第5話『第二形態、発動。そして、飼い主の叫びは宇宙に届く』
満月の夜。
空は異様なほど澄み渡り、月が異常に大きく見えた。
飼い主は、ベランダで缶ビールを片手にため息をついていた。
「……進化って、ほんとにするのか?」
リビングでは、モカが静かに座っていた。
目は閉じられ、体からは微かな魔気が漏れている。
その周囲には、ブリーダーが描いた魔法陣が光を放っていた。
「進化促進剤、投与します」
ブリーダーが瓶の液体をモカに差し出す。
モカはそれをじっと見つめ、無言で受け取った。
そして、ひと舐め。
その瞬間、空気が震えた。
「……うわ、なんか揺れてる!?地震!?違う、空間が歪んでる!?俺の部屋がワープしてる!?」
壁に飾っていたカレンダーが逆さになり、テレビの画面が一瞬砂嵐になった。
観葉植物が空中に浮き、冷蔵庫が「ウィーン」と鳴いた。
「冷蔵庫が鳴いた!?今、鳴いたよね!?俺の家、どうなってんの!?」
モカの体が、ゆっくりと光に包まれていく。
毛並みが風に逆らうように逆立ち、目が青から金へと変化する。
背中から、黒い羽根のようなエネルギーが広がり、床に魔法陣が浮かび上がった。
「第二形態、発動完了です」
ブリーダーが静かに言った。
「……これが、モカの真の姿か」
飼い主は、床にへたり込んでいた。
「俺、もう無理……この部屋、異世界になったし……冷蔵庫が鳴くし……モカが神々しいし……」
モカは、ゆっくりと飼い主の方へ歩み寄った。
その姿は、確かにチワワの面影を残していたが、どこか“神獣”のような威厳があった。
「……怖いか?」
飼い主は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと答えた。
「……怖いよ。でも、モカがモカなら、俺は飼い主だ」
モカは目を細めた。
「その言葉、魔界では“契約”とみなされるぞ」
「え、ちょっと待って、それはそれで怖い!!」
ブリーダーがにこりと笑った。
「おめでとうございます。これで、飼い主様も魔界登録完了です」
「登録!?俺、登録した!?今、契約した!?何に!?誰と!?どこで!?」
その瞬間、スマホに通知が届いた。
【魔界アプリ】ようこそ!新規契約者様!
【特典】魔界ポイント1000P進呈!
【注意】契約解除には魂の提出が必要です。
「魂って何!?ポイントって何!?俺、もう普通に戻れないの!?ねえ!?」
モカは、静かに言った。
「……でも、俺はお前に飼われてよかったと思ってる」
飼い主は、しばらく黙っていた。
そして、ふっと笑った。
「……俺も、モカが来てから、退屈しないよ」
その瞬間、魔法陣が消え、部屋の空気が元に戻った。
冷蔵庫も静かになり、観葉植物は床に落ちた。
モカは、第二形態のまま、ソファに飛び乗った。
「……さて、次は魔界からの“視察団”が来るらしいぞ」
飼い主は、缶ビールを一気に飲み干した。
「俺の人生、どこで間違えたんだろうな……」
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