の名前は一樹だ。」


「えぇ、今さら呼び方変えるのめんどくさいよ? そんなことより、異世界の時みたいに拳振り回して暴れてみる?」


「校長殴ってどうすんだよ」


フェンリル:「にひひっ、校長じゃなくてもいいけど~。ほら、思い出さない? あんたが初めてあたしの精神世界で修行した時のこと」


……忘れられるわけがない。

俺が異世界に行った当初、武器の扱いは壊滅的だった。剣も槍も振れば腕が抜けそうになり、弓矢なんか的にかすりもしなかった。

そんな俺を見てフェンリルが言ったのだ――


『武器がダメなら、体そのものを武器にすりゃいいじゃん』


そこからが地獄だった。

フェンリルの精神世界。

そこでは、怪物のように速く、強く、無慈悲なフェンリルが俺の前に立っていた。


一撃で骨が砕け、呼吸が止まり、意識が闇に沈む。

気が付けばまた立たされ、今度は避けろと言われ、避ければ蹴り飛ばされる。

あれを修行と呼ぶには、あまりにも殺意が高すぎた。


「……最初は何度も死ぬかと思ったな」


「“思った”じゃなくて、何回か死んでたしね♡ ちゃんと戻してあげたけど」


「笑いながら言うことか、それ」


けれど、その地獄を越えた時、俺はフェンリルすら凌ぐ速度と力を手に入れた。

拳が空を裂き、足が地を砕く。

異世界での俺――ミツキは、拳だけで竜を沈め、人を救った。


「でもさぁ、あんた、結局あたしに一回も勝てなかったじゃん♡」


「勝つ必要なかっただけだ」


「あー、負け惜しみきた。まぁいいけど~、あたし的には十分面白かったし♪」


現実に戻れば、校長はまだ話している。「――新しい友を作り、切磋琢磨し――」

……異世界で王様が宴会前に喋る長話のほうが、まだ短かった気がする。


「ねぇ、このあとさ、桜の下で耳と尻尾出してみなよ。絶対映えるって♡」


「断る」


「あーん、つまんないの。まぁ、どうせまた面倒ごとに巻き込まれるくせにさ」


……嫌な予感しかしない。

俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんだが――



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