君の熱にとかされて
ガンガンと響く頭の痛みと、全身を包む気だるさで目が覚めた。
喉はカラカラで、体を起こすことすら億劫だ。
体温計を脇に挟むと、表示された「38.2℃」という数字に、私は大きなため息をついた。
最悪だ。
よりによって、どうして今日なの。駿太と一日中デートする約束をしていた日だったのに。
『ごめん、風邪ひいたみたい。今日、行けなくなっちゃった』
駿太にそうメッセージを送ると、すぐに電話がかかってきた。
『大丈夫か!? 今からそっち行く!』
「え、ううん、大丈夫だから! うつしちゃうし、来なくていいよ!」
私が止めるのも聞かず、駿太は『すぐ行くから、なんか欲しいもんあるか?』と一方的に言って電話を切ってしまった。
もう、本当にばか。
でも、その心配してくれる声を聞けただけで、少しだけ元気が出た気がした。
しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。
重い体をなんとか引きずってドアを開けると、そこにはスポーツドリンクやゼリー飲料が入った袋を両手に提げた、
「よお。大丈夫か、顔真っ赤だぞ」
駿太は私の額にそっと手を当てた。ひんやりとした大きな手が、熱を持った肌に心地いい。
「……熱いな。とりあえず、ベッド戻れ」
有無を言わさぬ力強さで部屋に連れ戻され、ベッドに寝かされる。
駿太は当たり前のようにキッチンへ向かうと、ガサゴソと何かを始めた。
「な、何してるの?」
「ん? おかゆ。ばあちゃんが、風邪ひいた時はこれだって言ってた」
おかゆ? 駿太が? あの、料理なんて全くできない駿太が?
不安しかない。
でも、私のために一生懸命になってくれているのが伝わってきて、何も言えなかった。
しばらくして、駿太がお盆に乗せて持ってきたのは、おかゆと呼ぶにはあまりにも水分が多すぎる、お米が沈んだお湯みたいなものだった。
「……ほら、できたぞ。食えるか?」
駿太は、少しだけ得意げな顔をしている。
私は、その気持ちを無下にしたくなくて、スプーンを受け取った。
一口、口に含む。
味は、ほとんどしなかった。でも、不思議と、今まで食べたどんなご馳走よりも、温かくて、優しい味がした。
「……おいしいよ。ありがとう、駿太」
私がそう言うと、駿太は心底ほっとしたように、子供みたいに笑った。
おかゆを食べ終えると、急に体の力が抜けて、まぶたが重くなってきた。熱のせいか、心まで弱くなっていく。
そのせいか、いつもなら、絶対に言えないような言葉が、するりと口からこぼれ落ちた。
「……ねえ、駿太」
「ん?」
「……帰らないで」
駿太が、驚いたように目を見開く。
「デート、行けなくなって、ごめんね。でも、駿太が来てくれて、すごく、嬉しい……」
熱で潤んだ瞳で駿太を見つめると、彼はたまらなくなったように、私の隣にそっと腰掛けた。そして、濡らしたタオルで、優しく私の汗を拭いてくれる。
「馬鹿野郎。んなこと、気にしてんのか」
その声は、呆れたような、でもどうしようもなく優しい響きだった。
「お前が元気ない方が、俺は嫌だ。だから、早く治せよ」
駿太はそう言うと、私の手をぎゅっと握った。
骨ばった、大きな手。バスケットボールを掴むその手が、今は弱った私の手を、優しく包み込んでくれている。
その温かさに安心して、私はゆっくりと目を閉じた。
次に目が覚めた時、駿太は私の手を握ったまま、ベッドの横でこくりこくりと船を漕いでいた。
その寝顔を見て、私はたまらなく愛おしい気持ちで胸がいっぱいになった。
私の風邪がくれた、最高に幸せな一日。
早く治して、今度は私が、あなたの隣で笑ってあげるからね。
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