カーニバル・ショータイム・ビリーバー
霰石琉希
前夜
パン。
乾いた銃声が夜の遊園地に響き渡る。靄のかかった人影の頭頂部を弾丸が通過して、一直線にネオンの軌跡が描かれる。赤茶色のレンガタイルの道に人の血よりもいくらか鮮やかな赤い液体が飛び散った。あちこちから銃声と怒鳴り声が聞こえてくる。事情を知らない人間がこの光景を目にすれば相当な緊急事態だと推察するだろうが、戦いの渦中で蛍光ブルーのワンポイントが入った拳銃を構える彼らにとっては日常だった。
「一匹逃がした!」
夜の闇に溶けてしまいそうな黒い人影の見開かれた瞳は金色に輝いている。その光を追うように一人の男が拳銃を放った。軌跡を描いて飛んでいく弾丸は人影の左目を抉り床に着弾した。人影は声にならない悲鳴を上げて、鮮やかな血をまき散らしながら床に叩きつけられる。男は追加の弾を銃に込めながら、耳元に刺さったままのインカムを起動した。
「こちらクラスC11班、
「了解しました。メインゲート周辺、掃討が遅れているので応援お願いします」
「了解です。
男は振り返って背後に控えていた二人の男女に声をかけると、着ていた深緑のウィンドブレーカーについた埃を払ってから駆け出す。
「メインゲートって
「最前線よね。気を引き締めていきましょう!」
斜雪と呼ばれた青年は怪訝な顔をして眉根を寄せ、路島と呼ばれた女は男の背中を叩く。きらびやかな夜の気配をたたえながらも、バイオハザードの様相を呈している気味の悪い遊園地をいくつもの深緑のウィンドブレーカーが駆け抜けていった。道の端に押しやられるようにして靄のかかった死体の山ができている。とぷとぷと乾ききっていない鮮やかな血が漏れ出ていて、男たちのスニーカーを汚した。
「うお、なんだあれ!」
青年が見えてきた地獄絵図に顔を顰めて声を上げる。遊園地の入り口を彩る数々の装飾、電飾、そしてゲートをくぐって期待と高揚とともに足を踏み入れてきた客を出迎えるランドマークの噴水。何匹もの小鳥が朝日に向かって飛んでいく様子を模した美しい噴水のため池部分には物言わぬ骸が沈んでいた。そしてその噴水を乗り越えるようにして、靄の人影がひしめき合って遊園地の外を目指している。
「こんなにいたのか。援護するぞ!」
男はすぐさま撃鉄を起こし、人影の頭を弾丸でぶち抜く。数人の人影が男たちを振り向く。弾丸が次々放たれ、ネオンの軌跡が星の浮かぶ夜空を彩った。入口側から攻撃を続ける仲間とともに人影の集団を挟み撃ちにして殲滅していく。
メインゲートの上、「See you」の文字が掲げられた看板の前に立った女がそれを見下ろしていた。派手な赤いテーラードジャケットは鮮やかな血でまだら模様に染まっている。
「……」
無言で夜風にあおられていた女は軽快におみやげ店の屋根を伝い、広大な敷地を移動し始める。
「『ネオッペルゲンガー』が狂暴化している……いったいなぜ」
ひとり言として呟かれた囁きが銃声に紛れて消えていった。ある一点までたどり着いた女は、戦況を見回した。
「彼らが進化した……? ……世論……外的要因……場所……」
ぶつぶつ、とそばにいても聞き取れないほど小さな声で単語を呟いていた女は、さらに移動を繰り返す。きらきら眼下を彩るイルミネーションが彼女の日本人離れした瞳に乱反射した。
「疫病……時間……夜? いや……」
女は不意に立ち止まった。遊園地の中央には大きな湖がある。その水面に浮かんだ無数のランタンがムーディな雰囲気を演出していた。まばゆい夜の遊園地。深緑でもなく、靄の人影でもない白衣の男がいる。女はそれを見て狐のように目を細めた。
「ラボ」
女の羽織ったテーラードジャケットの胸元で、「NSS」のロゴを象った金のバッジが輝いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます