第21話 セコい作戦
「お疲れ様」
4脚一組の丸テーブルの一つに座ったエリオットが片手を上げてアンジェラの注意を引いた。
「やめて。見てたでしょう? たった100メートルなのに走ってもいないんだから疲れてないよ」
とは言いつつも疲れたようにドサリと腰を下ろした。
エリオットは聞きながら給仕に合図をして飲み物を持ってこさせ、アンジェラの方に置いた。
「ありがとう。……ふぅ」
飲み物はレモングラスの冷たいハーブティーで爽やかな風味が鼻を抜けて気分が落ち着く。
「それで、結局僕たちが走った組の点数ってどうなったの?」
「そのことなんだがね」
2人の会話に割って入ってきたのは寮副代表のトマスだった。
「アンドリューは体のこともあるから短距離走のみの参加予定だが他の競技にも出てみないか?」
「どうしてです? アンドリューの競技参加は短距離の1回だけでいいと作戦会議の時に話したじゃないですか」
アンジェラに無理をさせたくないエリオットは不機嫌を露わに問うた。
「今、我々の獅子寮の順位は8位。9
位の白鷺寮と最下位争いをしている状況だ。そこにきてアンドリューの失格。君の出走組は全員失格で無得点になった。これを利用しない手はない」
つまり、短距離走での仲良しゴールを他の競技でもやってくれと言っているのだ。
(セッコ……)
うっかり口に出して言わなかった自分を褒めた。
勝つためにどの寮も本気だ。でも負けないためのこの作戦はセコすぎる。
ただ、最下位になると両代表以下監督生全員が彼らの父や兄を含めたOBから批難されるとあってトマスも必死だった。
「僕が出たからって次も全員失格にできるとは限りませんよ?」
アンジェラは諦めてもらえるよう穏便に言葉を選んだ。
「それはそうなんだが……。それでもやってみる価値はあると思わないか?」
「思いませんわ。っていうかそのセコすぎよ。最下位になったって死ぬわけじゃないのだから、正々堂々と戦って最下位になればいいのよ」
後ろから放たれた声の主はルーシーだった。彼女も参加の短距離走を終えて天幕に戻ってきたらしい。
(さすがルーシー。誰に対しても言うべきことを言ってくれる)
アンジェラはルーシーのそういうところを常々尊敬していた。
「おい、先輩に対してその口の聞き方はどうなんだ」
「あら、だったら尊敬されるような作戦をお立てになったらどうです?」
ただ、毎度火に油を注ぐばかりなので、その火に砂を撒くのはエリオットかアンジェラの役目だった。
「ラグビーにはエリオットが出ますし、ボート競技は練習の時のタイムでいくと3位以内に入れそうだと聞きました。最下位は避けられるかと」
ラグビーは9年生以下のチームと10〜12年生チームの2つが別々にトーナメント方式で試合をする。
エリオットがリーダーの下級生チームは練習試合でいい成績を残しており、優勝圏内にも入っている。
「だが万一を考えると不安でな……。予防線が欲しい」
「アンドリューにそんなことをさせるくらいなら私が絶対に勝ちます」
まだ諦められないらしいトマスにエリオットが啖呵を切った。
「よく言ったわ、エリオット!」
ルーシーが高らかに拍手をすると周囲からも拍手が上がった。
「そうだ! そんなことをするくらいなら俺たちが勝ちをもぎ取ってくる!」
「アンドリューにそんなことはさせられない!」
「卑怯な真似をするくらいなら正々堂々を戦ってOBに怒られた方がマシだ!」
「そのような行いは紳士ではない!」
あちこちから意気軒昂とした声が上がり、これまで以上に寮の士気が上がったようにアンジェラは感じた。
その時、ふともしやと思いトマスを見やると、彼の口の端がわずかに上がっているように見えた。
(副代表はみんなに火をつけるためにあんな話を? ……いや、どっちに転んでもよかったんだ)
アンジェラを全試合に出して失格になっても、アンジェラを庇って寮生がやる気を出すのでも、どちらに転んでも損はないからトマスはこの話をしたのだ。
そしてこの作戦はおそらくトマスだけで考え提案されたものではなく、寮代表以下監督生らで考えられたものだろう。ただ、反感を買う作戦だけに監督生と一般生徒で内部分裂しないよう、トマスの提案のように見せかけた。
(この学校は勝ちにこだわる校風だから、このくらいの作戦は作戦のうちに入らない)
ひとまず難を逃れたが、中距離走とラグビーの試合結果によっては最後のボート競技に出ろと言われかねない。
アンジェラはみんながいい成績を出せるよう祈るほかなかった。
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